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藤花幻夢の御伽鬼譚  作者:
幕間 思い出 壱

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14/48

 重い、錠の音が格子戸に響いた。


 斎郎は、何かをやり遂げたようで満足気に開いた戸を潜り抜ける。その先で、双眸が捉えた槐の姿は感慨深いものがあった。格子越しではない。初めて正面切って見るその姿。日々共に歳を重ねていた筈なのに、背丈も伸びて、容姿も少しづつ大人びて。斎郎は六年間と言う月日の流れを初めて目にしたかのような気分だった。


 反対に、槐は目が落っこちてしまうかと思うほどに見開いて、驚きを隠せない様子だった。固まって斎郎を見つめ続ける槐をよそに、斎郎は槐の目の前にすっと腰を下ろすも反応は変わらない。

 

「……槐?」


 まだ、幻でも見ているような心地なのか槐の反応は薄い。

 喜んでいるのは自分だけなのだろうか。斎郎は少し寂しくも感じて、呆然とする槐の手にそっと触れた。すると、やっと槐が動きを見せる。目をぱちくりとさせて、触れた斎郎の手を握り返して――しかしそこから、まるで手の触り心地でも確認するように、斎郎の掌や指、手の甲から手首まで。更には、斎郎の顔にまで手をやって、ペタペタと触り通しだ。


「斎郎だ」


 槐は感情が追いついてきたように目を輝かせる。そう、紫の折り紙を見たときにように――いや、それ以上だったかもしれない。つぶらに輝く瞳は感激をあっさりと通りこして揺れ動いた。

 しかし、槐があちこちに触れるものだから、流石に斎郎も気恥ずかしくなってたじろぐ。槐が喜んでいるからとわかっても、同じ年頃の子女が無闇矢鱈に触れていると思うと、斎郎の頭の中で何かが爆ぜてしまいそうだった。


「ま……まって、槐!」


 斎郎はのぼせ上がったように顔を赤らめて、槐の手を捕まえる。そこで漸く槐も落ち着いた。


「……ごめん、斎郎嫌だった?」


 しゅんと、嬉しさから一転して槐は落ち込む。


「……ひ……人に不用意に触ったら駄目なんだ」

「そうなの?」

「そうだ」

「えっと――じゃあ、ぎゅってするのも駄目?」


 斎郎は、一瞬槐が何を言っているかが判らなかった。しかし、「お母さんは良くしてくれたの」と続けて言った言葉で、漸くそれが何かを理解した。


「だっ……」


 駄目に決まっている。そんな恥ずかしいこと、と斎郎が言いかけて、しかし目の前で潤んだ瞳が斎郎を見つめたまま。

 母がしてくれた事。それが、槐が知る愛情の証なのかもしれない。それを思うと、斎郎の胸が軋んだ。槐の母は、未だ消えたままなのだ。文字通り消えてしまったのか、ただの比喩だったのか。それすらも判然としないまま。その事実すら、斎郎は槐に伝えていない。

 斎郎は覚悟を決めた。軋んだ胸を和らげたかったのもあるだろうか。しかし嫌々ではない。鼓動は速くなるばかりで、気恥ずかしさ以上の何かが込み上げそう。斎郎は自分を落ち着かせる為か、一つ小さく息を吐く。捕まえたままだった槐の手を離して、ぎこちなく腕を広げて見せた。


「えっと……」


 斎郎は赤らめた顔を槐から逸らしながらも何か言いかけて、しかしそれよりも早く槐は斎郎へと身を寄せていた。まだ大人になりきれていない斎郎の身体。その肩に頬を寄せて、槐の小さな身体はすっぽりと収まった。


 槐が呼吸をしただけで、肩にじんわりとした吐息が降りかかる。僅かに動いただけで、互いの着物の衣擦れが妙に耳に響く。近くなった体温が、熱くて――


 目紛しい思考が頭を駆け巡って、何故だが斎郎は動悸が酷く乱れた。心臓がばくばくと煩い。これは緊張だろうか。それとも別の何かだろうか。斎郎は混乱めいた頭を抱える事も叶わず、広げたままの腕すらも動けなくなっていた。


 ――もう離れた方が良いか?

 ――そうすれば、いつも通りの――格子越しのように、話をするだけの関係に戻れる気がする


 斎郎は自身に浮かんだ考えに一つ頷いて、槐の肩を掴もうとした。が――


 ぐすん――


 槐が寄せた肩に、濡れた気がして――それが涙だと理解するのにそう時間は掛からなかった。初めて会ったその時と同じくして、槐は幼児に戻ったように泣いていた。駄目だと言われたからか、やや遠慮がちに、しかし、寄り添った斎郎の着物を指先で摘んでは不器用にしがみついて、ただ涙を流す。

 しかし、言葉はない。引き結んだように閉じた口からは、啜り泣く声以外に何も聞こえる事は無く。何も言わないが故に、斎郎は悟るしか無かった。槐の母親は、今も見つかってはいない。槐が母の事を口にするのは、思い出を語る時だけ。斎郎に母は見つかったのかと尋ねる事もないけれども、小さな身体には寂しさが詰まったままだ。成長はしたが、斎郎よりも小さなその身体。寂しいが故に、人の温もりを何よりも求めていたのだ。

 そうして、行き場をなくしていた斎郎の両碗がようやく、しかしどこかぎこちなく槐の身体を包み込んだ。優しくだが、しっかりと触れ合ったからわかる、槐の細い身体。何も食べないからなのか、ヒョロヒョロで簡単に潰れてしまいそう。その身体は斎郎の温もりに包まれた瞬間に震えて、漸く言葉を吐き出した。


「……ごめん、斎郎……だめって言ったのに……」


 震えて、嗚咽混じり。それまでの寂しさの全てが混じったような涙と声が、ぼろぼろと溢れていく。堪えきれない感情に流されまいとする小さな身体。その手はもう着物を摘んでいてだけの指先だけでは支えきれず、斎郎にしがみつくように握り締めていた。

 

「良いよ。俺こそ、ごめんな。槐は、寂しかっただけなのに……」


 温もりが一層近くなって、斎郎は小さな身体をぎゅっと抱きしめる。そうして、今まで口にできなかった言葉がふつと溢れた。


「大丈夫だ。俺が、一緒にいてやる」


 斎郎の真っ直ぐでいて温かい言葉に、槐の涙は止まらなかった。

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