第十一話 お主を見誤っておったようじゃ
メトゥスが国立プルリアル学園に通うようになって、約一年が経った。
今まで体験し得なかった思い出の数々がメトゥスの中に貯まっている。
魔法の基礎訓練では的を粉砕して、居残り掃除をさせられた。
筆記試験では満点を叩き出し続け、カンニングを疑われた上に、教師三人に囲まれてテストを受けさせられた。
そして、一番大きいのは、友と呼べる同年代の人間が二人もできたことだ。
前世では味わえなかった学園生活というものは、なかなか楽しかった。
そして、今年は、二年生に進級する。
いよいよ第二王子が大火傷を負う演習が近づいてきた。
しかし、その前に、学校では長期休暇が与えられる。
全国から集まった優秀な生徒達も、年齢的には十三歳と、まだまだ子供。
慣れない寮生活を耐えてきた生徒達に、一度家族と共に過ごす時間が設けられるのだ。
「やっと、お母様に会えるわ」
「私も、妹が首を長くして待っているらしいのよ」
「ぜひ、我が領地にも遊びにいらして」
「まぁ、宜しいのですか?それは、楽しみですこと」
口々に休暇の過ごし方を語り合い、浮かれている教室は、賑やかさの中にも帰宅を急ぐものの忙しなさも含まれていた。
その片隅で、
「メトゥス様は、辺境へ戻られるのですか?」
と心許ない表情のマーテルが声をかけてきた。
凝った首をポキポキと鳴らしながら、メトゥスが、
「まぁ、部下達から再三帰省しろと手紙が届いておるからの」
と答えると、明らかにガッカリとした顔をした
「残念です……」
下を向いて言葉を吐き出す彼女から、一気に明るさが消えた。
どうやら、マーテルは、養子に入った侯爵家は着心地が悪いらしく、そのまま寮に残るつもりらしい。
どうせ帰っても、学習の進捗状況や他の高位貴族と縁を結べたのか、そればかり問い詰められるのだ。
しかし、自分が残る事で、給仕の者の手を煩わせるのも心苦しい。
仲間がいれば、それも幾分和らぐかと思っていたが、あてが外れてしまい途方に暮れた。
「メトゥス様も、寮に残られると思っていたのですが、居残り組は、私一人だけのようですね」
ションボリと肩を落とすマーテルの周りを、彼女が契約した精霊達が心配そうに飛び回っている。
その中の一匹が、フワフワとウェントゥスの所へやってくると、ペコペコと頭を下げた。
どうやら、メトゥスに口利きをして欲しいと頼み込んでいるようだ。
心優しいウェントゥスは、頷くとメトゥスの方に飛んできて頭の上にとまった。
「メトゥス様、マーテル様可哀想です」
「しかしなぁ」
「『旅は道連れ世は情け』と言います」
「んー、ウェントゥスがそう言うなら……」
長年共に生き、そして今世でも過去の記憶を同じく持つ小さな妖精は、メトゥスにとっては大切な存在。
彼女がお願いすれば、大体のことが許可される。
横で精霊王オルドが不満げな顔をしているのは、ウェントゥスが特別扱いを受けることが気に入らないからだ。
ただ、自分のせいで彼女達の再会を邪魔したことも事実な為、黙って不貞腐れるしかない。
「お主も、一緒に来るか?」
メトゥスが声を掛けると、マーテルは、パッと表情を明るくした。
そして、両手を胸の辺りで組み、祈るような姿勢をとる。
「ありがとうございます!」
「特に、面白いことなど何もないぞ」
「いえ!メトゥス様自身が面白いので大丈夫です!」
けっこう失礼な事を言っているが、あまりにマーテルが嬉しそうなので、誰も突っ込まない。
「では、出発は、明後日。準備をしておくのじゃ」
「かしこまりました」
もう、マーテルは、メトゥスの従者のようだ。
急いで準備をする為に、パタパタと足音を立てて教室を出ていった。
こうして、トントン拍子に同行が決まったのだが、出立当日、
「二人だけで楽しい旅に出るなんて、狡いじゃないか」
旅姿のレクスが玄関先に立っていた。
「お主まで、来るつもりか?」
「当たり前でしょ?君は、私の師匠なんだから。それに、魔物肉の美味さを教えた責任も取ってもらわないと」
王宮の料理は、高価で豪華で冷たい。
毒見を繰り返し過ぎて、食卓に上がる頃には量も半減している。
食べ盛りの少年には、些か酷な食事内容だ。
しかし、魔力量を上げる為とメトゥスが彼に与えた魔物肉料理は、安く美味しく最高の効果を与えてくれる。
今のレクスは、出会った時よりも、随分と背も高くなり、筋肉も付いた。
魔力量も倍増し、繊細なコントロールも身につき始めている。
食事に師匠に自由まで付いてくるのだ。
同行しない理由などない。
ただ、問題なのは、彼の身分だ。
唯でさえ優秀な彼は、王太子派からの受けが良くなく、身の危険も多い。
そして、そのようや危険な状況にある大切な後継者候補を、王家が放って置くとも思えない。
「大丈夫。黙って出てきたから」
「それは、一番悪手と言うのじゃ」
「嘘だよ。母上の許可は、取った」
レクスの母上ルーナは、側妃ではあるが王の寵愛を最も受ける女性だ。
元々正妃になることを有力視されていた公爵令嬢だったが、王が同盟の為に他国から姫を娶ることが決まり、側妃の地位に甘んじた人物でもある。
その事もあり、彼女に辛い立場を強いる国の重鎮達も、ルーナに対しては強い態度に出られなかった。
正妃と王太子がレクスを目の敵にする理由の一つに、母ルーナが重用されていることも含まれる。
「母が良いと言えば、誰も反論できないよ」
「お主の母は、王か?」
「んー、影の王?」
「誠に、恐ろしい御仁じゃの」
メトゥスの記憶の中にあるルーナは、いつも微笑みを絶やさない聖母というイメージだった。
それを根底から崩されて、逆に尊敬と戦慄を覚える。
「護衛など、連れて行かぬぞ」
「うん、大丈夫。それも、途中で撒けばいいし」
「それは、大丈夫と言わぬやつじゃな」
護衛が保護対象を見失うなど、あってはならないこと。
その後、どのような罰を受けるか分からない。
「上に立つもの、配下を大切に出来なくてどうする」
「違うよ。彼奴等、兄上の息が掛かった密偵みたいなもんだもの。ここで縁が切れたら、良くない?」
どうやら、母ルーナに似てレクスも腹黒のようだ。
「お主を見誤っておったようじゃ」
過去のレクスは、顔の火傷を隠すため常に仮面を被り、表情を見せなかった。
それ故に、自分にだけ見せる優しさのみ信じてきたが、他に対してどうだったのかは分からなくなってきた。
『こんなにも長い間謀られて気づかなかったとは、なんたる屈辱』
そう思いながらも、メトゥスの表情は嬉しそうだった。
九十で亡くなった時、まだ、レクスは生きていた。
残して死ぬことが、少し心配だった。
しかし、ここまで強かな男だったなら、要らぬ心配だったかもしれない。
「それで、ついて行っていいのかな?」
「うむ。そこまで周到なら、仕方あるまい」
こうして、聖女と第二王子という奇妙な同行者を得たメトゥスの旅が始まった。




