第十七話 あーーーっはっはっはっ!皆の者、平伏すがよ
どれくらいの時間が経っただろうか。
明け方に出立したはずが、既に夕闇に近い薄暗さへと変わっていた。
そのほとんどの時間、タキトはカラダを背負っていた。
クークー寝息を立てる妹は、ヨダレで兄の背中を汚している。
そのことを咎めもせず、当たり前に受け入れているところを見ると、常にこうして妹の世話をしているのだろう。
「お主、なかなか気に入ったぞ」
「ありがとうございます」
メトゥスには、こんな風に守ってくれる兄弟はいなかった。
もし、一人でも親身になってくれる家族が居れば、前世でも違う人生を歩めていたかもしれない。
それ故に、カラダが羨ましくもあり、タキトが頼もしくもあった。
「これからも、家族を大切にするのじゃ」
「はい」
隠し事を全て打ち明けた後の彼は、逆に口数も少なくなった。
下手に媚びを売るのを止めたからだ。
元々、寡黙と言ったほうが良い性格だ。
そして慎重でもあるタキトは、村に近づくと周りへの注意を怠らず、最も安全なルートを選ぶように歩いた。
肩に力が入り、風音にも振り返るタキトに、
『いくならんでも、緊張しすぎじゃ』
とメトゥスは苦笑する。
しかし、彼にとって生まれ育った場所は、常に気を張っていなければ生きていけない場所だった。
特に、父が亡くなった後は、村長が美しい母を妾にしようと、あの手この手で攻めてきた。
食べ物もなかなか手に入らなくなり、危険を冒して森に果物を取りに行かざるを得なくなったのも全て村長のせいだ。
今だって、タキト達が暮らすあばら家は、村長の手の者に取り囲まれ、母は、逃げ出すことも出来ない。
病気の治りが悪いのが逆に幸いして、手籠めにされていないだけマシと言えた。
「メトゥス様、ここです……」
タキトは藪に姿を隠し、メトゥスに自分の家を指差して教えた。
家と呼ぶのも烏滸がましいほどの、ボロ屋だ。
屋根すら穴が空き、雨が降れば室内も水浸しになるだろう。
メトゥスが、探査魔法を発動させると周りに5人の見張りがいることが分かった。
ただ、家の中にを、母親とは違う小さな存在を感じ取り、首を傾げる。
「タキト、お主の妹は二人おるのか?」
「いえ、一人です」
「家の中に、もう一人子供がおるぞ?」
メトゥスの言葉に、タキトが唇を噛んだ。
「良かった……まだ、売られていなかったのか。彼女は、俺の幼なじみのヘリアンツスです」
「売られていなかったとは、なんじゃ?」
「口減らしと金儲けをする為に、村長が村の子供を売っているんです。次に出荷されるのは、彼女でした」
メトゥスは、腸が煮えくり返るのを感じた。
しかし、それ以上に、メトゥスの肩に乗っていたウェントゥスが怒りに顔を真っ赤にしていた。
「メトゥス様、やっちゃいましょう」
「ウェントゥス、お主、いつからそのように過激になったのじゃ?」
メトゥスの神力と魔力の両方を糧とするウェントゥスは、実力が上がるにつれて性格も過激になってきている。
ある意味、もう一人のメトゥス誕生である。
「まぁ、待て。先ずは、タキトの救いたい者達を助け出してからじゃ」
まさか、メトゥスに止められるとは思っていなかったウェントゥスは、不満げに頬を膨らます。
メトゥスは、その頬を人差し指でチョンと突いて、
「怒る間があったら、安全な場所を作るのじゃ」
と諭す。
風魔法を得意とするウェントゥスは、空気を高速で旋回させる事で、風の渦を作ることが出来るのだ。
その中心には大きな空間が広がり、中に入ればその側からの攻撃は届かない。
昔、微風しか出せなかった妖精とは思えない成長ぶりだが、メトゥスから与えられる魔力と神力の混合力には、それだけの力があった。
「ウェントゥス、メトゥス様の為に安全地帯作る!」
「よしよし、流石は、我のウェントゥスじゃ」
昔から、メトゥスは、部下を育てるのが上手い。
褒めて、叱って、認めて、使命を与える。
ウェントゥスとメトゥスのやりとりを見ていたタキトは、次は自分が命を受ける番とばかりに顔を輝かせていた。
尻尾が生えていないだけで、完全に犬である。
「今から、我が村に騒ぎを起こす。その間に母と友をウェントゥスの作る風の渦の中に連れて行くのじゃ。全てが終わるまで、そこから出ることは許さぬ」
タキトは、深く頷くと、既に風を巻き上げ始めたウェントゥスの傍に妹を寝かせた。
「ウェントゥス様、宜しくお願いいたします」
このように、あまりにも普通にタキトが会話に絡んでくる為、気づくのが遅れたが、
「……お主、妖精が見えるのか?」
「はい。一応」
「会話も聞こえておるのか?」
「はい、一応」
思わぬ逸材の発見に、メトゥスは、ニヤリと笑った。
「話は、あとじゃ。先ずは、一発かましてやろうかのぉ!」
メトゥスが、仲間を置いてきたのは、争いに彼らを巻き込みたくなかったからではない。
ただ単に、自分が鬱憤晴らしに暴れるのを止められたくなかっただけという、あまりにも幼稚かつお粗末な理由からだ。
「あーーーっはっはっはっ!皆の者、平伏すがよい!」
この惨事が、のちのち『神罰』と語られることを、張本人であるメトゥスは知らなかった。
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