自主管理
「――ねぇちょっと、黙ってないで何か言ってくださいよ秋聞さん」
この間は、ようするに呆気にとられた、という訳のものだが、とりあえずこいつはまた音もなく背後に忍び寄っていたのである。いったい何のスキルだろう。恐い。
「ん、なんというかその、驚いた」まずはまた、自販機と駄弁っているところに現れる無遠慮さをどう叱責するべきか。いや、無遠慮って程でもないか、「あ、もしかしてぇ、お邪魔でしたかぁ、てへぺろっ」とでも言われれば話は別だ、腹パンの刑に相当する。
「えっと、そんなに驚くことですか」
『…………』横目でのぞくと、自販機さんもどうやら困惑している模様だ。擬音を書き文字で入れるならばオタオタ、という所。おたおたは擬音と言うわけでもないのだっけ、擬態語とか。ヲタヲタ……にしても今の自販機さんの様子と来たら、実にコミカルでなかなか見かけない表情である。普段がクールであるからして。
「というのもだな、お前は何でそんな格好でこんなところにいるんだ。もしかしてコスプレか何かか、そしたらお前、いくらこのマンション内がある程度はプライベートな空間だからって、部屋の外をそれでうろつくてえのは、ちと良識を疑うレベルだよな」
「な、何ですと。普通にうちの制服ですけど、これ……」
そう言った田辺章太郎の装いは、いつものラフなアメカジスタイルではなく、高校の制服だった。それも、俺がよく知るものである。
俺が呆気にとられた理由はそこにあり、恐らく自販機にとっても同様と思われる。
「どういうことだ。お前もしかして、高校生だったりするのか。その制服あれだろ、應仙じゃないか。信じ難い」目の前の光景がはっきり言って胡散臭い。
「現にこうして高校生してるんだからしょうがないじゃないですか、信じ難いとは心外な」しれっと言ってのける。ふうん。
「目の前に映るものだけが真実とは限らない」
「そういう話じゃないでしょ」
「お前が高校生ってのが、まず信じられない」
「え、そこからですか、いやここは、お前があの應仙に通っているなんて信じられない、とか、そういうところでしょ、なぜ高校生という事実を疑うんすか」
相変わらずよくしゃべるやつだった。
「いや、いつもあまりにも馴れ馴れしいもんだから――ホストか何かかと考えてた」
「ひどい」
「いや、結構指名来るだろこれ、なかなかの綺麗どころだしな」
「ええええぇえぇえ、本気ですか」
「うるせえよ。しかしそうか、應仙か。確かにここからなら通えなくもない距離だが。てか、自販機」
『ふぇぃ』
「なにがふぇい、だ。なんでまた混乱してるんだ、二人一緒に並んでいるからか」
『いえ……、どなたかは存じ上げませぬがその制服の方は、私どこかで見たことがあったかな――と』
「突っ込んでいいすか、ねぇ突っ込んでいいすか」
「うるせえよ。どこかでってお前はここにしかいないだろうが。24時間年中無休だろう、お前さんは。制服のこいつを見かけるのは初めてなのか」
『いえ、お顔立ちと格好の整合性が取れていないので、私の方の認識に問題があるのです。見かけた覚えはないですが』
「すごく失礼です、失礼ですよ自販機ちゃん」
「まぁ今のはなかなか辛辣に聞こえるかもしれんが。――章太郎、應仙てこっからどれくらいだったかな」
「片道でもだいたい二時間かからないくらいですかね、真面目なので毎朝五時には起きられるようにしてるっす」そう言って胸を張る。
「その様子だと慣れてるようだな。となると六時には家を出てるわけか」
この返答に章太郎は意外そうな顔をした。おおかた周囲がいつも言うように、大変だな、などと言われると思っていたのだろう。思い通りになってはやらない。
「まぁ、俺は寮生活だったから同じ感覚とは言えないが、慣れればそんなもんだろうって事だ」
「へぇ……」
「で、朝六時には毎日ここを通るであろうこいつの姿を、お見かけしてませんとはどう言うことかね自販機さん」
『それは、――節電です』




