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June to July scene1

 さて今日も今日とて、授業日である。

 昨日は一日学校を歩き回って少し疲れていたが、気分的な問題なので肉体に疲労は残っていない。こちとら、まだ若いと言い張れる年齢だ、恐らく。

 そうだ、行きがかりついでに饗庭にはいろいろと言ってしまったが、問題なかっただろうか。思う所が有って、あまり生徒に干渉しないように、と言っておきながら――間違った事をしたとは思えない、ただ自分の意志薄弱を憂えるより他はない。たかが美術の講師が、教師面すんなって、それも、ごもっともだ。だが、教師面するななどと、饗庭はそう言う反抗的な生徒ではないと、信じている。

 これから問題がわらわらと巻き起こるような展開も、無いと良いんだが。

 そういうことは、希望でしかない、実際どうなるか解らない。

 しかし、参ったな。教師としての問題とは別にして、今回の絵仕事は、いったい何件原画を仕上げただろう。半分くらいって聞いてたんだけどもな。まだブランド二本目だし、俺が背負わなくたっていいじゃないかと原画担当を相方ときっかり分けて二人体制にしたはずだったんだけども。

 二人でキャラクターや原画を手分けして担当と言っても、お互いの担当するキャラクターはストーリー上あまり干渉しない展開を取っているために、辻褄合わせなどに割く都合は大部分カットして進行している。シナリオ自体ほとんど別物だ。だったら作品自体分けても良いんじゃないかって、シナリオ担当だって一人じゃないんだから、色々と大変だと思う。

 これが今後どうなるだろうな。シナリオ追加とか、追い風もあればそういう要求もなきにしもあらず。無事に完成してくれる事がまず第一、だが。

 あのブランドの新作始動、みたいなチラシが一部でも店頭に並んでいると、やはり感慨深い。

 これに携わってるんだな――俺、教師なのに。学園側のお偉いさんが良いよって言ってるんだから、気にしなくていいんだろうけれど、何だかな。

 こういう時代でも、相変わらず美少女ゲームブランドも、世の中にはしっかりと息づいている。

『あら、またコーラなのですか』

 こういう自販機さんみたいなのがいると、やっぱり魅力的な物に見えてしまうのだ。

 俺自身は特に、萌えうんぬんに特別こだわっていると言う事も無く、経験から学び得た表現、とでも言うのか、しかしそれが数多のイラストレーターの中でも一応認知を得ている、という事になっているらしい。

 イラストレーターでの名義の横に《新鋭登場》などと描かれたりするのは、この年になっても見ると、もうヤメてくれって思うが。背中を何かが躙るような思いがする。

 新鋭って、新進気鋭の、って意味だろう。新進、薄ら寒いぜ全く。

「せっかくコーラ、安くなったんだからな、買うしか無いだろう。リフレッシュにもいい」

『色々仕入れているんですから、ついでに買って行ってみてはどうでしょうか』

「弁当の付け合わせみたいに言うな、ペットボトル一本持ち物増えるだけでけっこう変わるだろう、重さってものが」それに加えて、これってキンキンに冷えてるからあれだろ、荷物が濡れるからこうして手に持っているしか無いのだ。そこはそれ、便利なあのペットボトルホルダーを買えば良いんだけどな。

『コーヒーなどどうですか。食後の一杯です』

 コーヒー、と言われて例の談話室に備え付けの豆やら茶葉が頭に浮かんだ。いや、比べてるとかじゃなくてだな。自販機さんだって、ブラック以外にも、色々とりそろえてある。

「じゃあ、あえてミルクティーをもらっていくことにする」スポーツドリンクではないので安くはなっていない、ってもう良いかそれは。うまいこと買い物を促された、と見えるだろうが、特に買わされたと言う気はしない。俺は文句を言いつつも、最初からまだ何か買うつもりでここに立っている迷惑な客である。一通りダベってから何を買って行くか決めているわけだ。

『ありがとうございます。初めてのお買い上げですね』

「ミルクティーな、けっこう甘そうだが」

『生クリームが入っております』

「それって、溶かしちまうのに意味あるのか」

『私に聞かないで下さいな。そう説明があるのですから仕方ありません』

「ふぅん、それじゃあな」

『いってらっしゃいませ』こうして肩にさげた鞄のポケットにミルクティーを挿しておいた。

 仕事は四限しか無いのにまた朝から出て行く必要も無いんじゃあないかとは思うが、寮で過ごす午前中というのも良いモノである。相変わらず談話室にでもお邪魔するか、自室で読書の二択だろうとは思うが。

 どっちにしろ四限の後には昼休みで、やる事も決まっている。来月の期末テストの事も考えねばならないし、朝早く学園へ向かって、もろもろの整理を付けたい所だ。

 そして、夏をどうするか。

 たしか、生徒の引率でレジャー、という話も誘われていたんだっけ。だが、それは堅城のところの生徒を指すのじゃないだろうか。場合によっては別口って事もあるしな、例えば部活動とか……

 バスから出て学園まで向かうと、実に風が心地よい。

 こういうのが、良いんじゃないか、この季節は。日差しは暑いが風は心地よい、過ごしやすい時期だ。コーラも学園に着く頃には飲み干してしまった。

「おはようございます、せんせっ」軽快に挨拶をされたので、誰かはすぐに解った。

「おはよう、出水さん。君は朝早いんだね」こうして受け持ちの生徒に朝出くわすのは初めてだった。

「――せんせ、それやめませんか。絶対、そのうちボロが出ますって」

「いつもこんな調子だろう、僕は。なにかおかしなところがあるかい」

「最初はそうでしたけど、何かだんだん年相応な子どもっぽさとか、見えちゃってますよ」

「子どもっぽさ」それはあの、例の友達感覚の延長線上の何かだろうかね。

「どこか、《ワザ》ってかんじがします、アレですよアレ、人前で進んで道化になるというか、あったじゃないですか、何でしたっけ」

「それは思い出さなくていいと思うな、教科書にでも載っていたんじゃあないのか。というかそんなに、僕はたわけて見えるのか」

「これはぁ、その、……比喩表現ってヤツです。それっぽい事言って結局は核心を突く事はしない。ただの、中身の無い、人を煙に巻く言動ですね。でも秋聞せんせなら、言われてる事の意味はお分かりではないかと」つまり、俺をたばかっているのか。相変わらずだ。

「気にしなくても良いような事ばかり並べて、自分の印象を強く残そうとする。というやり方だ。出水さんには僕の振る舞いが演技がかって見えているんだろう。もっと自分を出せと僕に、そう言いたいのかな、君は」

「えぇ、秋聞せんせのような人が、私なんかにさん付けするのは、やっぱりおかしいです、――それだけ言いたかったんです、すいません」色々言ってから反省したのか、伏し目がちになる彼女は、やはりどこか品格が漂っている様に見える。飄々としているようで、その実、真面目な顔して他人を諭せる人種なのだ。出水、どこの家だろう、きっと地方の名家か何かか。

「よしわかった、今日は、………そうしてみることにする」

「そのほうがきっと、みんなも接しやすくなると思うんです。素のせんせでいてくれたら、きっともっと、毎日が楽しくなると思いますよ」

「いや待て出水。それというのも俺は生徒に対してはある程度の距離を、だな――」

「やっぱり、せんせって普段は俺なんですね」してやったり、という顔で駆けて行く。その手には、気付かないうちに俺の手からかっさらったらしい空のコーラのペットボトルが握られていた。

「ちっ、それどうするつもりだ。おい、話を聞け、出水……」

「続きは授業でお願いしまぁす。これは捨てておきますね、にししっ」

 あっさりと逃げられた。まあいいか、捨て置いてくれるってんなら。

 しかし、先が思いやられる、とはこの事だろうか。

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