July from June scene6
「ところでせんせ、今日は何を読んでるんですか」
ひとつ作業と会話が済み、次はまずこちらに絡んでくるだろうなと思ってたらやっぱり来た。しかし、小説の話題ともなればあまり邪険には出来ないのだ。
「……ライトノベルだな」素直に答えたところ、向けられるは好奇の視線。出水の瞳は明らかに興味津々という様子だった。普段の俺は、こういうものを読んでいなかったからだろう。
「それで、何てタイトルの読んでるんですか」
「これ、言わなきゃだめなのかな。それとも直接見た方が早いと思うけど」ちらと口絵の辺りを眺めながら、答えた。これはどうだろう。
「そういうのなら、是非聞きたいですね、せんせーの口から」
ライトノベルのタイトルなんて声に出して読みたくない日本語の筆頭じゃあないだろうか、と思うのだが。やっぱり面白がってる、こいつ。まあ、減るもんじゃないし、読み聞かせてやるとしよう。
「んー、《誰かうちの姉をもらってください》というタイトルだな」
「へえ、せんせって、姉萌えなんですか」
「いや、別段そういう訳じゃあないんだが、何て言ったらいいのかな、新刊コーナーで目に入ったんだよ、ふと、姉がタイトルに入ってるのが物珍しくて手に取ったという感じだが。それだけでも姉にこだわりがあると受け止められるのか」
「姉がタイトルに入ってるなんて、そう珍しくもないと思いますけど。えっとじゃあ、普段は妹モノばっかり読んでるとか」
「そういうんでもないよ」
「にしし、妹が欲しかったらいつでもどうぞ、お兄ちゃん」
「はいはいかわいいかわいい。――俺はどうせ呼ばれるなら兄さん、のが好きだがな」と、くしゃくしゃと妹(仮)の頭をなでくってやる。
「じゃあ、兄さんって呼んであげますよー」いかん、墓穴掘った。
「いや、小芝居はいいから。そういやお前さんも普段は読んでいたっけか、ライトノベル」
「ええ、割りと読んでますよ。でも私はどちらかというと、あんまりえっちいのじゃなしに、マイナーなやつとか、あと何かしらの受賞作辺りには手を出しますね。現代ファンタジーとかが好みですよ。バトル大好きです」
「受賞作、か。漫画家も絵描きもそうだが、作家もどんどん増えるなぁ」俺が挿し絵を描いたのも同様にそれであるからして、新作が出ると何とはなしに気にかかったりする。その点では、さきほど新刊コーナーを見てきたと言ったのは、相対的には嘘ではないが。
――俺はこの《誰かうちの姉をもらってください》を店頭で買ったわけでも、通販を利用したわけでもなく手に入れた。その点では、出水には嘘を言ったことになる。さすがにバカ正直に、挿し絵担当のイラストレーターに献本されたものを譲り受けた、とは言うわけにはいかないし、ここは大目に見てほしいところだな。
どういうルートかと言えば、このライトノベルの挿し絵を担当したのは俺のもう一つの仕事の相方だ。どうやら三冊ほど提供されたとの事で、ご丁寧に郵便で送りつけてきた。小包には手紙も添えてあり、携帯電話を持たない俺に合わせて、アナログな連絡手段を用いてみたそうだ。なかなか粋なことをするやつである。便箋の裏には、自身がデザインした姉も一筆描かれていた。これが可愛らしくてなかなか。
「せっかくですから見せてもらってもいいですかー」
「ああ、どうぞ」
「どうも。――ほぅほぅ」受けとるなり口絵や扉、表紙イラストをチェック。表紙を見るにはブックカバーを外さねばならないわけだが、もとは出水からもらったものなのでその暴挙はスルーの方向で。そして挿し絵もざっと見回す。
「出水」
「はい、なんでしょうか」
「お前さん挿し絵は先にチェックするタイプなんだな」
「あー、そうですね、無意識に、そうしてる事が多いかもしれません」
「まあ解ってるだろうけどな、それで登場人物の退場シーンが描かれているのを先に見たりするとダメージでかくないか」
「でかいです、ああなんで先に見てしまったんだぁぁぁって、叫びながらかなり暴れちゃう」言いながら、小説が手渡された。近所迷惑だろそれ、と突っ込もうとしてやめた。考えるまでもなくこいつも、そもそも近所迷惑になるような家に住んでいない可能性があるからだ。突っ込みは適切に行わなければ。
「しかし、残念な姉ってのも、実際いたらなかなか迷惑なものだろうがなぁ」
「しっかりものな方が格段に姉らしさが増しますよね」
「確かにな、……姉さんって感じだ」
「でもそれすごく可愛いですね、イラスト。綺麗だし、漫画とかも描いてるのかなぁ。こんな姉が居たら僕はもうッ」
こうしてダイレクトに良いこと言ってもらえると、自分のことのように嬉しくなるから不思議だ。しかし構図や配置、ポーズの付け方にしても、男心をくすぐるコツを知っているようだ。……そしてやはり、出水が相手でも、そいつ今エロゲの原画描いてるんだよ、とは言えないのだった。




