灯火scene4
記憶は、美化されるものだ。それでも、僕の中の記憶に、間違いはない。なぜ僕はこんなにも彼女を求め、追い縋るのだろう。記憶をたどって、思い返してみると、楽しい思いでばかりではなかった。
それは当然、いじめられていた頃の記憶が、いやでもついてまわるのだ、彼女との、思い出には。
中学を受験するために躍起になって取り組んでいる頃には、そんな過去を考える余裕はなかったのだけれど、今の僕はこうして、時々思い返して見る。
これは、実にシンプルな作業だ。
しかし、この歪んだ愛情に気付くのが、こんなに遅くなってからとは。――
「ほら、しっかり歩くんだ。私をちゃんと運んでくれなきゃ」頭の後ろから、かわいらしい少女の声が響く。実際彼女は、僕の後ろ――いや、上に乗っていた。
「お姉ちゃん、や、やめてよこんなの、疲れちゃうよぉ」情けない声を出す僕、こんなだからいじめられるのだと、解っていても、まだ変わる力を持ってはいなかった。
「あれれー。お馬さんがそんな事を言うのかなー。君はね、私のお馬さんなんだから、そんな弱音は聞けないんだよー。あーあ、お仕置きしちゃおうかなー」
「や、やめてよ、ちゃんと頑張る、頑張るから、」
「うん、いい子いい子」その声はとても優しく、僕を包み込んでくれた。こんな僕に優しくしてくれるのは、彼女以外にはいなかったのだから。――
思い出される、幼い時分のこんな記憶。
家の中で遊んでいるとき、彼女は這いつくばる僕の背にまたがり、キッチンに行けだの、トイレまで行けだの、命令を下す。
なにもおかしいことはない。
ただの、子供がやるお馬さんごっこだ。多少過剰なところはあるが、これも彼女なりに僕を鍛えようとしてくれていただけなのだ。ガキ大将の洗礼、こいつは男の試練なんだぜ、と言うやつである。女ジャイアン。妹の方ではない。
男の子が女の子を背負って運んであげているのだから、たくましい、微笑ましい光景にさえ、見えるかも知れない。
僕の見た目が、ひ弱な女の子でなければ、の話だけれど。
パパやママには内緒の、秘密のお医者さんごっこなどよりは、よほど健全に近い。
いや、考えようによっては、この頃から彼女の、僕に対するしごきは――僕は内心、よろこんでいたのかもしれない。それは、歪んだ愛情だ。当時の僕には、知る由もないことではあるが、このような主従関係のようなままごとがまかり通っているのだから、子供の無邪気な容赦ない残酷には、眼を覆わんばかりといったところだ。
それは、無意識に。
こうして僕を鍛えていた訳は、――彼女は何時でも、いじめられている僕を救い出してくれていた。
僕はそれを大層恩義に感じていたし、そのために僕は、いつか彼女を守りたいと思うようになった。
だから、僕が彼女の実家の道場に厄介になる決意をした時に、彼女は本当に喜んでくれたのだ。
今でも、その気持ちは変わらないが、しかし、これで、このままで、いいのかと思うときがある。
そう、僕はあの時、中学受験には失敗したが、それから先にでも、編入試験に受かれば――途中からでも彼女と同じ学校に通う事が出来る、そのような希望の明かりを頼りに再起することができた。
開き直りと言ってもいい。
長いこと彼女には会っていなかったから、それは一日千秋の思い、間違いなく僕は、彼女に対して篤信を持っていたのだろう。
人は変わってしまうものだと言う事を、知らぬままに。




