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ホームサイドガール  作者: 狐塚仰麗(引退)
テスト、そして夏休み
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Expression is never betrayed

 俺は自販機さんに、思い通りにならない事もある。と、言った。いつも言っている、ままならないものだ、とも。因果は巡る。時もまた過ぎる。どういう話になっているのかと簡単に説明しようと思う。俺が前回原画を担当したゲームのビジュアルファンブックの制作も、進行中らしい。今聞いた話である。

 先に仕事の際、第一稿から順にキャラクターの原案が色々と変遷して行くものだ。その経過を追ってみたりとか、ファンとしては楽しいかもしれない。裏話とか、制作秘話の類だ。ほくろが無くなっただの、アホ毛が無くなっただの。何か無くなってばっかりだな。アクセサリーとか増える場合も有るぞ、念のため。で、そういうものが残っている場合、こういう本、ファンブックを作る時に使える。大変重宝する。作る側も見る側も、楽しめるものだ。普通に考えれば、有り難い話なのだ、とても。

 俺は以前、相方に言った事が有る。――

「ラフの端とかに制作意図などの文字情報を書いておくと、先方が喜んでくれるよ」

「このキャラの服装図案の横に、スク水は白が良いなァ、こんな感じで書いておくって事ですか」

「そう、それでいい。話題作りにもなってよろしい。――白が良いのか。どうかなぁ、あまり解らん、白スクの良さが」

「えー、白スクはですね、まず濡らした時にですねぇ」

「いや、それは描いて説明しなくても良い大体イメージは出来る。そうじゃなくてだ、まあ落ち着け。なんで文字情報を残しておくと先方が喜ぶかって言うと、今後、何か作ろうと思った時に使えるからだ」

「何かって言うと、何ですか」

「例えば……そうさな、ライナーノーツだとか、制作日誌だとか。こういうのも、だいたいはビジュアルファンブックとかいうものに結実したりするんだよ、ゲームが人気なら、な」

「なるほどなるほど、これとかもそれに載せて、余分に稿料とか取れるんですね」

「汚い事を言うな。そうは言ってない、サービスだよ、サービス。話題作りにもなると言ったろう、白スク水の話で盛り上がれるかまでは解らないがな」

了解ラジャーっす先生」

「先生言うな」

 ――相方には先輩風吹かしてそのような話をした。間違っては居ない、今後を思っての発言だったからだ。Expression is never betrayed.

 ただ、自分は例外だと思っていた。大体、俺はラフを人に見られるのは苦手だと言ったはずだ。いや、それは仕方ない事だ。今まで散々我侭を通して来た。世話になっている手前、これ以上は、よしたほうがいい。俺にとっても初めての仕事だったし、はりきって、たくさん残して来たラフスケッチの数々、死蔵する手はないというのは当然の成り行きだ。

 公式で載るのだ、俺の恥ずかしい過去の遺産が。同時に、誇るべきものでもある。半分は《俺の画集》みたいなものだ。宣伝で雑誌に書き下ろしたりした版権絵も載るわけだし。たくさん描いたものだ。それだけ思い入れの深いキャラクターたちでもある。

 今回の特典の件もそうだ。そして続編の制作という話も浮上して来ている。また、あの《娘たち》を描ける事になるのだろうか。そういった諸々の連絡が、相方からの電話で月曜の朝から、伝わって来た所。

「あっはっは、嬉しくて涙が出て来るね、忙殺ってやつだ」ここで素直に嬉しい話だ、とだけ言うのはやめておこうと思った。まだ決まったわけでもないし、少しくらい余裕を見せたい所だ。

『夏のコミケで色々と発表するみたいっすよー』そんな事を言いながら、電話口でけらけらと笑う。

「しかしお前はメッセンジャーか何かなのか。随分大事な連絡を平日の朝っぱらからしてくれるじゃないか」

『まあ、上も忙しいですからねー。使えるものは何でも使ってやれって精神なんじゃないですか』

「血も涙もない話だ」

『まあいーじゃないですかー、朝からボクと話せて嬉しくないですか。フヒヒ』

「ああ嬉しいね、まったく。――冗談抜きに、上がさ、お前を使って連絡を寄越したのは、今こっちテスト期間だからって、気を使ってくれたんだよ。それぐらいは解ってるつもりさ」

『うーん、なんなんでしょうね、親心みたいなものですかね。まさかボクたちに仲良くしてもらいたいんでしょうか。十分仲良しですけれどね、言ってみれば師匠と弟子って関係ですし』

「だったら俺の事をマスターと呼んでみるか。そう言えばお前もアレだろ、その原稿だって書いてるんじゃないのか、調子はどうだ」

『ボクは七月の頭に入稿済ましましたよマスター。言ってませんでしたっけ』

「それはそれは。筆がお早いこって」べ、べつにうらやましくなんてないんだからねっ――と言いたい所だが速筆は実に、素晴らしい武器だと言える。手が早いに越した事はない、時間を好きに使える。そのうち、マスターとしては全部仕事を譲っても良いくらいだ。俺が教師の仕事一本にしぼると決めたら、の話だが。まだその時ではない。

『アレ、お前も……って、言いましたか。マスターも何か描いてるんですか、別の原稿』

「そんな訳あるか、忙殺なんて言っておいてなんだが」

『ふーん、でも実際は割とヒマしてますよね』

「マスターってのはな、有閑階級なんだよ」

『さすがマスターですね。スーツは安物ですけど』

「……それじゃあな、連絡感謝する」

『あいあいさー。それではまたメッセンジャーいたしますゆえ』

 受話器を置くと、相変わらずの朝の静寂に室内は包まれた。そろそろ蝉さんたちが、都会の喧騒ってヤツをさらにけたたましく彩る頃だ。

 まったく、聴覚が冴える。

 蝉が鳴けば暑苦しさは増し、風鈴が鳴れば涼しさが増す。それが耳で味わう、我が國の夏だ。

 時計を見てみると九時半だ。テストはもう始まっているはず。数学あたりが控えている。まだまだこれからだぜ、学生諸君。運命の時は来た。

 ……本当に俺が描いたラフが、載るのか、公刊書籍に。やばい、胃が痛くなって来た。

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