幕間 アモルの日記2
△月✕日
『早く、縫わぬか!』
とメトゥス様がせっついてくるけど、そんなに簡単に刺繍って出来ないんです。
それなのに、
『実入りが減って困るのは、お主じゃ!』
と短い足で私のスネを蹴ってくる。
地味に痛いから止めて欲しい。
ノックス公爵家から帰ってきてから、メトゥス様が、新たな収入を得るための方法を考え出した。
刺繍したハンカチに治癒の魔法を付与して売る。
三歳児の考えることとは思えない。
姿は見えないけど、精霊のオルド様が力を貸してくれているらしい。
『ヤツにも働いてもらわねばのぉ』
ってニヤついてるから、
『メトゥス様もちゃんと畑仕事手伝ってくださいよ』
と釘を差した。
最近、逃げ足ばかり早くなってて、捕まえるのに一苦労する。
しかも、
『お主を治したせいで、力を殆ど失ったのじゃ!少しは、労え!』
と怒ってくるから、なかなか強く出られない。
『新たに魔力を溜めなくてはいけなくなったしのぉ』
とか、これ見よがしにボヤいてくるのも、面倒臭い。
確かに、命を救っていただいた恩は、死んでも忘れません。
でも、不思議に思う。
魔力って、貯めるものなの?
生まれた時から決まってるものだと思ってた。
それよりも……指先が痛い。
もう、これ以上縫うのは無理です、メトゥス様。
▢月◯日
『タダ水ポーション』を冒険者ギルドが委託販売してくれなくなった。
理由は、簡単。
教会から横槍が入ったからだ。
『しかたあるまい。自分で売れば、手数料も取られずに済むしな』
とメトゥス様は簡単に言われるけど、売り子に立つ私の労力も考えて欲しかった。
『なら、また、刺繍でもするか?』
とか脅してくるし、私の家での扱い、酷くないですか?
でも、命を救っていただいた恩をコレで返せるならと、私は意気揚々露店へと出向いた。
それなのに、誰だ、テントを壊したのわ!
破壊され尽くされた店を前に、私は、涙よりも怒りが噴き出した。
やっと、刺繍から解放されたのに、なんてことしてくれるのよ!
タダの水に治癒を付与してポーションとして売ること自体、確かに、ボッタクリの錬金術だ。
だけど、教会の治療費よりは高値で売ってないし、助かる人も多いはず。
それを阻止する教会は、本当に人々を救いたいと思っているの?
『アモルは、暫く、一人で出歩くな』
ってメトゥス様は仰るけど、怖くて父と一緒でも外出なんて出来ない。
なにせ、大人しく家にいても、庭に小型の魔物を放り込んでくるんだもん。
父が刀で瞬殺してたけど、いつ同じ事をされるかと考えると、洗濯物も干せやしない。
あんたたち、神様に仕えてるんじゃないの?
こんな悪どいこと、よく考えつくわね!
文句が止め処なく出てくる。
もう、神様なんか信じないんだから!
△月✕日
刺繍をしていたころがマシだったと思う日が来るとは、思っていなかった。
十歳になられたメトゥス様が、
『捌いておけ』
と中型の魔物を庭に置いた。
いや、鳥を料理するのと、理由が違いますから!
包丁じゃ、皮すら切れない。
だから、大鉈とかノコギリとか、どう見ても食料を調理するとは思えないものが、ウチの台所にはある。
それもこれも、冒険者ギルドに登録されたメトゥス様が、魔物の森で晩御飯を狩ってくるからだ。
正直、私は、普通の肉が食いたい。
でも、慣れって怖い。
最近、小型魔獣くらいなら、サクッと解体出来るようになってしまった。
皮とか角とか、肝とか食べないからギルドに卸してるんだけど、この前、
『筋がいい!解体専門で働きに来ないか?』
と勧誘を受けた。
いや、家にある分片付けるだけで時間足りません。
メトゥス様言わく、
『魔物肉は、魔力が上がるぞ!』
らしい。
けど、魔法を使わない私は、あまり実感がない。
ただ、身体が活性化されて、お肌の調子は良いかも?
脂肪分が少ない分、健康的でダイエットにもなってるし………仕方ない、捌くか!
▢月◯日
辺境の地から王都に移り住んで半年。
メトゥス様が、お友達を連れて帰ってきた。
お名前は、マーテル様。
侯爵家に養子に入られたそうだが、御本人は、
「私も、元平民ですので、名前で呼んで頂いたほうが落ち着きます」
と仰った。
この言葉遣いだけでも、メトゥス様より貴族らしい。
しかも、所作も落ち着いていて、洗練されている。
メトゥス様、コレですよ、コレ!
貴女が見習うべき方は、マーテル様です!
正に、生きる教本。
しかし、お客様は、それだけではなかった。
『邪魔をする』
人の家に来るのに、そんな言い方ある?と思ったけど!第二王子と聞いて平伏した。
なんちゅー大物連れてくるんですか、メトゥス様!!
『いつも、貴女の美味しい料理を馳走になっている。感謝する』
あ、だめ、思い出しただけで鼻血でそう。
ピカピカ光って見えるのは、きっと髪の毛が金髪だからだけじゃない。
きっと、発光してるんだわ、あの王子。
それはさておき、魔物肉を王子に食べさるなんてメトゥス様は、何を考えている!
『魔力量を上げるためじゃ』
とおっしゃるけど、普通魔物肉は禁忌の食べ物。
教会に痛い目に合わされて以降、神を恨みこそすれ信仰などしていない私と父は、そんなことより空腹を満たすことの方が大事だった。
でも、一国の王子が、それしたら大問題でしょ!
『お主とヴァレリウスに与えたら、我と同じように魔力が増えたじゃろ。だから、実験は、終わっておる』
初耳ですよ、初耳!
私を実験動物扱いするメトゥス様を、お友達のお二人は、顔を引きつらせて見ていた。
確かに、食べたら美味しかったし、お肉を買えない時期もあったから助かったけど、アレ、実験だったんですね。
少し、いや、かなり腹が立ったけど、マーテル様が、
『あの、アモル様は、学校に通われないのですか?』
なんて聞いて下さるものだから、一気に気分が良くなった。
実年齢をこっそりと教えると、
『絶対見えません!』
て、驚いてくださる。
なんて、いい子!
コレも魔物肉の成果なら、仕方ない、今後も甘んじて実験台になりましょう。




