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業務連絡

 七月に入ったすぐの頃に、俺が所属している事になっている、古巣のゲーム会社から連絡が入った。件の新作ゲームの《店舗特典》のために、俺は書き下ろしを何点か用意しなきゃならないらしいのだ。

 これには、しまった、と思う以外なかった。完全に失念していたのだ。ゲーム本編の原画を仕上げた時に、後でこういうことがあるんじゃないかと、うすうす感づいていたはずなのに、前もって逐一連絡をして細かいスケジュールの詳細を確認するのを、怠っていた。

 いや、忘れていたのだ。会社に出て仕事をしていた頃とは違うのである。甘かった。特典ってのは特定の販売店舗別に、俺が担当したキャラの三人をそれぞれ二枚ずつ、こいつは相変わらずテレカ用に、あと《予約特典》に抱き枕やベッドシーツまで付けてみようか、とか考えてるらしい。《店舗別特典》《予約特典》《店舗別予約特典》《初回限定版特典》《早期予約特典》《予約キャンペーン》などいろいろあるが、名称は違っても中身は同じ表現であったり、違ったり、時と場合で内容は様々、さらにこれらに加えて、パッケージ同封のアンケートを送ってくれた方の中から抽選で出演声優のサイン色紙プレゼント、とか。

 だからまずい。それは、作品に携わった者として原画家も例外ではないということだ。ぞっとしない話だ、俺のサイン色紙プレゼント。いやいや、ない、それはないぞ。断固拒否する。辞退させてもらう。それは耐えられない。だから待ってくれ、早まらないでほしいのだが、という旨を会社には伝えてみたが、揃って原画を担当したうちの相方は、どうやらやる気満々らしい。だったらお前が、全部やってくれよ。頼むから。と言えればいいのだが、分業であるし、相方にはもっといろいろ経験してほしいと思っているからして――だから、全部やってくれ。

 と、なるはずもなく、先輩として俺が率先してやってやるべきなんだろう、ここは。職場毎に自分の立場が、先輩と後輩で変わるのだから、社会人とは面倒なものである。まあ、どっちの職場も、垣根はそんなにはないのだが。

 しかし本当に、随分しんどい事になってきたな。今月はとりあえず期末テストの会議などで忙しいというのに。こんな時に並行して、まず最初に店舗特典テレカといえば、神経を使う作業なんだよなこれが。自分の描いたキャラ、いわば娘といって良いものでもあるからして、もう完全に、自分の趣味で仕上げてしまうか。かといって、そう言ったものをやっつけで描こうとしたって、公式サイトの店舗特典情報ページに、それら頒布物の原画のラフ――原画の下書き状態――を、掲載しておきましょうか、とか言い出されると、かなり困る。

 出来上がってしまえば開き直れるというものだが、自分の趣味全開ですぐできると言ってそんなもののラフを晒してしまうのは、いわゆる羞恥を喚起する行為だ。そもそもラフを晒すこと自体、俺はとても恥ずかしい、いわば恥部を広げるに等しい行為と言える。

 自分の未熟さをさらけ出す事はしたくない主義なのだ。情けない話かもしれないが、卒業制作だのも籠りきりで仕上げたものだから、これが性分なのだ。ほんとにうまい人たちだけだ、諸賢方々のような潔い真似は、俺には出来ない。作業配信などもってのほかだ。

 現状、状況が開始してる以上俺に抗う術はない、仕事なのだから。考えてみたらむしろ早まってはいけないのは俺の方だった。その早まらないでくれ、と言ったのはそういったこちらの勝手な事情――本当に勝手だが――を踏まえて、ホームページ作成担当のスタッフにもページのレイアウトで、特典情報を掲載しようかなという目途を立てるのを遅らせてほしいと言う意味も含んでいる。ラフだけは掲載させない。それは俺の矜持である。

 副業、イラストレーター。ここにきて佳境。大変だが面白くなってきた。

 まず一種類で済ませられれば良いものだが、店舗特典テレカ。こいつは、なんだろう。初回限定につくらしいものなんだよな。何とはなしに、そもそもトレカと抱き枕って、普通一緒にくっついてくるものなのだろうか。最近よくわからなくなってきた。

 俺はこの業界に入る以前に、いわゆる同人作業をしたことは殆どない。何で現在、こんな仕事に就いているのかと言えば、学生時代のバイトが縁だ。教育実習を終えて、神経が擦り切れて府抜けていた後、気を取り直してそれまで以前のように塾講師をやろうかと思っていた時に、ついでにこういう仕事をやってみないかと友人から誘われたのだった。

 最初からこういう、美少女系の絵を描けたわけではない。ただコンピューターグラフィックソフトの扱いにほんの少しばかり、造詣があったと言うだけで、本当についでで誘われたのだから。

 しかし仕事としてやっていくうちに、すっかりこの世界に馴染んでしまった。暇な時など時間を見つけては、美少女というものの落書きをするようになった。曲がりなりにも美術をやっていた人間であることが幸いしてか、俺の絵柄というものが出来上がってきた。先輩イラストレーター――原画家さん――たちに混じって会社のホワイトボードに落書きしたりしているうちに、気付いたらそこの会社から派生した新ブランドで原画を担当することになっていた。それが、一昨年の冬頃のことである。

 なにが起こるかわからない、とはこんな展開のことを言うんだろうな。

 そのゲームの発売に前後して、二つほどライトノベルの挿絵を担当した。片方は新人賞の受賞作で、続刊も好評発売中だ。ありがたいことである。もう片方はベテランさんが、新規レーベルで書き下ろした新作。こっちも続刊が出ている。俺もよく仕事をしてきたものだと思う。

 小説のほうはまあ、本文が出来上がって推敲でもしてもらってからだったりで気長にやってるが、ゲームは、出来上がるまでが、な。

 ちなみに俺は、ライトノベルの折り返しの著者紹介欄の挿絵担当者のプロフィールや、割いてもらったあとがきページには、適当なお茶を濁すようなことしか書いていない。もしかしたら、印象が悪いかもしれないが、その時はその時だ。

 うちの会社は《発売延期だけはしない》を密かにモットーとしているらしいのだが、正直、延期してください。


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