第三話 お主も、ワルよのぉ
メトゥスが記憶を取り戻してから二年の月日が経った。
赤子から幼女へと成長し、貯められる魔力量も徐々に増えてきた。
だが、体の中にある『何か』は、常にメトゥスが吸い込んだ魔素を取り込んで無力化してしまう。
『食っちゃ寝』を繰り返していた赤子の時は、その合間に魔素吸引が出来た。
しかし、最近では歩けるようになったことで、その生活が変わりつつある。
今日は、週に一度家に来る商人から食品等を買う日。
忘れ物がないように、アモルは必要な物を書き出していた。
「果物を、もう少し所望する」
「駄目です!そんなお金は、うちにはありませんから」
何処の家でもある会話だが、二歳児の喋り方が異様過ぎて違和感しかない。
だが、喃語で『オニュシ(お主)』と呼ばれたアモルは、気にしない。
もう、こういう生き物なのだと勝手に納得している。
「メトゥス様、他の方が来た時は、喋らないように!良いですね?」
流石に他人には見せられぬと思っているようで、メトゥスは、朝から何十回目も同じ注意をされていた。
その口煩さは、忘れようと思っても忘れられるものではない。
過去において出会っているはずなのに、何故こんな面倒臭い女のことを忘れてしまっていたのかとメトゥスは不思議に思う。
「知らん!我は、我の好きなようにするのじゃ!」
啖呵を切っても、子供用の小さな椅子にくくりつけられていては、威厳もクソもない。
右手にリンゴ。
左手にパン。
口元にはヨーグルトがべチャリと付いている。
それでも、メトゥスの目力は半端なく、窓辺に止まっていた鳥は、ブルブルっと震えて飛び立っていった。
しかし、神経の図太いアモルに効くはずもなく、
「さぁ、そろそろ商人の方が来ますから、あちらに行きましょうね」
とメトゥスを椅子ごと寝室へと運んでしまった。
「いやじゃ!我も、買い物をするのじゃ!」
アモルに任せていると、いつも同じようなメニューになってしまう。
こう見えて、メトゥスは、甘い物が大好きなのだ。
せめて、果物は、リンゴ以外も食べてみたい。
その魂胆を知っているアモルは、
「お金を稼げるようになってから、言ってください」
と当たり前のことを言った。
二人の生活費は、ノックス公爵が送ってくる僅かばかりの金だ。
それ以外は、アモルが畑を耕したり、庭で鶏とヤギを飼ったりして、食費を切り詰めている。
だが、この家畜も、先住者が残したものなので、いつまで卵や乳を提供してくれるかわからない。
辛うじて家には一応井戸があり、水に困らないことだけが利点と言えた。
「メトゥス様、喋らないように!良いですね!」
最後に駄目押しの注意をされ、メトゥスは口を尖らせた。
これ以上何を言っても、アモルが言う事を聞くことはないのだ。
パタンと戸を閉められ、仕方なく手持ちの食料を咀嚼する。
「お邪魔するよ」
「いらっしゃいませ」
普段より高めの声音でアモルが商人を家の中に引き入れた。
猫の皮を十枚は被っている。
女一人、侮られはしないかとメトゥスも最初は心配していたのだが、
「あら、ここに、虫食いの跡が」
「お嬢さん、それは仕方ない。無農薬なんですから」
「でも、ちょっと萎びてません?」
「貴女が毎回そう言うから、私は店で一番いい物を持ってきているんですよ?」
ノックス公爵の関係者だということは、この商人も商売柄調べがついている。
お貴族様に歯向かうなど、平民には考えられないことだ。
二年前、初めてここを訪れた時から、商人は、ずっと紳士的な態度を貫いている。
しかし、銅貨1枚でも出費を抑えたいアモルは、ニヤニヤと笑いながらも値下げ交渉となる材料を目ざとく探す。
商人が、その表情を街のチンピラより怖いと思っていると知ったら、アモルは何と言うだろう。
二年に及ぶ交渉で、怒鳴りもしないのに『コイツ、怖い』と思われるアモルの底知れぬヤバさ。
見た目が可愛い小娘なだけに、商人の感じる違和感は半端なく、早く商品を売り渡して帰りたいと肝を冷やしている。
「こちらのジャガイモなんて、芽が出てるわ!」
「えぇ!なんで、こんなのが混ざっているんだ!」
商人は、己の失態に頭を抱えた。
一つもミスがないよう、何度も確認したというのに、これでは又アモルに揚げ足を取られてしまう。
まさか、スカートの裾から先週買ったジャガイモを紛れ込ませるなどと言う犯罪じみたことを小娘が行っているなどと思わない。
「これって、やっぱり、廃棄前のをうちに売りつけようとしたとしか思えませんけど?」
「待ってくれ!他の商品をちゃんと見てくれ!このレタスなんて土付きの採れたてだぞ!」
朝露すら付いたままの緑の玉を、商人は掲げた。
しかし、弱みを先に見せた(捏造された)商人のほうが分が悪い。
「それじゃ、これくらいでいかがですか?」
アモルが提示した金額は、原価よりも低い。
「それじゃ、商売あがったりだ」
「じゃ、これくらいで」
交渉していると見せつつ、自分が望んでいる値段へと誘導していく。
正に、腹黒さは天下一品だ。
結局、あり得ない底値で売らざるを得なくなった商人は、泣きながら帰っていった。
「これくらいで泣くなんて、大人なのに、恥ずかしいでちゅねー」
自分に話しかける彼女の声を聞きながら、メトゥスも、
「お主だけは、敵に回したくないのぉ」
と溜息をついた。
もし、アモルを軍師に据えたなら、こちらの被害は最小限に、相手の中核を叩き潰す成果を上げそうだ。
清濁併せ呑むハートの強さは、育て上げるものでは無く、産まれ持った資質があるとメトゥスは考えている。
多少自分の手を汚しても、それ以上の利があるのなら、アモルは間違いなく、その選択肢を選ぶだろう。
この治安の良くない場所で、女一人幼女一人で暮らせているのも、アモルのお陰だ。
暇を見つけては、家の周りに罠を仕掛け、侵入者を動けなくしては魔物の森近くに捨ててくる。
これを繰り返したことにより、金もない貧乏な家に、わざわざちょっかいを出す者は、随分と減った。
「さぁ、メトゥス様、お仕事の時間ですよ!」
朝食後、食後の運動を兼ねて、アモルはメトゥスを畑まで連れてきた。
今から、雑草を抜いたり、新しい種を蒔いたりと、畑の手入れをするのだ。
まぁまぁ重労働であり、メトゥスは、時々手を止めて、
「あの頃は、良かったのぉ」
と、赤子時代を懐かしむ。
「このように幼児を酷使するなぞ、大人のすることか?」
「働かざる者食うべからずです。自分の野菜くらい自分で育ててください」
何を言ってもアモルが動じることなどない。
ウネウネと体をくねらせて土から顔を出すミミズを摘み上げ、ポイッとメトゥスに投げてきた。
それが、顔の上に乗り、
「ギェー」
とメトゥスは変な悲鳴を上げる。
メトゥスは、ミミズが大嫌いだった。
何故なら、前世において、公爵夫人が嫌がらせに、ミミズを食事に混ぜて出すことがあったからだ。
それを知らないアモルは、イタズラが成功したことに満足し、
「あはははは、メトゥス様、変な顔です」
と大笑いした。
この心穏で楽しい毎日が、ずっと続けばいいのにと心の中で願っていた。
一方のメトゥスは、アモルの前で情けない悲鳴を上げてしまったことに、
「なんたる屈辱!」
と膝を土について嘆いていた。
こうして、二人の穏やかとは言えないが、決して不幸ではない日々が過ぎていく。
この日常に、大きな災いが降りかかるのは、1年後のことだった。




