June to July scene3
さて、部屋で過ごしていたらやってきました四時限目。
お昼前のラストターム。取りあえず選択授業なので、クラスのうち半数は教室移動。
選択と言っても音楽か美術しかないので、教室から出て行ったほうは音楽室に向かったというわけである。
美術は教室でも出来る……ので、いつも彼女らが授業の後にすぐ弁当を食べているのはそういうわけなのだ。
「えっと、とりあえずみんな居るようですね。それじゃあ出席をとります」教室を見回して、残った生徒たちを確認する。間違いなく全員居る。なので、当然異論もある。
「せんせー、みんないるのわかってるのに出席取るんですかぁ」まず言わなくても良いような疑問を口に出すのは、決まって出水である。
「ちょっと、出水さん、あなた先生に対していつもいつも――」
「石動さん、いいからいいから。そんじゃあ、名前呼ばれたら返事して下さいね」出水に注意をした生徒をなだめ、出席簿を開く。
「まったく……先生は甘すぎるんです」そのような事を言いつつ、呆れたようにそっぽを向く。石動、お前の気持ちも最もだが、我慢してください。出水のヤツは後で個人指導だ。
何で出席を取るのか。俺は出席を取るのはとても大事だと思っている。時間がもったいないとか、逆に時間稼ぎに使ってるだとか――そんな事誰が言うのか知らないが――言われても、コミュニケーションとして必要な事だと思う。
ていうのは聞かれても、口には出さないわけだが。言っても茶化されるからな、ちゃっちゃと進行するに限る。もういい加減に顔と名前は一致するし、どう書くかも覚えている。
「饗庭さん」「はい……」
いつも通り、饗庭は出席番号が一番前だ。
あ・い、と繋がって一番上を明け渡せるなら、相田とか愛染とかだろうが、このクラスには居ない。
しかし出席簿の一番上から読めませんでしたって、どういうことなんだろうな。びっくりした。弁明すると、正確には読めなかったわけではない、饗庭篁村ってご存知だろうか。知ってるとしたら、またも堅城の分野なんだろうが、俺は個人的に奇跡的に知っていたので、あえば、と呼んでしまった。――
「えっと、あえば――」
「先生、あいばです、あ・い・ば」このときも、口添えしてくれたのは名も知らぬ出水であった。
「そうか、あ・い・ば。了解。恥のかきついでに聞くがその下(乙歌)は《おとか》かな」
「いっちゃんの名前は、いつかちゃんだよ」
だあ、もう。読めないってばよ。――
と、そのような具合だった。
「出水さん」「はいはーい」
「ハイは一回だ」「うっす」
めんどくせえな。
「石動さん」「はい」
彼女の視線は、――先ほど出水を咎めなかったことを、諌めるような視線だった。
石動穂――彼女は、先ほどのやり取りを見た通り、出水とはちょっとばかし仲が悪いようで。
ちょっとキツい感じのお嬢様で、俺の中では教育実習で出会った、例のあの娘に似ているイメージだった。かわいそうなことに生真面目な委員長タイプ、というかクラス委員なので案の定、出水のようなタイプの子とはしょっちゅう衝突するらしい。らしいというのは、俺はいつもみてやってるわけじゃあないからだ。
確かに、石動と出水に関しては一般論では確かに仲が悪いとしか言い様が無いだろうが、俺はこいつらのやりとりだけでそこまで、仲が悪いとは判断していない。実際的な喧嘩なんてほとんどしないからな。
そもそも、出水が石動に対して一方的にお友だち付き合いするのが気に入らない、とかだろう。プライドも高そうだ。素直になれば良いのに。本人に、大事なのは一歩踏み出す事だ、なんて言ったらきっとすげー怒られるんだろうなと思ってる。
今日方々で言われている通り、一歩踏み出す、歩み出すべきなのは、俺なのだろうけど。
「御厨さん」「はい」
「――で全員だ、今日も皆さん出席率がよろしくて助かります、頑張って行きましょう。……出水、ちょっとこっち来なさい」
「なんですかー、せんせ」今から説教されると言うのに、楽しそうだった。
「お前はもう少し大人しくしよう、な」
「にしし、やだなあ、大人しいじゃないですか、この授業では」
「他の授業ではもっとうるさいのかね。なぁ、少しは石動の注意も聞き入れてやれ、あれでお前のためを思って言ってるんだからさ」
「なっ」石動の方を見ると、顔を真っ赤にしている。なんだ、刺々しい雰囲気ばっかり見て来たが、そう言う顔も出来るんじゃないか。
そもそも思いやりが無ければ注意なんぞ、出来ない事なのだからさ。
「そうなの。すいちゃん」
「ちっちがいます。先生、変な事を仰らないで下さい。どうしたんです、何だかいつもと様子が違いますわよ」そうは言っても、少し慌てている気もするんだが。
「ん、まあな。そう思うのも無理は……俺の事は良いんだって。石動、クラスメイトのためを思っての発言であると言う事が、そんなに恥ずかしい事か」
「そ、そんなの、先生が勝手に思ってるだけです。私はっ――」
「いやごめんごめん、別にそんなつもりじゃなかったんだ。……とにかく出水はもう少し節度をもつ事だな」
「ぶう」
「ぶうじゃねえよ」
素直になると言うのは、難しい事だな、石動よ。
突然話を振って、完全に不意打ちだった事だろう、申し訳ない。俺が未熟なだけ、大目に見てくれると助かる、なんて思っている所に、
「そ、それと先生、饗庭さんの事なのですが」と、石動は話題を変えて来た。しかし、それも話そうと思ってたのか。
「饗庭が何か」その饗庭は、出水の後ろに隠れている。やっぱりこちらの二人は、仲が良いと見える。
「先生が、ちゃんと授業出るように言ってくれたんですってね、この娘ったら、私が言っても聞き入れてくれなかった物ですから」
なるほどそうだろう、そうだよな、この石動が饗庭に注意をしないはずが無いのだ。
全くどいつもこいつも強情な。
いっそのこと、俺がこのクラスの担任になってもいいような気がして来た。
っておいおい。ちょっと見方を変えたらここまで考えが変わるのか、単純過ぎるだろう、浅はかだと言う物だぞ。そんな事をうっかり口に出してしまったら、実現しかねない。冗談ではない。飛んだ世迷い言だ。忘れよう。
「饗庭はもう大丈夫だよな」
「うん……」
「はぁ……そうですか。ありがとうございました」今のため息は、もしや饗庭の、俺に対するタメグチが気になったのだろうか。だとしたら、ほんとに難儀な娘だ。苦労するだろうに。
「それで、みんなに聞いておきたい事があるんだが」そして、本題、本題。
「おお~~っ、せんせがいつになくやる気だよ。がんばれー」
「声援ありがとう。――期末テストはどうしようか」
あっという間に、教室がお通夜になった。




