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June to July scene2

 桜並木を過ぎ行きながら、出水に言われた言葉を考える。

 先日だって、あいつと話している時には俺の素が出てしまっていたと思う。あれでは俺が纏ったメッキに何の意味も無いのが、察せられてしまうわけだ。

 あいつは、生徒の中では一番多く話している相手だからと言うのもあるが、それだけでなく、内心そろそろ緩んで来ているのだろう。

 寮まで辿り着き、談話室で一服、といっても俺は煙草はやらないので、食器棚からティーカップをとり、――無論こいつはどっかの王室御用達の老舗ブランドである――中に冷蔵庫の冷凍室から取り出した氷を転がし、もう冷たくないペットボトルのミルクティーを注いだ。

 こうして、キンキンに冷やして飲んでやる。この器でこれとは贅沢だよな、全く。もったいないことしやがる、という苦情も甘んじて受けよう、これはたしかに、無粋の極みだ。

「おはよう、秋聞君。朝から浮かない顔してるね、髪切るんじゃなかったのかい、まだ伸びてるよ」

「よぉ、堅城。朝からご挨拶だな」ミルクティーを口につけると、あろうことか氷が上唇に張り付いたが、冷静に対処し剥がす。何気なく行うこういう行動を、人に見られたりすると、例えば大人とはどういう対応をするものなんだろう。

 外れた氷がカランと涼し気な音をたてた。

「んん、どうした秋聞君。なにやら機嫌でも悪いのかしら」

 そう言って、ソファの向かい側に気安く腰掛ける堅城、今日はジャージではなく、パンツスーツ姿だ。これは恐らく会議でもあるのだろう、いっかな堅城と言えど、会議にジャージで赴いたりなどしないというわけだ。

「堅城……お前さ、いつも俺に言うだろ、私なんかに敬語使うなって」

「お。うん、言うね。何でかって、ぶっちゃけて言うとだな、……ホント、君が《僕》だの《きみ》だの言ってるとさ、その、気障ったらしいんだ。……まぁまぁ、そんな顔するなよ。そう見えるんだから仕方ないだろ、気付いてなかったんなら、ショックな事かもしれないけど。それで、改めたのかな」

 唖然としている俺を他所に、君に呼び捨てにされるのはとても気分がいいぞ、等とらしからぬ態度でくすくす笑う堅城、どことなく無邪気な少女のそれを思わせる。だが、おちょくられているというのもまた明白であるが、今はジャージの時のそれとは趣がだいぶ違う。些事だが。

「俺が、気障ったらしい……」

 ――キザ。

 俺がこいつにそう思われてたと言う事か。って、そう言ってたんだよな、今。しっかりしなければ。盲点だった。

 そんな顔するなって、んな無茶言わないでくださいな。思わず、このティーカップを取り落とすところだったが、そうならなかっただけでも幸運じゃないだろうか。それでもきっと、堅城は見事な反射神経で受け止めてくれていただろうという、妙な信用があった。いや、絶対落とさないけどな、俺は。

 落ち着くために、ミルクティーをもう一度注ぎ、カップを回して氷が揺れるのを眺めた。挙動不審以外の何ものでもなかったが。

「そう、お茶会のときは、お嬢さん方はキザなんて俗な事は言わないで、ミステリアス、と言ってたけど、それも少し違うかもね。もっとこう、ナル――」「いやまあ、なるほどな」

 その二の句を告がせるわけにはいかなかったので、思いっきりかぶせて切り上げた。それ以上に、やるせないが。しかし堅城のこの発言で、何かが、繋がった。

「というのもさ、そんな話を自分の受け持ってるクラスの生徒にも、されたんだ。つい先ほどだの事でね。やっぱり人を見る目が違うんだろうか、彼女らは」

「ううん、まあ、今のはこちらの私的見解も多分に含んでいるからね。逆の話をすれば、それこそお茶会のときは君のそのキザな振る舞いがウケていたんだよ。どちらが良いか悪いかと言う事じゃない。だから、私はどちらも含めての君に興味があるけどね。――いやいや、モテる男は辛いねえ」

「やめてください。お茶会のときはお茶会の時、ですよ」だから、雰囲気に流されたんだって、あれは。どう考えたって、アレが日常だというだけでファンタジーだ。

「君が受け持っている、その生徒が君に求めているのは、そう言う態度ではない、ということだね。自分の理想を押し付けるんじゃないというか、いや、ごめんこれは言い過ぎだな」

 俺の理想、としている《教師という振る舞い》に、頼っている自分が確かに居る。自分を飾る、と言うのとは、多分ベクトルが違う。

「秋聞君だって、もともとは人懐っこい性格なんだろう。生徒と触れ合う事を怖がる事はないと思うんだけど、どうかな」

「それは、まあ。いろいろ思い当たる節があるけれど。――ただ、どうかな、自分で何かのファクターを引きずっていると言う事を、認めたくない。そういう若い自分が、どこかでまだ生き残っているらしい」

「ふふ、遅れて来た中二病だね。解ってて言ってるんだろうけど。認めたくない事は認めなくて良いじゃない」容赦なく貶して来ること。はいはい中二中二。俺と言うヤツは。

「難しい事なんだよなぁ。もっと生徒と仲良く、か。……憶えがあるってのは、俺の話するとさ、教育実習の時に、やけにキツい娘が居たんだよな」

「キツい娘ねえ」

「当時の俺の、ある事が琴線に触れたらしく、《生徒相手に媚びを売るんじゃない》と一喝されてしまった。実は、その娘も教育一家の娘さんだったんだけどね。全く頭が下がる思いだった、教育実習生がチャラチャラしてるのが気に喰わなかったんだろう」

「チャラチャラって、今の君と、その時の君に実質的な差があるのかな。私たちの教育実習は、ほんの二年前じゃないか」

「キザなのと、チャラチャラしてるって言うのは違うだろう。俺だって、そこまで酷かったわけじゃない、と思いたい。正直忘れたい失敗であるのに、心底では引き摺ってるわけだ。ただ、あの時の彼女は、自分の道を見つけられただろうか、なんて……まあその件が有って、生徒と仲良しこよしって言う感覚とは、おさらばしたわけだ。予備校の講師やってたときも必要な事以外喋らないストイックな男を演じてたんだよ。俺もそういう先生が《理想的》だと思う所も有ってな」

「それはそれは。朴念仁と見せかけて、君もなかなか魅力的な男だったんだね」

「お前は何でそう言う事ばっか言うんだよ。くそ、話すんじゃなかった」ガラにも無いことを、喋ってしまった。一生の不覚。

「しかし自分で、その、原因が分かっていながら、直そうとしなかった理由ってのは――」

「言わずもがなここが《この学院》だからだろう」

「そう――だな、この学院だものな」

 友達感覚とやらで、忘れがちであるが、ここの生徒たちと我々では、住む世界が違うのだ。ままならないものである。

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