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July from June scene2

「おや、ご存じなかったですか。失礼しました」そう言ってコーヒーの人は、ボトル缶のキャップを開けた。芳醇なブラック、やっぱり香ってくるものだな。そんなに悪い物ではない。缶コーヒーを侮っては行けない。

「いえ、知ってますよ。ですが、なぜそのネタを僕にふったんです」初対面なので、とっさに《僕》の方が口をついて出た。

「やはり。っと、そうですね、何となく、では駄目でしょうか」コーヒーの人の、隈のある三白眼は一般的に言う凶相を呈している。俺が感じた親近感はまやかしだったとでもいうのか、初対面で妙な探り合いになってしまった。いや、まやかしではない。目つきが悪いというだけで俺は印象が悪いと思ったりはしない。何か別の不安要素が俺に警告しているのだ。

「それは納得の行く答えとは言えないですね」何を考えている、コーヒーの香芝。

「すいません、何となく親近感を感じたもので。初めて会った気がしない――とでも申しますか、本当に何となくなんですよ、あくまで感覚の問題ですから」

 ほう、これは。彼の方もなにか思う所が有るようだ、他の連中が俺に対して言ういつもの友達感覚とは、別のなにかを。

「はぐらかしちゃいけません、つきつめれば根拠が有るものでしょ」

「そうですね、あなたと私はどことなく《同じニオイ》がしたものですから。すいません、もう一つあります。もっと具体的な根拠です」

「それは」

「あなたは《彼女》に名前を記憶されている。おそらく、こういうのがお好きな人なのではないかと」そう言って香芝は横の自動販売機を指し示した。こういうの、つまり画面に映っている彼女、自販機さんの事である。

 しかし好き、というのは直接的すぎやしないか。

「それはつまり、こういうものに興味が有ると言う事が、あなたと僕の共通点、とでもおっしゃりたいのですかね、香芝さん」

「ええ、僕はコーヒーしか買っていないのですが、名前は覚えてもらっていません。ですから相当の頻度接していないと、こういう結果は得られないと思いまして。とはいえ、僕はあまり外に出ないんで仕方ないですけど、ね」

「僕は、毎日二回ほどの頻度で利用しています。――香芝さんでしたか、あなたは恐らく、飲みたい時に買う、というやりかたではないのでしょう」

「と言いますと」

「先日の停電で生活が多少乱れたそうですね。そしてあなたはあまり外に出ていない。だから、食料は買い置きしてるはずです。それでこの暑い夏に冷蔵庫が止まれば、相当マズい事になったに違いない。それはともかく、家を出る頻度を抑えるために何でも買溜めしておくという癖が、あなたにはあるわけです。つまり、飲みたい時に飲めるように買っておく、そういう手順の違いです」

「なるほど、わかりますか」

「僕も、少し酷い事になりましたね」野菜が少しと、アイスが全滅したって程度だが。それでも十分な痛手であると言えよう。

「そうですか」

「そして当然、コーヒーもまとめて買って行くわけです。だからこの自販機さんの利用頻度自体は、それほど多いわけではない、と」

「それで私は、まだ自販機さんに名前を覚えてもらっていないということですか。ユーザーの優劣は購入金額では左右されないという事なのですね」優劣などと言うレベルの問題なのか、これは。俺としては別に自販機さんを独占しようだなどと思っては居ないのだが。もともとここに設置されてる時点で、利用者が増えるはずも無い。うちの管理人さんの遊び心だと勝手に合点しているが。

『秋聞様、さっさと何か買いやがれです』

「え、あ、あぁ、すまん」自販機さんに怒られてしまった。

「あっははは、すごいな、ここまでぶしつけな催促をしてくるなんて。相当仲がよろしいんですね。負けましたよ、秋聞さん」香芝はそれまでの不敵な態度がすっかり無くなって、突然大声で笑い出した。俺は、なにがなんだかわからなくなってそのままこの光景を眺めていた。

「すいません、さっぱり意味がわかりませんよね、ふふふ」

「ええ、まったくわかりません」

「私も妙な意地を張ってしまいました。密かな楽しみだったのですよ、たまにこうしてこの自動販売機を利用する事が」そうだったのか。俺は気付いたら、日課になってしまっていたのだが。

「それで、なにがそんなにおかしいんですか」

「そんなの、自分の事がですよ。彼女があなたの名前を呼んだのだと気付いた時に、なんだか悔しい気持ちになってしまいまして。どんな人なのか気になって。あはは、男の嫉妬っていうのは、醜い物です、お恥ずかしい」この、一連の演技がかったやりとりの本当の理由はそれか。嫉妬だと。

「こいつは、とんだ茶番に付き合わされましたね」

「すいません、でも秋聞さんって私とは良い酒が飲める人なんじゃないですかね」

「いやぁ、僕は酒が飲めない日本人なんで」そういや相方は《飲みに来る》とも言っていたが。学生時代には酒で様々な思い出が出来てしまう物だ。俺は自発的に飲んだりはしない。酒もタバコもほとんどやらない。

「そうですか。でもさっきはお互いノリノリだったじゃないですか。ついでに言わせてもらえば、先ほどの推理、一つだけ間違いがあります」まだ茶番を続けると言うのか。

「聞かせて下さい」……付き合う俺も俺だが。

「停電で生活が乱れたのは、冷蔵庫のせいではありません」

「では、何が原因なんです」

「あなただから話しますが、実はパソコンが落ちて、仕事の原稿がおじゃんになりました」

「……それは辛い」

『もう二人とも帰れ』


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