wish
―桜の樹だって 恋をする―
いつも私に寄りかかってくれるアナタを 好きになりました。
『ねぇ、天使さん。私を人間にしてください』
『本当に少しの間だけしか、人間でいられないよ』
『かまいません。少しでも、あの人とお話したい…』
『でも、願いを叶えた時、君は…どうなるか、分かるね?』
『…はい……』
涼しい風に吹かれ、少年は目を覚ました。いつもはでこぼことした、桜の樹の感触。それが、今日は柔らかい。
「…どうして…?」
少年が目を開けると、優しげな少女の顔が目の前にあった。少年は、少女のひざの上で眠っていた事に気付き、慌てて頭を上げる。
「ご、ごめん!俺、君のひざ借りちゃったみたいで…桜の樹に寄りかかってたと思ったんだけど、その…」
「ううん。私がしたくてしたの。ひざまくら…サッカーの練習で疲れてるんでしょ?将太君」
「えっ!?」
見ず知らずの少女が自分のことを知っていたのだ。誰だって驚くだろう。
「君…誰なんだ?」
「私?私は桜。…ここで、いつも見てたよ。将太君のこと」
桜の樹の中から。そう言いたいのを、桜は我慢した。ここで言ってはいけない。今、桜はふつうの少女なのだから。
「私、将太君とおしゃべりしたい。そのために来たの」
限られた時間の中で、少年と出来るだけ近くに…。それが桜の想いだった。
「ふーん、中学生なんだ」
だいぶ将太に自分のことを説明してもらった桜はつぶやいた。
「うん。サッカー部でさ。レギュラー入るために公園で練習してたんだ」
「ふふっ。それは知ってるよ」
「…どうして?」
「この公園で見てたって、言ったでしょ?」
そう。いつも見ていた。そして、練習の後、自分に寄りかかって休む彼を、好きになった。
「…桜と俺って、今日始めて会ったんだよな?」
「うん?そうだよ。将太君とお話したのは始めて」
「だよなぁ…」
将太が首をかしげる。
「どうかした?」
「…いや。なんか、桜とどっかで会ってないかなー、なんてさ」
分かってくれているのだろうか。
桜がいつもどこで、どんな思いで将太を見ていたか。
言うなら、今。伝えるなら、今がいい。今しかない。
「将太君…私…」
その時だった。
『ゴォーン ゴォーン』
5時の鐘が鳴った。
「あ、家の用事があったんだった!俺、そろそろ帰るな」
「え…将太君」
「ん?」
「…なん、でも、ない」
去っていく将太の背中を見つめながら、桜は力なくつぶやいた。
「…言えなかったね…私…」
でも、桜が人間でいられる時間はあと少し。明日じゃ間に合わない。やっぱり、今だ。
桜は将太を追いかけていた。言いたい。両想いになれないのは知っている。それでも言いたい。
その時、歩道を駆け抜けた桜の目に、衝撃的な現場が飛び込んできた。
歩道に突っ込もうとしているトラック、そして、トラックのまん前で立ち尽くす―将太。
「嘘…っ!」
その時の桜の考えは1つだけ。
桜の樹に戻れば、将太を助けられる。
「将太君!」
桜は叫び、歩道に飛び出した。それと同時に、桜の形に戻っていく。
数秒後、桜の背中をものすごい衝撃が襲った。トラックが桜にぶつかったのだ。だが、大きな桜の樹は倒れない。
少年が驚きに満ちた顔で、桜を見上げた。
「桜…か?」
「…気付いて…くれたの?」
桜が弱々しい声を出す。
「桜なんだな!?」
「あはは…ちょっと…無茶しちゃった」
「…どうしてこんな事」
桜は泣き笑いだった。
「…私…将太君が好きだった…それだけ言いたくて…天使さんに人間にしてもらったの」
桜の枝が揺れる。そして、はらはらと花びらが落ちていく。
それは…まるで…桜が死期を迎えたような…。
「願いを…叶えてもらったら・・・天国に行くって約束して…人間にしてもらったの」
「…桜は…いなくなるのか?死んじまうのか!?」
何かがふっと、上の方で光った。天使が、桜を連れて行こうとしている。
「ばいばい将太君」
「桜…ッ!!」
「サッカー頑張って…いつでも見てるよ」
それを最後にして 桜の花びらが 散り終えた。
大切な人との別れを惜しむように ゆっくりと ゆっくりと。
あとがきまで読んでくださいまして、有り難うございました!これからも精進いたします!