ジャージエレジー
「何が似合う。うーん何が似合うんだろう。そうだね、眼鏡とか似合いそうだね」
いや、服装の話だと思ったんだが。眼鏡の女にそれを言われてみろ、何か勘繰らずにはおれないところだが、堅城が今は眼鏡をかけていないので、特に言わずにおいた。
「眼鏡ね。実はかけてますよ、部屋とか自宅で。パソコン用のですが」この場合の部屋は寮の部屋を指し、自宅の自室とは異なる。たまに自分でも、言いながらどちらかややこしくなる事もある。そして、場合によっては実家の自室なども増える事だろう、いったいどういう会話でそんなにややこしくなるのか――所持してる小説や漫画、雑誌類の所蔵箇所について辺りか。
「へえ、やっぱりインドア派なんだね。まあ君は色も白いし、体も細いし、鍛えてるようには見えないし想像通りというわけだ。それで、運動不足の解消でもしようかと思い立ったのかな。さてはぎっくり腰でもやらかしたのか」
「俺をいくつだと思ってるんですか」
「ははは、でも私は遅生まれだから、君の方が年輩なんだけどな」
「それでも大した差じゃないでしょう、ここでの仕事には歴がありましょうが」
「真面目だよね、口は悪いけど。あんまり先輩後輩とか意識しなくて良いって、私相手には特にさ」
「口が悪いですって――ううん、まあバレてはいるんだから今更だがな、それでもお前さんは俺にとっては立派な先輩、ってことにしてる。たまに忘れはするんだけどな」
「秋聞君もさ、《ここの空気》で使わなくても良い気を遣ってるんだよね。わかるわかる、私も最初はそうだったんだよ」
そうは言うがあんたはあんたで慣れすぎだろう、堅城よ。いつからジャージで彷徨くようになったのか、或いは、最初からそれでいったとも考えられる。まあ堅城だからな……と言うほど知っている訳でもないが。
「堅城先生、あんたはいつからジャージでうろついてるんだ」
「今年の冬からだな」
「今年――って、最初に会った頃かよ」
「そうだね、こたつの魔力というやつにかまけて、ジャージのまま授業に出てしまった。言わずもがな解るだろう、この気持ちは」
「……遅刻しかけたってか。学生気分でいるんじゃねえよ」
「久しぶりの《おこた》だったの、私はその温もりを感じながら小説を読んでいたはずなのに、まあ気が付くと、うとうとーっとしてそのまま朝二度寝をしてしまい、一限まであと五分かというところで慌ててジャージのまま、ね」そのまま慣れてしまったと。そこは恥ずかしくなって、もう同じことは繰り返すまいと自戒するところじゃないんだろうか、歴史教えてるのにさ。
「ね、と言われてもな、生憎のところあまり、こたつやふとんとは懇ろにしちゃいないんですよ俺は」
「……」
「何か」
「いや、上手いことさらっと言うんだなと。そうか、私は《ごろねん》だよ」
「――そういうつもりで言ったんじゃありませんが」
「そうか、でもお茶会ではなかなか小洒落ていたんじゃないかな、どうだった」
「茶化さないでください。立ち話しててなんですがもう談話室にでも移りませんかね」
「それは構わない、が、そうだな一つ良いか」
「ええ」
「夏にでもアウトドアして遊ばないか、良い運動になるだろうし――生徒の引率という形になるとは思うんだが」
「お断りします」
「つれないんだな、君でも畏縮してしまうものか」
友達感覚も大概にしろ、という話である。
「あまり生徒と親しくしようとは思ってないんですよ、雇われ講師の分際で」
「学園側はそうは思ってないんだから、良いんじゃないのか。私の他には数えるほどしかいないんじゃないか、女性の教員」
「えっと、それってどういう――……」待て、確かに他の先生と言えば、男性がかなり多いんだが。そもそもこの寮だって妙な話ではあるから、感覚が麻痺でもしてたんだろうか。
「――いやいいです、何となく思うところはありますがその話は置いておきましょう。まあ機会があれば引率者の任を引き受けなくも無いですが」
「そうか、っと何処へ行くんだ君は」
「借りた雨合羽を返しに行って、後はもう帰ります」
「人をお茶に誘っておいてそれか、秋聞君」
「はあ、なんの話でしょう覚えがありません」
「ふふふ、また明日な」
「また明日」
まったく、明日も授業ならここに寝泊まりしていけば良い話なんだが、仕事の件もあるので一度帰った方がいいのだ。仕方のないことだが。
だがその前に、乾いた合羽を先に返しておくくらいは今日中にやっておくべきだ、これのお陰で今日の一日が有ったようなものとも言えるのだから。
しかし饗庭のやつは、いるだろうと思ったところにいてくれるのだろうか。




