第十話 お主、我を謀ったな!無礼討ちにしてくれる!
その後、メトゥスの告白は噂になり、レクス狙いの少女達から姑息な嫌がらせを受けるようになる。
女子だけの授業の時、三人組を作れと言われても、どこも入れてくれない。
レクスは、王族専用の部屋で食事をとるため、昼食も、いつも一人。
周りから見れば、ボッチでかわいそうに見えるだろう。
しかし、メトゥスの目には、田舎では出会えなかった美食の数々しか映っていない。
「うほほほほ、今日は、スズキのソテー、ブリリアントソースがけとな」
聞いたこともない味付けに、ウハウハな毎日。
教師陣も、メトゥスが普通の貴族令嬢達と仲良くできるとも思っておらず、本人も全く気にしていないため放置を選んだ。
そんな中、一人の勇者が現れる。
「メトゥス様、ここ、よろしいでしょうか?」
声をかけたのは、平民でありながら、治癒魔法に目覚めたことで侯爵家の養女になったマーテルという少女だ。
ヒョロヒョロと背が高く、ソバカスがトレードマーク。
あまり見た目がパッとしない上に、元平民という微妙な立ち位置から、彼女もまた、生きづらさを感じていた。
「別に良いが、他の者に目をつけられるぞ」
「かまいません。どうせ、元より受け入れられてなどおりませんもの」
フフフと笑う姿が、全く力んでおらず、メトゥスは好感を持った。
前世では交じることのなかった運命が、ここで初めて交じる。
このマーテル、のちに聖女と言われる人物だが、前の時間軸では、この国から居なくなっている。
学園生活を送る中、様々なイジメにあったことで、ほとほと嫌になり国外に出たのだ。
しかし、今回の人生では、そのイジメを全てメトゥスが肩代わりした形となり、今の所、なんの実害も受けていない。
ただ、自分なら心が折れて逃げているだろう状況に、平然としているメトゥスが、ずっと気になっていた。
「メトゥス様、私、メトゥス様の強さが大好きですの」
「そうか」
「えぇ、もう、眩くて、目も開けられないほど輝いていらっしゃいます」
マーテルの目には、メトゥスの背後に立つ老精霊から放たれる眩い光が見えていた。
彼女が聖女と崇め奉られるようになったのも、強力な精霊魔法の使い手だったからだ。
メトゥスが来てからというもの、マーテルの周りに精霊が多く集まるようになった。
何故なら、メトゥスに寄ってくる精霊をオルドが威圧で追っ払ってしまうからだ。
行き先を失った精霊達は、この学校でも一番強い精霊魔法使いのマーテルに契約を結んでもらおうと頼み込んでくる。
そして、その多さに、魔力が足りず、お断りするののだが、
「聞いてください!精霊王様は、本当に酷いのです!」
とメトゥスを独り占めする精霊王オルドの悪口を延々と聞かされるのだ。
一匹が黙っても、次の一匹が話し出す。
エンドレスお喋りに、マーテルは、寝不足だ。
しかし、元凶ともいえるメトゥス自身は、何も気づいていないらしい。
マーテルは、つい、恨み節とばかりに、
「精霊王様が必死に独占しようとなさるお方。きっと、何事か成し遂げられることでしょう」
と暴露してしまった。
メトゥスが、後を振り返ると、身分をバラされたオルドが、きまり悪げに笑っている。
「お主、ただの『無駄に長生きの精霊』ではないのか!」
「長生きなのは、嘘ではない」
「ウェントゥスの事も、追い払ったのか?」
「別に追い払ってなどいない。近づいて来る力のないやつが悪い」
「我を謀っておって!無礼討ちにしてくれる!」
パキッ
メトゥスの中で、何かが割れる音がした。
それは、魔力と神力を隔てる壁。
彼女の怒りが限界を超えたことで、信じられない程の速度で魔力がグルグルと螺旋を描きだしたのだ。
その勢いに撹拌されたことで、決して交わらぬ力が、メトゥスの体の中で混ざり合っていく。
それは、この世の始まりから存在するオルドすら見たことがない未知の力。
「こ、これは、いかん」
オルドは、精霊王ゆえに魔力のみなら、どんなに強力であろうとも受け流すことが出来る。
しかし、そこに神力が混じれば、話が違う。
下手をすれば己が消滅する可能性すらある為、逃げるが勝ちと、姿を消した。
「待て!この大ほら吹きめ」
抑えきれない激情が、椅子や机すら巻き上げ、周りにいる生徒達は立っていることすら出来ない。
自分の不用意な言葉でメトゥスを怒らせてしまったマーテルは、地べたに這いつくばりながら、後悔に震えた。
その横を、青い小さな光がユラユラと揺れながらまっすぐメトゥスに向かって飛んでいく。
そして、メトゥスの鼻先にチョンとしがみつき、小さな羽根をパタパタと動かした。
「…………ウェン……トゥス………」
途端に、メトゥスから溢れ出ていた力が収まり、ガタン、ガタンと空中に浮いていた椅子や机が落ちてくる。
『メトゥス様、ただいま』
「そなた……記憶があるのか?」
『ウェントゥスは、どんな時も貴女様から離れません』
メトゥスは、両手で自分の鼻を柔らかく包み込むと膝から崩れ落ち、声を殺して泣いた。
「ウェントゥス……ウェントゥス……」
『はい。貴女様のお側におります』
スリスリと頬をメトゥスの小鼻に擦り寄せて、小さな妖精は、微笑んでいる。
「お帰り……ウェントゥス」
『ただいまです……メトゥス様』
マーテル以外、他の生徒に、この感動的な再会は見えていない。
そのせいで、突然一人芝居を始めたように見えたメトゥスに、今度は、
『狂気の道化師』
という渾名が付いた。
「なんたる屈辱!」
校舎裏で、そう叫ぶ彼女の傍では、精霊王の威厳を微塵も感じられない土下座姿のオルドと、優しく微笑むウェントゥスの姿があった。




