第十五話 お主ら、帰って直ぐの我に国を建てよと命令するのか
「何?隣国から流れて来たと?」
1年ぶりに辺境の地へ戻ったメトゥスを待っていたのは、魔物の森を抜けてきた隣国の兄妹の処遇だった。
「へぇ、今までは、魔物が多すぎて向こう側の人間も森には近づかなかったようなのですが、メトゥス様が備蓄用に狩りまくってので……」
ルプスは、暗に批判をしているようだが、魔物の数が激減したことで自然の防御壁となっていた森が、その機能を果たさなくなってきているらしい。
特に、隣国は、原因不明の疫病が流行り始め、多くの死者を出していた。
そこから人が流れてくるとなるといつ、こちら側で病が蔓延してもおかしくない。
ただ、国に助けを求めれば、この地の繁栄も知られることとなり、今のような自由な生活を続けることはできない。
その為、ルプスとウルスは、二人でメトゥスに連絡を取ろうと話し合っていたところだったという。
「お帰りいただき、本当に助かります」
熊のような大男のウルスは、巨体を丸め、椅子をギシギシ言わせながら頭を下げた。
「よいから動くな。お主が動くと物が壊れる」
歩けば床を踏み抜き、座れば椅子を壊す。
天井に空いている穴が、何故ウルスの頭がスッポリ入る大きさなのかは、理由を語らなくても分かるだろう。
「で、どうしやすか、姐さん」
「ルプス、そろそろ、その姐さんとやらは止めぬか?」
「何を言ってるんですか姐さん!俺等だけが仕える特別な呼び名を奪わねぇでくだせぇ」
元盗賊、現自警団の面々は、長としてメトゥスを『姐さん』と呼べることを誇りにしている。
それに加えてツルピカに沿った頭は、彼らのトレードマークなのだ。
『メトゥス隊』などと勝手にルプスが付けた名前まで、皆に親しまれるようになったせいで取り上げることもできない。
説得が難しいと分かったメトゥスは、目を細め口をへの字にして、押し黙った。
完全に諦めた証である。
「まぁまぁ、メトゥス様、ルプス達も頑張っていますので、これくらい大目に見てやってください」
温和なウルスは、間を取り持ちながら周辺の詳しい地図を取り出した。
「ほぉ、コレは、お前が作ったのか?」
「はい。皆が協力しあい、まとめ上げてみました。先ず、問題の箇所はここです」
国境に沿うように横長な形をしている森の中でも、隣国との距離が一番近くなるのは、中央部分。
その距離は、十キロ程度であり、直線距離なら馬で半時間もかからない。
ただ、木が乱立し、道らしい道も舗装されていない為、子供の足では、何日もかかったことだろう。
「今回保護した子供達は、『たまたま』、最短距離を通ったようなのです……」
街全体が家族のような街において、見かけない人間の侵入は目立つ。
パン屋の女将がボロボロの2人を見つけ、メトゥス隊を呼んだようだ。
最初怯えていた子供達も、温かいご飯と多少の甘味を与えてやると、ホッとしたようだ。
ルプスの問にも素直に答え、あちら側の惨状を伝えてきた。
そこで分かったのは、子供達の住む村は、完全に中央から見放されているということ。
物資も、薬も届かず、口減らしとばかりに村人に2人の手によって森の中に捨てられたと言う。
命からがら辺境の地にたどり着いた兄妹は、ここの豊かさに驚き、出来たら住人になりたいと言い出した。
しかし、あちら側には病弱な母が残っており、心配で仕方ないと言う。
父は数年前に魔物に襲われて死んだため、自分達がいなくなれば世話をする人間すらいない。
村の人間が面倒を見てくれる可能性も少なく、このままでは、死を待つのみとなるだろう。
「メトゥス様。いっそ、ここら周辺を取り込んで、国を建てられてはいかがでしょうか?」
普段は過激なことを言わないウルスが、真剣な顔をしてメトゥスを見つめてくる。
この辺境の地と魔物の森、そして隣国の村を含む小国を建てる。
あまりにも荒唐無稽な、子供のような提案だ。
「また、大きなことを申すのぉ」
「しかし、先に俺たちを捨てたのは、国の方ですぜ!俺は、メトゥスを長とする国に住みたい!」
横から声を荒らげたルプスは、父を無実の罪で殺され、国に対しての憎しみが他の者よりも格段に強い。
出来たら攻め滅ぼしてやりたい位に思っているのだろうが、そうなれば仲間も失うことになるため我慢しているのだ。
「まぁ、待て。お主ら、帰って直ぐの我に国を建てよと命令するのか?」
「そんな!命令なんて、滅相もない!すみやせん。俺、カッとなっちまって…」
ルプスも、メトゥスが不在の間、必死にここを守ってきたのだろう。
かなりピリピリとした空気をまとっており、もしメトゥスが帰省していなければ、何か行動を起こしていたかもしれない。
「ふふふ、ルプス、力むな。そなたの良き点は、全体を見渡せる慧眼にあるのじゃぞ」
メトゥスは、部下の良さを褒める。
それは、当たり前の事だと彼女は思っているのだが、褒められた側は、天にものぼる気持ちになる。
「へい!この力、メトゥス様の為に、これからも使わせてくだせぇ」
「うむ、良き心がけじゃ」
ペチリ。
ルプスが突き出してきた頭を、メトゥスは、叩いてやった。
他のスキンヘッド達が羨ましそうに見ているのは、知らぬフリをする。
全員叩いていては、日が暮れる上に手が痛い。
「先ずは、食事をせぬか?腹が減っては戦はできぬと申すであろう」
結局、メトゥスにとって、何事にも勝るのは食事の心配だ。
空間魔法を使い、溜め込んでいた魔物肉をゴッソリと取り出すと、ウルスに渡す。
「外に控える者達にも分けよ」
彼女を慕う者達が、ギルドの周りを取り囲むようにして待っている。
それは、一目メトゥスを見たいという思いと、共に食事を取ろうという期待があるからだ。
スープやおかずを入れた鍋を持ち、一口でも彼女に食べてもらおうと心待ちにしている。
ウルスは、頷くと肉を抱えて外に出ていった。
残ったのは、今日ここに来たメンバーのみ。
「メトゥス様」
「なんじゃ、アモル」
「メトゥス様って、そうしてると、学芸会の意地悪王女みたいですよね。ほら、鏡よ鏡~って」
思ったままが口に出る彼女の口を、慌てて父親であるヴァレリウスが押さえた。
『スクスクのびのび』をモットーとした子育てを、間違えたと今更後悔しても仕方ない。
顔の表情がなくなったメトゥスに気づいたマーテルが、
「メトゥス様!その銀の王冠、とっても可愛いです!」
と、取ってつけたように褒め称え、レクスも深く頷きながら手を叩いた。
そして、
「よっ!メトゥス、最高だ!」
変な合いの手を入れる彼の美声が、人が少なくなった部屋の中に響く。
ヨイショもここまで来ると、苦痛である。
メトゥス自身下手に庇われる方が逆に辛く、
『なんたる屈辱!』
と心の中で泣いた。




