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ホームサイドガール  作者: 狐塚仰麗(引退)
梅雨入りディゾルブ
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梅雨入りディゾルブscene4

 寮内の自室は一階だ。ここには、ほかの教員の部屋もあるフロアになっている。廊下を挟んでシャワールームや浴場、談話室などがあり、生徒たちも頻繁にここを通る。二階より上が生徒たちのフロアで、俺なんかは今後こちらにはほとんど行く機会はないだろうと思う。おそらく。宿直とか今後に回ってくるのだろうか。

 エントランスから廊下を渡り、自分の部屋へ行く。途中の談話室では、堅城たちがお茶会をしているわけだが、中の様子はのぞかずに素通り。

 シャワーを浴びようかどうしようかと思ったが、濡れたのは脚だけなのでタオルで拭いて済ませ、ひとまず饗庭から借りた合羽を自室の窓辺に吊るして置くことにした。

 シャワーを利用するわけでもないのであまり気乗りはしないのだが、仕方なくスーツも着替えることにした。濡れても困らないラフな服装、とはいえ安物のYシャツ姿になるだけだ。下はジーパン。

 シャワーを利用するわけでもないのに、と言うのも変な話であるが、この学園内ではしっかりとした身なりでいなければならないという緊張が、なんとなく拭えず、ジャージ姿でうろつける堅城がうらやましくさえあるほどだ。

 一般の感覚で言えば、他人の結婚式にジャージで行くわけないという、例えはおかしいがこの学校においては確かに、そういった式典じみた厳かな空気というのが、重くのしかかってくるのだ。シャワー浴びた後なら言い訳が出来るところだが、私服でうろついちゃっていいものかどうか。

 そうして数秒逡巡した挙げ句、しかしこの天気では仕方あるまい、と言う結論に落ち着いた。どこもかしこも浮き足立っているようだし、もう少し気楽でいてもいいかもしれない。

 まだ稲光が時折、室内を明滅させている。ポーチと同じく、ベランダは濡れていないのでちょっと出てみると、雨足はさきほどよりは弱まっているように見受けられる。傘を差して行けば帰れるかもしれないという様子だが、コーヒーを頼んでしまった手前とりあえずお茶会に顔を出さなければいけない。財布に定期、それらをしっかりポケットに入れ、後は手ぶらで部屋を後にする。ここの扉が、笑えることにオートロック式だ。うちのマンションのと同系かもしれない。改めてポケットに手を突っ込み、寮の部屋の鍵、マンションの部屋の鍵、両方持っていることを確認した。いくらなんでも、家に着いて鍵が開かなかったら。――それは絶望というものだ。全く笑えない、面白くない話だ。

 管理人さんに言えば開けてもらえるだろうが、そうなれば恥ずかしい目にあうのは間違いない。田辺に見られる可能性だってある。用心に越した事はないし、なおさら忘れるわけには行かない。キーケースの中で二つの鍵がしゃらんしゃらんと音をたてる。

 ともすれば、自販機さんの前で過ごすという手もある。自販機さんはこの時間、誰かが利用しているのだろうか。ブラック缶コーヒーやコーラがいつも減っているようだが、それ以外にも飲み物はある。いつも進めてくるベッドブルなどの栄養ドリンク、野菜ジュースにフルーツジュース、さらに炭酸系の清涼飲料水などなど。一通りのものはそろえられているし、飲み物には困らない。

 それに比べ、ここの談話室には何所か遠方から仕入れてきた紅茶葉やらコーヒー豆が置いてある。ことごとく、明らかに高級品という徹底振り。それが普通に置いてあり、気が向いたときに誰でもそいつを楽しむことができるというのだから、感覚の違いを思い知るところだ。給湯室が併設してあるからカップラーメンも食える。しかしそんなものを食べる者は誰もいないだろう。あえて食べてみるのも良いかもしれない。ふかふかのソファーが並んでいるし、でかいテレビがおいてあり、たまにはみんなで映画の鑑賞会なんぞを楽しむことができるわけだ。なんともはや。

 談話室まで行こうかと廊下に目を遣ると、堅城が出てきた。

「おぉ秋聞くん着替えたんだ。んー、なんだか新鮮だね、君の私服姿は」目を丸くさせて眺めてくる。そんなに珍しいか、いつも部屋の中ではこういう格好ですごしているんだが。

 ……いや、言われてみればこれでうろつくのはシャワーを利用したときを除いて初めてだから、確かに新鮮なんだろう。その内心は見咎められはしないかとビクビクしている、などとはけして言わないで。

「ちょっと遅いから呼びに行こうかなと思って来たんだけど、その必要はなかったようだ。で、コーヒーも紅茶もあるよ、中身には特にこだわってないけど。そういうの考えたって仕方ないからね、飲みたいから飲むだけだしさ」どうやら、豆や葉の種類には頓着していないようだ。一杯何百円なんてあくびの出る値段じゃあないかもしれない――とか、きっぱりさっぱり考えていない。清々しい事に。

「そういえば、ちゃんとした紅茶の淹れ方とか、知ってる生徒はいないだろうか」

「知っている、というのは知識として、ということかな」

「知識として。そのニュアンスだとつまり、経験はそこに含まれないということか」

「お湯を沸かして、後も適当にちゃっちゃと私が淹れちゃったからねー。知っている娘がいたら、嗜めてくれたんじゃないかなと思うよ。知っていたとしても彼女らにでは趣味の世界でしょう」

「どうでしょうね。案外今頃、杜撰なお茶淹れを笑っているかもしれない、淑女の嗜みですよ」

「君は失礼なやつだな。そういうのは嫌いじゃない」と堅城は俺の背中をばしっと叩き、談話室の戸を引いた。失礼も何も、自分で適当に淹れたと言ったんじゃないですか。理不尽。


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