第十三鼻先 深く考えるな。コレは、仲間の為しか使わぬ
野営など生まれて初めてのマーテルとレクスは、目をキラキラさせてメトゥスを見つめる。
空間魔法を使い、次々と出てくるのはテント、ベッド、食卓だけでなく、魔導石を使った料理器具等など。
野営と言うより、移動式家だ。
「このように大量な物を収納できる空間魔法は、初めて見ました」
入り口は小さなテントだが、入ると広々とした空間が広がっている。
これも空間魔法の応用なのだが、不思議な体験にマーテルは、飛び跳ねて喜んだ。
「これは、また……秘密にしなければならないことが増えたな」
レクスは、軍事転用も出来るテントに、溜息をつく。
元より、この魔法は、過去においてメトゥスが軍行を楽にするために編み出したものだ。
このお陰で、彼女の軍は、常に十分な休息を取り八面六臂の活躍をすることが可能になった。
ただ、メトゥスは、そのせいで更に戦争に駆り出される事になったのだから本末転倒である。
その経験から、本人も、己の能力を全て詳らかにするつもりはない。
「深く考えるな。コレは、仲間の為しか使わぬ」
メトゥスにハッキリと『仲間』と言われ、マーテルもレクスも、嬉しさに微笑んだ。
彼女の気難しさは十分知っているが、一度懐に入れた人間を大切にすることも知っている。
その中に自分達が入れたことを、喜ばずしてどうする。
「私、これからもメトゥス様の良き友でいられるように精進いたしますわ!」
「そうだね、友に負けてばかりもいられないから」
心を新たに、メトゥスとの友好を深めようと感じ入る二人だが、既に自分達も人外の領域に足を踏み入れていることに気付いていない。
メトゥスに魔物肉で餌付けされているレクスを見て、自分も一緒に食べるようになってしまったマーテルは、唯でさえ今世紀最大限と言われていた魔力量を大幅に更新し続けていた。
そのお陰で、現在契約している精霊は、前世での倍に及ぶ。
また、同じく魔力量を増やしたレクスは、ヴァレリウスから剣の指導も受けたことで、その辺の近衛騎士なら瞬殺し出来る腕前になっていた。
なにせ、ヴァレリウスは、身分すらあれば魔導師団団長に相応しいだけの力があったのだから。
剣に魔力を纏わせて戦うスタイルを編み出したのも彼であり、戦局を変える戦いを見せたのも彼だ。
そんな達人に個人訓練を受けられる幸運を、レクスは、噛み締めている。
「もう、夜も遅い。見張りは、オルドがしてくれる。安心して眠るが良い」
勝手に夜の見張り番にさせられたオルドは、
「このようにワシを扱うのは、お前くらいだぞ」
と文句を言いながら出ていった。
精霊王の威厳など、既にない。
メトゥスとウェントゥスの再会を邪魔したことで、このメンバー内での地位は、最下位になってしまっている。
「ウェントゥス、眠るのじゃ」
「はい、メトゥス様!」
ウェントゥスは、モゾモゾとメトゥスのベッドに潜り込むと目を閉じた。
精霊は、食べず、眠らず、魔力のみを糧に生きる生命体だが、ウェントゥスは昔からメトゥスのベッドで寝ていた。
目を閉じ、メトゥスの傍に寄り添うと、心の中が温かくなるのだ。
それは、メトゥスも同じらしく、再会して以来ずっと一緒に眠っている。
「仲良しさんなんですね。ちょっと羨ましいかも」
微笑ましい光景に、マーテルも、
「私もご一緒させてください!」
とベッドをフワフワと魔法で移動させ、メトゥスの横を陣取った。
「それ、ズルくない?」
十三歳と言えども、レクスは、男子。
テントの中に仕切りの衝立が置かれている。
文句を言えども、
「ここから入ることは、王子様と言えども、許すことは出来ません!」
箒を持って立ちはだかるアモルに、苦笑いしながら自分のベッドに入るしか無かった。
六頭立て馬車のお陰で、行程の三分の一まで来ている。
帰りを入れてもテント生活は、そう多くないだろう。
「折角なら、夜更かしして語り明かしたかったな……」
レクスは、彼女達と同性でないことを少し残念に思った。
彼の身分では、周りにいる男子は、後の側仕え候補になる。
友と言えるのは、メトゥスとマーテルしか居ない。
しかし、こうして性別の違いによる差は、これからどんどん上がってくるだろう。
そして、彼は、王族だ。
この先、自由な旅に出られることは無いだろう。
最後かもしれない友との旅を許してくれた母ルーナの心遣いに感謝しながら、レクスは、眠りについた。
そして、次の日の朝、美味しそうなベーコンの焼ける匂いで皆が目を覚ます。
「皆様、おはようございます」
アモルは、卵料理も作りながら皆に声を掛けた。
「朝から、五月蝿いのぉ」
朝が苦手なメトゥスは、ウェントゥスに手を引かれながらベッドを出てきた。
マーテルは、その背中を後から押している。
「おはよう、メトゥス、マーテル、アモルさん」
レクスが声を掛けると、メトゥスは、面倒くさそうに空いている方の手を振り、マーテルは笑顔で、
「おはよーございます、皆様!」
と声を張った。
「フフフ、マーテル様は、朝から目覚めが良いようですね。メトゥス様に見習っていただきたいです」
アモルは、食べやすいよう一人一人にワンプレートに焼きたてのパンと卵料理、ベーコンを乗せてテーブルに乗せていく。
カップには、ミルク。
食後には、果物の盛り合わせ。
決して野営の朝食ではない。
これが当たり前のことになってしまいそうで、レクスは、頭を左右に振った。
「勘違いしちゃ駄目だ。これは、異常なことなんだ」
今後、従軍等に参加するであろうレクスは、現実に打ちのめされないよう、一生懸命自分に言い聞かせた。
その後も、目が覚めぬメトゥスは、ボンヤリしたまま、口元まで食事を運んでくるアモルに、
「はい!口を開けて!あーん」
と言われながら朝食を咀嚼した。
ボサボサの髪は、ウェントゥスが小さな霧吹きとクシを持ち、飛び回りながら直している。
朝が弱いという思わぬメトゥスの弱点を目にしたマーテルとレクスは、馬車に乗ってからも彼女をからかったのだが、その間中、
『なんたる屈辱』
という言葉が、メトゥスの頭の中をエンドレスで回り続けた。




