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ホームサイドガール  作者: 狐塚仰麗(引退)
自動販売機で、愛は買えますか?
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自動販売機で、愛は買えますかscene2

『あら、お帰りなさいませ。どうかいたしましたか』

「あぁ、いや。別に何も」

 午後十時過ぎ。仕事の帰りにラウンジを通ると、何とはなしに自販機の彼女と目が合った。この通り、視線が合うと話しかけてくれるようだ。

『そうですか。少しやつれ気味のようではありませんか。気のせいであれば、それでよろしいですが』と、なんだかんだ俺たちはお互いを意外とよく見ているようだ。お互いを、な。

 俺の自宅は、このちょっとした高級マンションの八階に位置している。含みのある言い方ではあるが、自嘲すれば、結構な身分になったものだという所だな。いつまでも続かないだろう、なんて思いつつも流されてこんな所に住んでいる。

 曲りなりにも、この要塞に居れば安心するからだ。十階建て、それほど高層ではないのは、周囲の景観に配慮しての事らしいが、そんな事を言っても普通の街並みが広がっているだけの景観である。信憑性はあまりなさそうだ。

 俺の部屋がある八階を含む偶数階にはゆったりとしたラウンジがあり、件の試験的に導入されたところの自動販売機さんも、ここに置かれている。言い方が解りにくかったが、この自販機さんが置かれているのは八階だけ。そしてつまり俺の部屋の位置からだと、ここを毎朝通り過ぎる事になるわけで。

 言うまでもなく、ラウンジともなればマンション住人の社交場としての機能を有する物であるが、このマンションには変人が多いらしく、顔を合わせた事のある人物は多くない。おかげで、と言ってはおかしいが自販機と会話をして時間をつぶしている様子を見られると言う事態には、まだ陥っていない。おそらくだが。

 しかし、見られて気まずくなるわけでもない。のならば、それでいいのだが、さすがに、これは他人に見られると恥ずかしい光景なのは疑いようがない。

「コーヒー、ブラックもらうぞ」

『どうぞ』

 ちゃりん、ちゃりん、と小銭を投入する。

「やあ、秋聞あきききさんこんばんわ。仕事もう終わったんですかーって、終わったからここにいるんですよね、あははスイマセンいきなり」

 ホントにいきなりだよ。

「ああ、お隣さんだったっけ、804号室の田辺章太郎くんだな」

 缶コーヒーのブラック。おかしなことに、何だか知らんが、二百円入れたのにお釣りが出てこないんだが、この田辺の相手もしなけりゃならんという所、どうしたものか。

『あの、お二人並ばれると少し対応が雑になりますがよろしいでしょうか』

「お、そうなんだ。この自販機ちゃんの前に二人並んだのは初めてですもんね。それにしても雑になるって、面白い事言うんですね」

「まったくだ。会話するのは二度目でもこんなに馴れ馴れしいヤツもいるんだ。その逆もあるって事だよ」

「あはは、やっぱり僕の事胡散臭いとか、なんとか、思ってますよね秋聞さん。でもなんだかあなたと話していると、どうも友達感覚っていうのが抜けない感じがするんですよねぇ。不思議だなあ」

「あぁ、それは良く言われる。――ところでおい、釣りはどうした、keep the changeなんて洒落た事を言った憶えはないぜ」

『小銭くらいでみみっちいですよ、あきっきさん』

「お、どうやらついに名前を覚えられましたね」

「ついにって何だよ、毎日利用しているとは言ったけども。てか、あきっきじゃないし、そして釣り銭吐き出せ」言っても詮無い事である。発音の都合も有るだろう。注意しないで聞いた所ではほぼ電子音ではない、というところが技術の進歩その結晶である。だが釣りは返せ。

『そちらのブラックは二百円ですが』

「えっマジかよ高くないかそれ……いやまて、先に言いなさいってばさぁ、そう言う事は普通」

『言ったじゃないですか、《お二人並ばれると少し対応が雑になります》と。聞いてなかったんですか』

「聞いたよ、だからそれ先に言えって話だよ、買ってからの話じゃねえか。しかも雑になるってそういう事か。値段教えてくれないとかひっでえな」

「あちゃー、すいません秋聞さん、僕が隣にいたせいで」

『謝られても困ります』

「お前さんには言ってない。しかしまぁ二百円くらいで何を揉めているんだか。自販機相手にアホらしい」

「それじゃ、僕は先に戻りますね」

「あぁ、おやすみ」

「おやすみなさい。今度一緒に飯とか喰いましょう」

 そう言い残して田辺は自分の部屋の方へ行ってしまった。今のは約束したことになるんだろうか。まあ社交辞令ってもんだろうか。

『…………』自販機は、ジト目で田辺を見送っていた。

 ここが高級マンションだと嘯いたのには、理由がある。それがこの自販機だ。広範囲に導入された物ではなく、あくまで試験運用と言う事でごくごく少数が各地に点々と設置されているもので、たかがマンションのラウンジに置いてくれるようなシロモノではないはずなのだ。

 先ほどの例のように、二人以上並ばれると対応が雑になるなど、人間的な一面も併せ持ってはいるようだが、まだ甘い。そもそも商業施設などに設置したら、そんな対応ではやって行けないというか、恐らく開発側に苦情が飛ぶだろう。

 とはいえ試験運用という建前、各地の自販機のAIにはそれぞれ異なった性格設定がなされているらしい。開発者が設定付けたプログラムとはいえ、自己学習もしているようだし、最新型の御多分に漏れる事は無いらしい。

 うちの自販機さんはさしずめ《ものぐさ》と言った所だろうか、あまり積極的な態度ではない。どこか空気が抜けているような雰囲気だ。

 それでも、顔色をうかがって体調を気遣ってくれたり、名前を覚えてくれたりするというのは、機械相手でも嬉しいような心持ちがするのだった。

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