第四話 我に力を貸さぬとは、お前達、余程死にたいようだな!
「お嬢様、私が、守りますから!」
そう言いながらも、メトゥスを抱きしめるアモルは、ガタガタと震えていた。
三歳になったメトゥスは、この日、教会で魔力検査を受けるために、生まれて初めての外出をしていた。
格安な上に御者付きで馬車が借りられたとアモルが喜んでいた時に、その不審さに気付いていたらと後悔しても仕方ない。
グルだったと思われる御者の姿はなく、周りは人相の悪い男達に取り囲まれていた。
この時、メトゥスの頭の片隅に引っかかっていた記憶が蘇った。
『娘も、メトゥス様をお助けできたことを誇りに思っていると思います。あの世で、良くやったと褒めてやろうと思います』
メトゥスを長年支えてくれた老騎士ヴァレリウスの最後の言葉。
あの時は、何のことか分からず死に水を取ってやることしか出来なかった。
しかし、彼は、愛娘を奪った主に最後まで忠義を貫いた男だった。
『そうか、アモルは、あの男の娘であったか…』
そして、今まさに、彼女は命をかけてメトゥスを守ろうとしている。
『おぬしらの忠義に応えずして、何が主だ!』
女公爵になどならぬと心に決めたメトゥスだが、この2人だけは失ってはならぬと鼻息を荒くした。
先ずは、アモルに気付かれるよう、魔力探査を使って敵の人数を探ってみる。
ひーふーみー
まぁまぁ多くて、数え切れなかった。
ただ、どんなに頑張っても一人の少女が太刀打ち出来ない数なのは分かった。
しかも、アモルは、鈍臭い。
歩いているだけで、転けてしまう程に。
『よくもまぁ、我を助けられたものだ』
苦笑しながら、メトゥスは、更に探索範囲を広げた。
少し離れた所に、規則正しい隊列を組み、進行を続けている者達がいる。
多分、演習を行う軍関係者だ。
無駄に広い荒地は、彼らの訓練には持って来いなのだろう。
『過去では、アモルが時間を稼いだお陰で、奴らの救援が間に合ったのじゃな?ならば、此度は、もっと働いて貰おうぞ!』
メトゥスは、スーッと息を吸うと辺りにある魔素を体内で凝縮し、上を向いて一気に口から吐き出した。
ドン!
物凄い勢い音と共に、馬車の屋根が吹き飛び、明るい光の玉が天高く舞い上がる。
その明かるさたるや、空に2つ目の太陽が生まれたかと思うほどの眩さだ。
何事ぞと進軍方向を変えて、大勢の人間がこちらに向かって走り出したのが探査魔法を使わずとも、その地鳴りのような足音で分かった。
「かかれー!」
隊長の号令に、兵士達が無頼漢どもに襲いかかる。
まさか、ここまで多くの助けが来るとは思っていなかったが、メトゥスは、いつか大人になったら彼らに褒賞を与えようと心に誓った。
馬車の窓からアモルと外を覗くと、次々に賊が討ち取られていくのが見え、二人でホッと胸を撫で下ろした。
しかし、
「あ!メトゥス様!」
突然ドアを蹴破られ、一人の賊が、刀をこちらに突き刺してきた。
アモルは、その凶刃からメトゥスを庇おうと、腕の中に閉じ込め敵に背中を見せる。
『バカモン!』
メトゥスは叫びたかったが、ギューッと抱きしめられて声すら出せない。
グサッ
鈍い音が聞こえ、血飛沫が飛んだ。
「うぐっ」
アモルの苦しげな声が、耳元で聞こえる。
それに被せるように、
「どけ!女!」
賊の怒声が辺りに響いた。
ドン!ドン!
足蹴にしても動かないメイドに痺れ切らした賊は、再びアモルに剣を突き立てた。
どうやら、奴等の目的は、最初からメトゥスの命を取ることのようだ。
しかし、アモルは、腕の力を緩めず、覆いかぶさるようにして自分の体を盾にする。
メトゥスは、辺りに漂う鉄臭い匂いに、全身の血液が沸騰した。
アモルの腕に噛みつき、緩んだ腕の中から這い出すと、
「アモル!死ぬことは、許さん!」
と恫喝した。
三歳児とは思えぬ滑舌と啖呵に、思わず敵すら動きを止める。
そこを兵士に拘束され、地面に転がされて縛り上げられていた。
ただ、今メトゥスにとって一番大事なのは、アモルの命。
「精霊よ!我に力を!」
この世において、魔法にも幾つかの種類があるが、その中で精霊の力を借りる『精霊魔法』の威力は他を遥かに凌駕するものだった。
その代わり、精霊は気難しく、相手を選ぶ為に使える者がほとんど居ない。
過去の長い人生の中で、メトゥスは、その強力な魔力により、数多の精霊と強引に契約を結び、様々な力を手に入れてきた。
こと治癒魔法に関しては、右に出る者はおらず、『死んでなければイケる』と豪語していたほどだ。
しかし、今はまだ、どの精霊とも契約を結んでおらず、彼らの力を借りることは不可能。
大小様々な気配はするのに、姿を見せない精霊に、業を煮やしたメトゥスは、
「我に力を貸さぬとは、お前達、余程死にたいようだな!」
ゴーーーーーッ
威圧とも言える量の魔力を放出した。
彼女の体の周りに、人外とも言える魔力が渦巻き始める。
真っ赤な髪の毛が逆立ち、まるで燃え立つ炎の様だ。
産まれてから溜め込んできた三年分を全て放出する勢いに、敵も味方も、誰もが動けない。
半神であるメトゥスが、前世、今世通し初めて見せた『神の姿』。
幼女が見せる御業に、拝むものまで現れる。
そこに、天から声が降り注いだ。
「わーっはっはっは、これは、面白い。良し、ワシが力を貸そう!」
屋根が吹き飛んだ馬車から空を見上げると、そこに白髪の老人が浮いていた。
前の人生では、出会ったことの無い精霊だ。
資質のある者以外には見えない存在故に、周りの者には気温が少し暖かくなったようにしか感じられない。
その為、空を見上げるメトゥスが、天の神と一人交信しているかのように見えた。
「お主、名は?」
「人に名前を聞く前に、先に名乗るのが礼儀だろう」
「呼びつけておいて、その高飛車な態度。まさしく『あのお方』の娘。いやしかし、嫌いではない」
生みの母など知りたくもないメトゥスは、憮然とした表情を浮かべる。
その様子を、
「ははは、豪胆なことよの」
と笑いながら、老人は、メトゥスの元まで降りてきた。
「ワシの名は、オルド」
「我が名は、メトゥス」
名乗りあったことで、突然現れた老人姿の精霊とメトゥスの契約が結ばれた。
オルドは、血をドクドク流し続けるアモルの背を優しく撫でた。
「この娘、なかなか見どころがある。大事にされよ」
「そのつもりだ」
「では、ワシの力を使うが良い」
「恩に着る」
メトゥスは、前世も含め、心を込めて礼を言ったことは片手で数えられるほどしかない。
そんな彼女が、深々と頭を下げた。
「精霊オルド、汝に告ぐ。我が忠臣アモルを癒せ。ヒール」
メトゥスの祈りにも近い詠唱が、周りの者の耳にもしっかりと聞こえた。
そして、何度も刺されてグッタリと倒れていた少女が、光りに包まれたかと思うと、
「メトゥスさまー、一生ついていきますー」
と叫びながら幼女に抱きついた。
「煩い!叫ぶな!」
瀕死のメイドを幼女が精霊魔法で治した様子は、兵士達によって、王都中に噂が駆け巡ることになる。
しかし、残念なことに、その後教会で行われたメトゥスの魔力判定は、
『魔力なし』
であった。
それは、全ての力をアモルの治癒に使い果たしたからであり、今後数年掛けて、再び魔力を溜めていく必要が生じたからだ。
しかし、メトゥスは、満足だった。
何故なら、3日後に屋敷に現れた記憶よりも遥かに若い忠臣ヴァレリウスが、
「メトゥス様に、我々の忠誠を」
と愛娘アモルと一緒に、涙を流しながら頭を垂れているからだ。
アモルの母親は、彼女を出産した際、亡くなっていたらしい。
他の親族とは疎遠な彼らは、この世で唯一無二の家族。
彼の娘を救えたことで、生まれ変わった価値はあったのかもしれない。
しかし、救われたアモルが熱心なメトゥス教信望者になるとは思わなかった。
妙に器用な彼女は、木彫りでメトゥスの像を作製し、祭壇らしきものに飾っている。
それが、何故か裸体であり、ポッコリお腹が出ているのが妙にリアルで、メトゥスは、まるで自分の裸を見られているかのような羞恥に襲われ、
『なんたる屈辱!』
と嘆いていた。




