ジャージラプソディ
仕事のない水曜日に学園まで赴くって言うのは、実はそんなに珍しい事ではなかったりする。さすがに学園がしっかりしてるもんだから、たとい選択科目のおまけみたいな授業である美術――ほんとにすみません、でも普通科の申し訳程度の美術教科には、今でも多少の改善の余地はあると思うのだ、個人的にだが。それゆえの選択科目なのだろうが、教養科目としては、世界史などと並行して視覚的、そう、ビジュアルイメージで体系的に文化や慣習、芸術を学べればそれこそ理解も深まるんじゃないかと。
だから選択科目の音楽と美術が二択なのが実に惜しいな。それゆえむしろ世界史が必修である事の方が申し訳程度に過ぎないという話で――だから受験のために未履修のまま処理されかけるような事態になったのだ。まぁかなり昔の話だが。日本史担当の堅城と少し論議を交わした覚えがある――などの教員たちに対しても職員会議みたいなものが、ちゃんと存在している。
確かに寮に部屋があるんだし住んでる人もいるから、会議予定を立てるに吝かでない。
大学の講義で、担当の教師が「会議だから休講」とかいうのもそういうわけなのだろう。講義より優先すべきはこっちなのか、まぁ、こっちのが給料よさそうだしな――そういえば、出水のやつに本を返されたのは今日みたいな晴れた日の水曜日だった。
バスの中で読んでいた本にも、彼女からもらったファンシーなカバーを付けていたところで。
ちょうど昼過ぎに学園についた。大雨の後だから、自慢の運動場も具合が悪そうだ。桜並木も葉が散ってちょっと寂しそうだった。
平常心、平常心。
校内に入ってからここまで、何人かの生徒がこちらに目を配ったような気はしているが、気にしてはならない。平常心、言ってるそばから案の定、早くも冷や汗が滲み始めていた。気温のせいばかりではない、比較的過ごしやすい陽気なのだ、しかしながら雨のあとで湿度も高く、空気がちょっとよろしくないという感じはするが、二か月ほど校内で過してきて初めての感覚である。
いったいなにが、そんなに珍しいものだろうか。このジャージ、一応学校指定だし、お嬢様学校とは言え着てる人は着てるモノのはずだろう、運動部だって頑張ってるんだし。
あぁ、なるほど。
体育の授業でもないのに、ということなのだ、第一に運動部の活動時間というものは、朝練習を除けば放課後と相場が決まっている。昼にジャージで校内をうろつく男性は、体育教師ですらこの学校の空気に、気圧されてか知らずか自ずと授業時間外はジャージ姿なんてもので姿を見せることはないので、必然的に俺は目立ってしまっているのだ。ああ、どうしてこんなことに。
ちょっと運動したいから学校で過そうかと思ったんだが、間違いだったろうか。
そもそも、自分の中にある感情がなかったかどうか。
それは堅城への対抗意識だ。曲がりなりにも先輩教師、畑は違えど同志であり、年も近い、それでいて人望もあり、よくわからんがお茶会というプライベートな時間を生徒と共有することで見聞を広めることができる。そしてジャージでうろつく。言うまでもなく、そんなことをする女性はこの学校に一人しかいない。しかし彼女のほうが一年先輩なのだ。
俺もジャージでいいじゃないか、そう思ったことを今になって後悔したのだった。
何で後ろめたいんだろう、ジャージでうろつく人がいたっていいじゃないか。
今だって、俺は現に、ランニングをしている。運動の真っ最中であるから、ジャージで違和感なんてない。しかしお嬢様たちの視線は辛い。
二日続けて寮まで走る俺であった。
寮まで来ると、もう皆様からの視線にもかなり慣れた。が、俺を知る生徒も中には当然いるので、
「あら、秋聞先生こんにちは。どうしたんですか。今日って学校にはいらっしゃらない日ではなかったでしょうか」などと優雅に話しかけてくる生徒もいる。名前は、なんだったか、自分が担当している生徒ではないので、残念ながら覚えていない。
「合ってるよ、今日は僕は非番だ。運動しようと思って、見ての通りジャージで学校へ来てみた」
「あらあら。ふふ、涼香さんみたいですね」――彼女らの中には、堅城を涼香さんと親しみをこめて呼んでいる娘が多い。それだけ慕われているのだろう。そう、この生徒も堅城の受け持ちクラスだ。昨日のお茶会の席で話をしたんだった。だが名前が――
「それを言われると、苦笑いしか出てこないな。慣れないことをするものじゃないと、ここまで来る間につくづく思ったよ、ははは」出てこない。どちらかというと、乾いた笑いだった。
水分を補給しようと思い、ポケットに入れてあったスポーツドリンクに口をつけた。まだ残っているが、だいぶぬるくなっていた。この時期こういうものは、あんまり冷やして飲まないほうが良いとは聞くが、そこは清涼飲料水、冷やしたほうがウマいに決まっている。
「でも先生、意外とジャージ姿もお似合いかと思います、なんて言うんですっけ、一昔前のすぽこんって感じがいたしますわ」
「すぽこん……」




