幕間 アモルの日記1
◯月△日
今日から、メトゥス様のお世話が始まる。
その成長を書き記す為に、日記を新しくした。
先ず、私がメトゥス様のお世話訳になった経緯を書いておく。
母が私を出産した際亡くなり、父一人子一人仲良く暮らしてきた。
父は、元は平民で、功績により男爵の地位を与えられた、所謂、『名前だけ男爵』だ。
領地もなければ、実入りは父の給料のみ。
王太子殿下が魔物狩りでヘタをこき、それを守って背中に大きな傷を負ったのを、褒賞として爵位を与えることで口を封じたというところだ。
ここまで赤裸々に書けるのも、奮発して鍵付きの日記帳を買ったお陰だろう。
私、偉い。
今回も、父が所属する魔法師団の団長が、他所に子供を作るというヘタをこいたせいで、尻ぬぐいさせられることとなった。
父ではなく、私が。
一応、他より給金が良いので良しとする。
私は、童顔で小柄なためによく子供と間違われるが、一応十九歳。
婚期を逃した行き遅れと揶揄されていたが、まだ結婚を諦めたわけでもないのに辺境送りで赤子の世話。
ここに来るまでは、腹立たしさで喚きそうになったが、メトゥス様を一目見た瞬間から、そんな気持ちは消し飛んだ。
可愛い!可愛い!可愛い!可愛い!可愛い!可愛い可愛い!可愛い!可愛い!可愛い!可愛い!可愛い!可愛い!可愛い!可愛い!可愛い!可愛い!可愛い!可愛い!
満足したので、今日は、これくらいにしておいてやる。
△月✕日
何という大失態!
メトゥス様をベッドから落としてしまった!
ビービーと不思議な泣き声を上げられた後、突然ピタリと泣き止んだものだから、死んだのかと思った。
でも、パチパチと瞬きして、じ~っと私を見上げてくる。
まるで、こちらを探るような視線。
その後、キョロキョロと周りを見回し、何かに気づいたのか、
「アウアウ、アウアウ!」
と叫んだ。
なに!可愛い!
物凄くショックを受けたような悲しげな顔は、初めて見る人間表情らしいものだった。
それまでは、人形かと思うような無表情。
美しすぎるお顔だけに、ちょっと怖さもあったけど、めちゃくちゃ親近感が湧いた。
おむつを替えた時も、
「よーくがまんできまちたねー、えらちでちゅねー」
と声を掛けると、
「アウアウ、アウアウ!アウアウアウアウ!」
と何かお喋りをして、私の手をペチペチ叩いた。
きっと、良くやったと褒めてくださっているのだと思う。
なんだか、会話してるみたいで面白い。
既に母になった友達が、我が子の愛らしさを延々と語ってくるのをウンザリした気持ちで聞いていたけど、今なら分かる。
私も、メトゥス様についてなら、一晩中でも話せるわ!
▢月◯日
二歳を超えた頃から、メトゥス様は、誰に習ったのかと思う程、流暢に言葉を話されるようになった。
「おぬしも、ワルよのう」
子育ては今回が初めてだから標準的なことは分からないけど、どう考えても二歳児の喋り方じゃない。
しかも、めちゃくちゃ尊大で、その言葉が小さな子供の口から出てくると、不思議なことに可愛らしさが150%増しだった。
今回は、私が商人さんから野菜を買い取る時に、少し傷んでいたのを買い叩いたことを言っているらしい。
確かに、あそこまで値切るつもりはなかったけど、途中から、楽しくなってきて底値まで掘り下げてしまった。
泣きながら帰っていったけど、来週も来てくれるかしら?
まぁ、そうなれば、店まで出向いてゴネれば来てくれるでしょ。
それよりも、最近お散歩を始めたメトゥス様が、疲れると、
「アモル、ほれ」
こちらに向かって手を伸ばしてくるようになった。
もーー、やーだー、かわいいー。
◯月✕日
今日、驚くべきことが起きた。
晴れて三歳になられたメトゥス様。
その魔力検査に教会に行く途中、賊に襲われ、私は一度死んだ。
長剣に体を二度も突き刺され、視界が真っ暗になったから間違いない。
でも、その時、メトゥス様の声が聞こえた。
「アモル!死ぬことは、許さん!」
神の啓示のような威厳のある言葉は、私に力を与えた。
絶対死ねない。
メトゥス様を、一人になんて出来ない。
怨念になっても、メトゥス様を守るんだ。
そんな私を憐れに思ったのか、なんとメトゥス様が私を治癒魔法で死の淵から引き戻してくださった。
齢三歳にして、精霊と契約を結ぶとか半端ない!
私のメトゥス様、最高!
この興奮を父に手紙で伝えると、本人が魔法師団を辞め爵位も返上して、こちらに来てしまった。
驚く私に、父は言う。
「アモル、これは、極秘なのだが……」
父が昔、王宮の警備をしていた時に、メトゥス様のお母様と言われているプルクラ様を見たらしい。
その方は、なんと壁をすり抜けて中庭に現れた。
たまたま目撃してしまった父に動揺することもなく、
「ふふふ、秘密よ」
と人差し指を口に当てて、仰ったそうだ。
何それ、かっこいい!
父は、この事を死ぬまで秘密にしようと思ったらしいけど、今回の件で、メトゥス様に注目が集まり、お守りせねばと駆けつけたのだ。
「アモル、あの方は、神の御子。必ずや、我らで守り切らねばならない」
父の決意に、私も頷いた。
△月◯日
今日は、腸が煮えくり返るような怒りに満ちた1日だった。
早朝、突然ノックス公爵が、大勢の配下を引き連れて、この家に来たのだ。
魔法師団の団員には、父の顔馴染みが多く、皆気不味そうな顔をしていた。
「連れて行け!」
ノックス公爵の号令で、メトゥス様は、両脇を抱えられ、空中に浮いた状態で馬車へと連れ込まれる。
「待って下さい!私達も、一緒に行きます!」
父は剣を、私は薪割り用の斧を持っていこうとしたが、私の分だけ取り上げられた。
なんでよ!
「すまない、ヴァレリウス。決して貴殿とお嬢さんは、傷つけない」
父の同僚だった人は、申し訳なさそうに謝ってくれるけど、問題は、そこじゃない!
「メトゥス様は、どうなっても良いと言うのですか!」
「彼女は、公爵様の娘だ。その扱いは、私達では口出しできないんだ」
貴族とは、そういうもの。
そんな常識、私には関係ない。
ちょこんと椅子に座っていたメトゥス様の横を陣取り、私は、周りを睨み続けた。
反対側に座る父と目配せし、いざとなったら命に代えてもメトゥス様を逃がそうと頷きあった。
それが、蓋を開けたら、呆気なく解決してしまった。
私達じゃなく、メトゥス様が。
爽快すぎて、帰りの馬車の中で大笑いしてしまった。
やはり、メトゥス様は、神なのだわ。




