第十四話 ふふふ、なかなか豪胆な奴よの
「はぁ………コレが辺境の地なのか?」
レクスは、目の前に広がる光景に息を呑んだ。
名前すら無い小さな領地は、魔物が出る森を挟んで隣国と国境を接するという微妙な位置にある。
そんな危険地帯にわざわざ住むのは、魔物の素材を狙った冒険者か、彼らの実入りを奪おうとする盗賊、そして、罪を犯して逃げ込んだ犯罪者くらいだったはずだ。
国境警備隊も、魔物のお陰で敵の侵入も少ない場所に、自らの身を危険に晒してまでは居てくれない。
それでも、先の統治者は、先祖が残してくれた土地を必死に守っていた。
しかし、その一族が途絶えたことで、ノックス公爵への褒賞ときて下げ渡されたのだ。
現在の統治者であるはずのノックス公爵が捨て置く程に利益を生まない場所。
それが辺境の地だった。
しかし、目の前に広がるのは、新鮮な野菜や果物、肉や魚が並ぶ賑やかな市場。
行き交う人々も、子供連れや腕を組む若い男女の姿などもある。
規模は王都には負けるが、人々の満足げな笑顔は勝っていると言えた。
「あ!メトゥシュしゃまだ!」
小さな子供が声を上げると、人々がこちらを振り返り、慌てて駆け寄ってくる。
「お帰りなさいませ、メトゥス様!」
「メトゥシュしゃま、だっこしてー!」
「王都なんて、もう行かないでください!」
あっという間に周りを取り囲まれ、辺りは祭りのような賑やかさになった。
そこに、
「姐さん、いつお帰りになられたんですか?一言言ってくれたら、迎えに出ましたのに!」
スキンヘッドの明らかにヤバそうな見た目の男が、人垣を掻き分けて近づいてきた。
「あぁ、ルプス、久しいな」
メトゥスは、軽く片手を上げると、ペチリと男の頭に手を乗せた。
わざわざ頭を下げて叩きやすいように腰を屈めたルプスは、ヒヒヒッと変な笑い声を上げて嬉しそうに笑う。
「いやー、懐かしい。1年ぶりに姐さんに叩いてもらえて、あっしの頭も喜んでおりますよ」
年の頃は、四十を超えそうな男が、少女に叩かれて喜ぶ姿は、かなり気持ち悪い。
レクスもマーテルも、なんと言ってよいか分からず、微妙な顔で数歩後に下がった。
このルプス、元は盗賊の頭だった男だ。
メトゥスに骨を砕かれ、内臓を潰され、その上で慈悲を掛けられ、治癒魔法で生還させられた。
「お願いします。どうか、配下に加えてくだせぇ」
目覚めて第一声がコレだった。
圧倒的強さに平伏したのも理由だが、彼が語った身の上にメトゥスが涙を浮かべてくれたことが大きかった。
ルプスは、こう見えて元は貴族の出だ。
子爵だった父が何者かに濡れ衣を着せられ、断頭台の露と消えた事で、家族を連れて逃亡した。
各地を流れ歩き、途中、体の弱い母と幼い妹は死に、最後は盗賊にまで身を落とした。
同じような身の上のものをまとめ上げ、悪いとは知りつつも金を持った冒険者達の懐を狙う日々。
羽振りの良いメトゥス一行を襲ったのは、そんな日々の中での出来事だった。
土下座し、頭を地面に擦り付ける彼とその配下に、
「東の国では、死者を弔う為に髪を切る風習があるという。先ずは、頭を丸めよ。話は、それからじゃ」
とメトゥスが静かに命令した。
決して大人数の盗賊達の顔が覚えられず、頭で判断しようとしたわけではない。
それ以来、ルプスをはじめとする元盗賊達は、毎日頭を剃るのを日課にしている。
「良く治めてくれているな。褒めてつかわす」
「くぅ~、なんたる誉れ。今日は、皆で酒盛りをいたしやしょう」
ルプスは、盗賊の頭をしている頃から類まれな戦術と人心掌握の手腕を持っており、現在メトゥスの代わりに統治代行を行っている。
「ギルド長には、お会いになりましたか?」
「まだじゃ。これから、向かう」
「なら、あっしもお供しやす。実は、相談したいことがあるんです」
ルプスが高々と手を挙げると、あちこちから仲間が集まり人だかりを整理して道を開けさせた。
大人も子供も皆、それに素直に従い、メトゥスが通ると頭を下げた。
小さな子供が、キャアキャアと嬉しそうに声を上げる。
皆が、メトゥスを待ち望んでいたのがよく分かる光景だった。
レクス達も、数年前、メトゥスが冒険者時代に、五月蝿い奴らを叩きのめした上でヒールを掛け、配下に置いた話は聞いていた。
しかし、これほどまでに統制の取れた管理体制が敷かれているなど思っていない。
ノックス公爵が知れば、税金を納めろと怒鳴り込んでくるだろう。
それを見越して、敢えて辺境の地の悪評を世間に流しているのは、メトゥスの案だ。
馴染みの商人や冒険者達に頼み、各地に荒廃したイメージを広めてもらっている。
ここに住むのは、最初にメトゥスが掌握した人間達とその家族や親戚だ。
既婚者達は、冒険者も元盗賊も関係なく、家族を呼び寄せ幸せな生活を送っている。
「メトゥス様は、どこまで私を驚かせるのかしら」
マーテルは、圧巻の光景に、胸を躍らせた。
自分の力を民の為に使いたいと願っても、養い親である侯爵の意向は貴族優先だ。
弱者から金を巻き上げ、強者にはおもねる。
それの、何処に正義があるというのか?
「メトゥス様、私、卒業後は、ここに住んでも良いでしょうか?」
「そなたが良ければ別に構わぬが、侯爵の方は良いのか?」
「その時は、メトゥス様が守ってくださるでしょ?」
己を慕う者を決して粗略には扱わない。
それは、この街を見れば分かること。
「ふふふ、なかなか豪胆な奴よの」
「お褒めいただき、ありがとうございます!ですわ」
メトゥスの腕に自分の腕を絡めて歩き出すマーテルを、背後から羨ましそうに見るレクス。
彼には許されない未来に、己の生まれを恨んでしまう。
「私も……と言えたら、どれだけ良いだろう」
そう呟く彼の声をコッソリ聞いていたオルドは、
『人間とは、なんとも面倒臭いものよ』
と苦笑いを浮かべていた。
「あぁ!メトゥス様!」
冒険者ギルドに到着すると、先に連絡が届いていたようでギルド長ウルスが玄関先に立っていた。
「お待ちしておりました!さぁ、中へ!」
メトゥスは、あれよあれよという間に背中を押され、奥へ連れて行かれると彼女専用の椅子に座らされた。
それは、彼女不在の間に住民達が力を合わせて作り上げた物。
天井につくくらい高い背もたれは、天使の彫刻が施され、髪の色に合わされた真っ赤なベルベットで背中のクッションと肘置きが作られている。
流石に金箔などは施されていないが、王座に相応しい拵え。
「メトゥシュしゃま、どーじょ」
小さな子供が親に抱っこされてメトゥスの頭上に乗せたのは、小さな銀製の冠。
メトゥスが断れないよう幼子を使うあたりにルプスの策略が見て取れる。
『な、なんたる屈辱…』
と口にする事も出来ず、メトゥスは、真っ赤な顔で鷹揚に頷くしか無かった。




