梅雨入りディゾルブscene3
靴下を脱いでスニーカーを履きなおす。饗庭に合羽を貸してもらったとはいえ、どうしたってこの先、靴も足も濡れてしまう。それはまず避けられない。
濡れた靴下と靴で雨の中を走るのはいささか気分のよいものではない。だが、靴下くらいは脱いでおけば、後はいくらかマシになる。
それにしても、今の格好はあまりにも、この学院の景観を損なうシロモノときた。スコールなどと言うのも強ち間違いではないかもしれないほど風も強く、やはり膝から下は風雨にされされている状態だ。この格好で誰かとすれ違うのは少々居心地が悪い。だが幸い、こんな雨の中では誰も外を歩いてなどいない。
強風であるため小走りでも、なかなか歩が進まない。目を開けているのもやっとという状態だ、雨が目に入るのを腕で防ぐ。こういう何気ない動作をしてみた時、やはり合羽は有り難いと思う。
校舎を囲う、桜並木がごうと音を立てて揺れている。
この桜並木、春先は実に美しい光景だった。桜吹雪の中ではしゃぐ女生徒たちが、それはまるで妖精にでも見えるかのごとく。他にないどこかヒラヒラとした珍しい制服のデザイン(アニメとかでは珍しくもなんともないが)なので、ますます絵になる光景であった。それは良く言えば優雅で華美ではあるが、悪く言えばコスプレくさいデザインだと云うことだ。だからといってカラフルでぎらぎらしているわけでもなく、白を貴重とした落ち着きのあるよくわからない形の制服だ。襟に校章のピンズを付ける。この辺りの桜は四月の入学式のころにはだいぶ散ってしまうのが惜しいところだったが、その頃まで花を抱いているのはもっと北のほうだけだろう。
時折、激しく雷が鳴り響いていたが、近くではない。案の定、寮までたどり着く頃には足がびしょ濡れになってしまっていた。だが、ズボンは思い切ってえいやっと、膝上から更に限界まで引き上げていたので、ほとんど濡れていない。まるでバルーンスカートみたいになっている。そのため、安物とはいえしわだらけにはなってしまった。それでも濡らすよりマシというものだ。
寮までたどりつくと、何人か生徒も中にいるようだった。ポーチまで入ったところで、ズボンの裾を下げる。
こんな恥ずかしい格好を見られてはたまらない。
まったく、教室で話してたように時間割がどうなっているのかは知らないが、彼女らは出水の言っていたようにサボりなのだろうか。俺がここに来た時点ですでに昼休みも終わってるし、どちらかしかあり得ないわけだが。そんなことを考えながら、合羽から水気を振り払うと、ポーチの床は一瞬にして飛沫に染まり、水浸しになってしまった。せっかく濡れていなかった床に水溜りを作ってしまい、なにか悪いことをしてるような心持ちになった。天気が悪いと些細な事もマイナスに見える。
まあ、いいか、ここは外である。
「お、秋聞くんだ。どうしたのかな」振り向くと、玄関扉を半開きにして顔をのぞかせている女性が一人。なんか生首みたいだな。
「どうも、堅城さん。いまこれ、合羽の水気を払ってるんですよ。それくらいしないと中に入る気がしないもんで」
「それ、なんか可愛い合羽だね。ねぇ、今から談話室にいらっしゃいな。みんなでお茶会してるところだから。君はコーヒーと紅茶、どっちがいいかな」今日は何かと、申し出の多い日だ。
堅城涼香、一期先輩の日本史講師であるが、俺と年は同じだ。一応なるべく敬語を使おうと思っているのだが――身長は160センチ程度で、特に目立つような外見ではないが、女生徒からの人望は厚い。例の友達オーラは俺以上に放っていると言えるため、あまり敬語で話そうという気がなかなか起きない。特に目立つような外見ではない、と言ったがポニーテールでメガネをかけ、ジャージでうろつく女性をこの学院で見かけたとしたら、ほぼそれは彼女だ。間違いなく。
「えっと、――じゃあ、コーヒーを」
「わかった、淹れとく。砂糖とかは後で自分好みにね」
「先に部屋に戻ってちょっと着替えてくる」
「うん。あ、その合羽って君のかな」
「いや、生徒が貸してくれたんだ」
「だよね、似合わないもん」そう言われるとちょっと悔しいじゃないか。しかし逆に合羽が似合うってどういうやつなんだか。




