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ホームサイドガール  作者: 狐塚仰麗(引退)
先生と自販機さんと
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自動判断

 マンションに戻り、ラウンジに立つ。この位置は、自販機さんまでだいたい三メートルくらいの距離、なかなか遠いがここで立ち止まっても、余裕をもって反応してくれるようだ。商品一覧だけで、画面に映っていなかった自販機さんが、画面袖からするすると出てくる。

『お帰りなさいませ。――ジャージを召しておられませんね』こうしていつもお帰りを言ってくれるのは、マンションの性質上間違ってはいない。さしずめコンシェルジュのようなモノとしての立場を意識しているのだろう。

「ただいま。ジャージな、あれはダメだ。他の色なら良いんだがな」他の色。そうまでして、ジャージを着こなそうと思っているのだろうか、自分でよく解らなくなってきた。

 自販機さんは非常に高度に、我々利用者の身体的特徴や購入履歴を、その記憶媒体にインプットしているようだが、考えてみればこういうのって往々にしてプライバシーの問題があるんだよな、このシステムは。だから、ここみたいなセキュリティのある程度充足したマンションのロビーや病院などに置かれているらしい、AIのレベルにも差があるらしく、うちの自販機さんはかなり上位種であると言える。

 とはいえ、プライバシーなど無いに等しいと言って差し支えない時代だ、図書館やレンタルショップ、美術館などの利用記録なども、でかいところでは同じようなシステムが使われているし、場合によってはそういう情報が捜査期間に提供されたりするんだから、たまったものではない。またそんな事を考えて、なにもしていないから憂える必要はないが、そんな筋から捜査される容疑者も不憫なモノだな。

 ――気付けば、もしやそういうことなのか、と思わなくもないが、しかし。

 今は見ての通り、自販機のシステムとして試験運用されているがそれが応用されれば、どうだ。莫大な数の都心部の監視カメラ網に、超精細顔認証のAIが応用されれば、それこそ最高の人件費削減になりはしないだろうか。膨大な、途方もない映像の中から特定の人物を手探りで探すより、一瞬でデータベースから探せるという犯罪者追跡調査システム。当然、人の手を借りるより数倍早い結果も得られるだろう、――という人の手間を考えずにバカみたいに防犯カメラばかり、見切り発車で設置したのが間違いだったんじゃあ無いかと言ってしまえば、それもそうなのであろう。でもカメラがついてるだけで犯罪抑制に繋がるんだし、俺がただ悪いことばかり並べてつついたところで生産性なんて皆無だ。届かない声、なんてな。

 まあこの自販機さんを見る限り、一朝一夕でそこまでのシステムを実践投入まで踏み切る事は無いだろう。まだまだ、ずっと先の話だ。

 真実とは限らない、想像の域をでない妄言かもしれないが、多角的に見て将来的に価値のある研究だろうのに、なんでまたこんな、人を選ぶ試験運用の方法を選んでいるんだか。

 本当にただの《萌え自販機》としてしか、開発コンセプトに無い状態でこんな高度な結果を生んでいるというのならあっぱれ、欲望とはやはり大したものだと言うことだな。

 Greed is good.まさに。

『夏の間はスポーツドリンクのキャンペーンは続けさせて頂きますので、どうぞご利用くださいな』

「いや、やっぱりコーラの気分だな。そうだ、知ってるか、昔マラソン選手に、水分補給でコーラ飲んでるやつがいたんだぜ」あまり確証はないのであるが。

『それなら、コーラを飲んでマラソンしやがれです。この時間なら外は涼しいはずですからどうぞ』

「今帰ってきたんだよ、なんだお帰りなさいとか言ったくせに」また酷いことを言うやつだ、近頃ガラにもなく殊勝な様子も見せてはいたが、やはりこちらが本性なのだろう。百五十円、きっちり放り込む。

『ご利用ありがとうございます。――秋聞さま、お釣りの取り忘れなきよう』

「え」ガシャンと、釣り銭が落ちてきたらしい音が響いた。取り出し口に指を入れつまみ出すと、まちがいなくそれは十円である。

「ちょ、なにしてんだお前は」

『だって、仰ったじゃありませんか。コーラもスポーツドリンクなのでしょう、ありがたく受け取ったら良いじゃないですか、ふふふ』

「なん……だと……」

こいつ、バカにしてるのか、口振りはそうだが――何かサービスしてくれて――いや、この十円、受け取ったら敗けだろ。おちょくられてる、このまま言われるままに十円ちょろまかしたら、それは敗けだ。

『そう、以前のルーレットでは、サービスし損ねましたので、ささやかながら日頃のお礼をばと。キャンペーンのついでにコーラを値下げするくらいなら、大した問題ではありませんので』

「おいおいおいおい」これってAIの暴走じゃ――無い、のか。わからない、自販機さんがわからない。

『それでは、おやすみなさいませ』

 これも、なし崩しと言うのだろうか。微妙に照れながらどさくさの値下げを話す自販機さんは、俺が戸惑いを隠せずにいたせいか最後にはつんとして、返事をしてくれなくなってしまった。

 これをプログラムしたやつは、全くあざとい真似をしてくれるものだ、何か変な気分になってしまった。

 実のところは、俺が学園に行っている間にアップデートされ、値下げ品がいくつか増えたという話なのであるが、つまり最初にそれを伝えなかった自販機さんに、結局俺はおちょくられていたのだった。


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