ホームシックガール
昼休みになったところで俺は、出水と石動に声をかけた。お互いに視線を交わしたあと、二人揃って教壇の前まできた。
「二人とも、改めてお疲れ様。先生からの労いって事で何か奢ろうかなと思うんだけど、どうかな」本日の授業内容、進行具合を、手帳に記しながら訊ねてみた。
軽くとはいえ、一応聞いてはみた所の内心では余計なお世話かもしれないと考えていた。
「へー、そういうこともするんですね」
「えっと、これはお食事のお誘いなのでしょうか」
二人とも、好奇心の満ちた眼差しを向けてきた。
「食事に誘ってるわけじゃないさ、ほら出水だって弁当持参で毎日食べてるんだったはずだろう」
「うーん、そうですね……なら後日、改めて学食ででも会食するのはどうでしょ。あたしとしては、寮の談話室とかも楽しそうですけど」
――結局、飯に誘ってることにされている気がするが、いいのだろうか、こんなことしてて。件の談話室もそんな感じだから大概が杞憂であろうとみても。
「あら、私寮には長いこと行ってませんわ」
「うん、あたしもあんまり行ってないんだよ。寮暮らしの友達って言ったら、多分いっちゃんくらいしか居ないもん」この出水の発言は意外だったので、そうなのか、と聞いてみたところ、このクラスには一年ほど暮らしてホームシックになっちまった娘が多いらしいとの事。確かにそういう可能性があるかもしれない、箱入り娘というヤツか。
スポーツしているやつはいるし、健康的に日焼けした肌の生徒も多く見受けられるような時期になってきた――逆に、いわゆる深窓の令嬢といわれるようなステレオタイプのはあまり見受けられないようになったが、寮にいる生徒たちは白磁の肌をしたおっとり系がまだ残っている。美しくはあるが、悪く言えば病的である、――というのは、最近読んだ小説から表現を拝借したものだが、時代が移り行けども変わらないものはあるのかもしれない――病的な白さ、それは儚さを象徴する。寮のあの娘らも、住み慣れた生家を選ぶのかもしれない。
そう言えば、担任が堅城のクラスはどういうわけか全員、寮に揃っているらしい。人数が多くないとはいえ、こちらのクラスと随分差があるように思える。まあ、そんな穿った詮索をすべきではないだろう。
「先生、私は昼食よりは夕食会のような催しにしてはどうかと思います」
「わ、楽しそうだねそれ。やりたいやりたい」
「石動、俺は今回貧乏くじ引いたお前らに個人的に――」いやまて、個人的にと言ってしまったら、石動の発言の意図するところが正論となるではないか。彼女の考え方では、贔屓的な俺の行動を訝ってみることになるのだから。「――違うんだがなぁ」
そう見えてしまうのなら、致し方あるまい、石動の気遣いと、意見を尊重するとしよう。今のはつまり、俺を咎めているのではなく、二人におごった事で俺の評価に影響が出ることが少なからずあり得ることを、考慮してのものである。確信はない――本人に聞いても答えてくれるはずもない――のだが、やはり思いやりが人一倍あるようだな。
最近はだいぶなれて生徒に敬語で接することが減ってきたが、その時は今のような心配がかなり念頭にあったため、ありがたい気遣いだと思う。
「違うって何がですかせんせ」
「いや、こっちの話だ。その夕食会とやらは、やるとすればだが俺の受け持ちの美術クラスだけでやるんだよな」人数的には、お茶会の時を思い返せばとりあえず問題はないが。
「でなきゃ逆におかしいですよね」
「ごもっとも。そしたらアレかな、割り勘で――割り勘って知ってるかい」
「せんせそれギャグで言ってるよね」
「流石にそこまで世間知らずではありませんわ」
そこまで、と言うことはある程度は自覚があるのだろうか。
「悪かった。そしたらあれだな、期末試験の打ち上げって名目はどうかな」
「おお、すごくいい感じ」
「それなら皆さんいらっしゃると思います」
「わかった、そんな感じでいこう。急いでもしょうがないし、来週にでも決めるとしような」
恐らくこれが、夏の最初の予定であろう。仕事以外の予定も、久しぶりかもしれない。忘れぬよう、そっと手帳に記した。




