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July from June scene1

 先日の台風で真っ暗になってしまったマンションのラウンジで、俺は一晩過ごしてみた。

 ここはエレベーターが近くにあるのだが、この状況下では特に気にしないで、ソファでぐっすり眠ってしまった。どうせ誰も来やしない。自販機さんは自動消灯ができたりと意外と燃費が良いので、予備電源でも充分な稼働が出来るようだった。朝日の眩しさに目が覚めると、電気も復旧していた。さぞや、凄絶な夜だっただろう。監視カメラだって停止しただろうし、もしかして、夜盗とか出たりしてな。とかなんとか想像してみても、この國は基本的にはそういう事件とは無縁な感じで安心である。だからこそ油断は禁物だが、そんな、油断するなと言うのが土台無理な話であろう、年がら年中そんなにいつ迫り来るともしれない危機に対して気を張っていたりしたら、一体何と戦っているのかと思われる。昨晩のような状況では、気を張って損は無かったかもしれないが。

 自分自身との戦いです、毎日が。

 さて、今日は期末テスト前のラスト選択授業日、相方の提案の甲斐も有ってか要求がほぼ通ったので、イラストレーターのお仕事は一段落して美術教師のお仕事が廻って来た。この期末テストが終われば、教え子たちに成績を付けてやるという初めての作業も待っている。割と細かい作業であるが、さあて、どうしてくれようか。

 俺は授業中には良く手帳を開いてメモを取っている。差し障りの無い程度の生徒の情報等を書いているわけであるが、俺は別に普段の素行点チェックリストなんぞを作って、ゼロコンママイナスのレベルで評価点を上下させたりとか、そんな薄ら寒い――ともすれば冷徹な行為を行ったりはしない。こればっかりは、初めて担当した生徒たちであるわけだし、少しくらいはおおらかに行こうと思う。テスト問題だって実におおらかであるわけだし、提出物を出さないような者も居ないのだから、元から評価は決まっているような物だ。テストさえうまくいけば。……一応、心配は無いはずである。――なあ、そうだろ、みんな。

 そうして、いつもより少し遅めのタイミングで我が家を出たところ、自販機さんの前に見知らぬ人影が立っていた。業者の兄ちゃんではない。

『おはようございます、お早いのですね』

「たまたまですよ。先日の停電のせいで予定が狂ってしまったんですから」

『いつものブラックでよろしいですね』

「そうですね」と言って、男は自販機さんの画面下部にあるパネルに、軽くカードを触れた。自販機さんは支払いを確認した旨を伝え、ブラックの缶コーヒーが出て来た。そう言えば、そういう買い方もあるのだった。俺は小銭である。

 ――いつものブラック、と言ったな。そうか、この男こそが、ブラックコーヒーの人か。特徴を上げるとすればまず、目の下に隈ができている。停電で予定が狂うという類の生活環境なのか。目の下に隈ができている事から、洗濯をしようと溜め込んだ洗濯物を洗濯機に放り込んだ所で停電が来て超鬱だとか、そんな生活臭のする雰囲気ではない。例えば、このマンションに住んでいるくらいであるからトレーダーとか、そうなると確実にあの停電だけで、とんでもない額を損失すると言う事にもなりかねない。ちょっと想像し過ぎである。このマンションの住人に会う事がイレギュラーな事だから、思わず俺はなんだかそわそわしている。そしてやけに、横文字ばかり使っている気がする、今日は。

『おはようございます、秋聞様。寝覚めに一発、コーヒーのブラックはいかがですか』推理を巡らせていたら、俺はちょうど視界に入ったらしい、先に自販機さんに挨拶されてしまった。すると当然、前にいるコーヒーの人も俺に気付く事になる。

「おや、珍しいですね。他の住人の方に会うとは。初めまして、香芝かしばです」口調は丁寧で、好印象、コーヒーの人は香芝と名乗った。

「秋聞です、よろしく」なんだかわからないが、俺はコーヒーの人に妙な親近感を抱いていた。服装もワイシャツの上にパーカーと、夏らしくないのだが冷房の具合を考えればこれは体温調節でもしてるのだろうと言う事で合点が行く。このラウンジは割に冷えているので、クールビズでは寒気がするくらいなのだ。

「はい。今後ともよろしく。しかし、秋聞さん、スーツですか。私は普段外に殆ど出ませんから、その、外は暑いでしょう」

「そうですね。いえ、すぐ冷房の中に戻りますから。そう、あなたと一緒ですよ、さすがに肌を冷気に晒していると体調にも影響しますから」

「え、あ、そう……ですね、なるほど。それはそうだ、これに直接当たっていては少しまずいですよね。気付きませんですいません」コーヒーの人は、俺の発言の意図に気付かなかったのか、怪訝そうな顔をしたが、自分の格好を眺めた後にそれは察してくれたようだ。もしかして、今自分が何着てるのかも解らなかったって、事は無いだろうな、まさか。

『秋聞様は何になさいますか。ブラックにしますか。ブラックでよろしいですよね。それともベッドブルですか。でもブラックの方が良いですよ』先ほど声をかけられてから自販機さんを無視して会話していたので、何か機嫌が悪くなってる。ブラック推し、というより圧している。

「おやおや、これは……ブラックを買う事を強いられていますね」

「えっ」

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