第十二話 乗れるものなら、乗ってみい
ヴァレリウスが用意していた大型の馬車には、軍馬とも思える屈強な六頭の馬が繋がれている。
辺境の地で野生の馬を捕まえ、飼いならしたものを、この日の為に王都に連れてきていたのだ。
体力、気力、脚力共に優れた選び抜かれた馬の身体は艷やかで、それ自体が光を放っているようにすら見える。
レクスは、目を輝かせて、手を何度も握ったり開いたりを繰り返した。
余程、触れてみたいらしい。
「これは、見事な…触っても良いかな?」
「勿論でございます」
ヴァレリウスは、レクスが触りやすいように、1頭の馬を引き連れ傍まで寄ると、首を下げさせた。
「なんと、滑らかな」
撫でると、指に引っかかる物は何もなく、まるで陶器のようにツルツルとしなやかだった。
「何を、食べさせれば、このようになるのだろう?」
「特に変わった物は。強いて言うなら、魔物の森で刈り取った草を飼料に混ぜております」
単に、経費削減のかさ増し法だが、その草が空気中や地面から大量の魔素を吸収しているなどとは、誰も思っていない。
魔力とは、吸収するものではなく、体内で一定量保有するものだと考えているからだ。
しかし、己も魔物肉より魔素を得る事を体験しているレクスは、頷きながら決して王太子派の者に知られてはならないと思った。
別に、彼は、王になりたいわけでは無い。
ただ、悪用されかねない事を簡単に教えてしまっては、後々民が困ることになると考えている。
自分は王にならず、しかし、いざとなったら兄を抑えつけられるだけの力を持つことが理想なのだ。
誠に、腹黒い。
「さぁ、出立じゃ!」
メトゥスの号令で、御者台に、ヴァレリウスが乗り、馬車にはメトゥス、マーテル、レクス、そして世話係としてアモルが乗った。
護衛長が最後まで一緒に乗るとゴネたが、
「乗れるものなら、乗ってみい」
とメトゥスが前に立ちはだかった。
「ノックス公爵令嬢、貴女様でも、そのような勝手は許されません!」
「己より弱い者に守られるなど屈辱。我に勝てば、乗せてやろうと申しておる」
護衛長は、引くしかない。
何せ、身分的には、メトゥスの方が上なのだ。
怪我でもさせれば、たとえ不仲と噂されていようが、ノックス公爵は黙ってはいない。
面子を潰されることを極端に嫌う彼の性格を、誰もが知っているのだ。
「分かりました……。しかし、直ぐ後を付いていきますので」
「かまわん。付いてこられるなら付いてくればよい」
メトゥスの意味深な言葉に、護衛長は、顔を顰めた。
彼らとて、日々鍛錬を積み重ね、国でも最高の騎士である自負がある。
「では、出発!」
メトゥスが一声かけると、ヴァレリウスが馬にペチリとムチを軽く入れた。
決して、全速力で走らせようなどとは思っていない。
しかし、馬の方が張り切りすぎていて、いきなりトップスピードで走り出した。
その初速たるや、風のごとし。
外の景色が次々と後ろへ流れていく様子に、レクスとマーテルは、目を見張っている。
「速い!速い!速い!」
自身も馬に乗れるレクスであるが、体験したことのないスピードに興奮状態だ。
一方のマーテルは、半分目を回しそうになっているが、妖精達が酔い止めの魔法を掛けてくれているらしく、吐くことはない。
こんな状況の為、誰も気にしていなかったが、レクスに付けられた護衛は、とっくの前に随分と後方に置き去りにされていた。
馬車の轍を探し、必死に追跡を試みているが、残念ながら強風が痕跡を消し去っている。
その風を、誰が吹かせているかなど、言わずともしれている。
『ウェントゥス、やり過ぎではないか?』
普段は自分がやり過ぎて諌められることの多い精霊王オルドが、小さな妖精に声を掛けた。
しかし、メトゥスの役に立とうと必死のウェントゥスには、聞こえていない。
『やれやれ、此奴、どこまで成長する気なのやら』
台風並みの強風を吹き荒らすウェントゥスに、オルドは呆れる。
あの微風しか起こせなかった弱小妖精が、何故ここまで成長できたのか?
それは、メトゥスの中で、魔力と別の力が混ざり合った結果であると言える。
この『別の力』が『神力』と知っているのはオルドだけだ。
悠久の昔、彼は、女神プルクラに会ったことがあった。
圧倒的力の差に、身を隠して行き過ぎるのを見つめることしか出来なかったが、その残滓とも言える力をメトゥスの中に見いだし契約することを決めたのだ。
それが今、無尽蔵に集められる魔力と混ざり合い、異質な物へと変化していた。
その集大成とも言えるのがウェントゥスだ。
メトゥスと魂が繋がりあっているウェントゥスは、神力すらも己の力に変えてしまう。
青かった彼女の姿は、今や、神力と混じったことで青紫に輝いていた。
本来、魔力しか使えぬ精霊とは、完全に別の生き物になったと言っていい。
そこに、主への忠誠心と愛が加わり、この傍若無人な振る舞いへと繋がるのだ。
『ほどほどにせよ』
説得を諦めたオルドは、早々にその場を去った。
『メトゥス様をイジメる者は、ウェントゥスが許しません!』
ウェントゥスは、強力な風を護衛達の馬車に側面から当てると、ガタンガタンと揺れた後、ゆっくりと横転していく。
中にいるものは外に弾き飛ばされ、馬車と繋がれていた馬は、留め金が外れたことで逃げていった。
これでは、どちらがイジメているのか分からない。
だが、ウェントゥスの中で、護衛達の着ている近衛騎士の甲冑には良い思い出がなかった。
戦争の最前線にメトゥスを送り出しながら、自分達は安全な場所で王に侍っていた奴らと同じ物なのだ。
甘言ばかり囁き、何の役にも立たない奴ら。
顔を合わせば、嫌味しか言わない奴ら。
ウェントゥスは、あの時の仕返しまでも、この時ばかりと行っていた。
完全に、とばっちりである。
『今回は、この辺にしておいてあげましょう』
満足気に頷く彼女の眼下には、地面に這いつくばる護衛達がいた。
後に、精霊王オルドが、
『ウェントゥスだけは、怒らせるな』
と他の妖精達に口酸っぱく言ったのも、致し方ないことだろう。




