第九話 演習、日程、知りたい
登校初日に、メトゥスにとっては不名誉極まりないあだ名がついた。
「魔王メトゥス」
『恐怖公』より、マシなのか?
その判定は難しいところだが、公爵令嬢に付けるあだなではない。
何故そのような名前が付いたかと言うと、彼女にジャケットを貸したのが、なんとこの国の第二王子レクスだったからだ。
その日は、まさかの入学式。
出るつもりがなく、日程など全く気にしていなかったメトゥスは、腰にジャケットを巻いたまま式に参列させられた。
横には、シャツ姿の第二王子。
目立たない訳が無い。
しかも、2人とも、美少女、美少年なのだ。
2人並ぶと、まるでセットの人形のように愛らしい。
ただ、メトゥスから漂う、
『こっちを見るな!』
という圧が強すぎて、新入生達は、ガタガタと震えた。
横で王族らしいにこやかなロイヤルスマイルを浮かべるレクスとの差が半端ない。
『それにしても、人の成長とは、残酷なものよの』
実は、メトゥスは、このレクスという少年をよく知っていた。
と言っても、大人になってからの姿しか知らない。
出会った時には、既に成人しており、顔に大きな火傷を負っていた。
学生時代、演習中に熱湯を被ったせいだと聞いているが、そんな状況に何故なったのかは話してくれなかった。
常に仮面を付け、人に見られぬよう陰に生きた人物。
それが、このように天真爛漫な少年だったとは。
メトゥスは、折角時間が巻き戻ったのだから、彼の火傷も未然に防げたらなと心の片隅で思った。
なにせ、女公爵として男達から目の敵にされていた彼女が、唯一心を許した友人なのだから。
『メトゥス、これをあげるよ』
そう言いながら、時折、可愛い紙に包まれたチョコレートなどを贈ってくれた。
『貰い物なんだ。君、甘い物すきでしょ?』
舐められまいと虚勢を張るメトゥスを、常に労ってくれた彼。
女として扱ってくれたのは、前の人生ではレクス一人だったかもしれない。
不名誉な渾名には腹も立つが、そんなものは、放って置けば直ぐに消える。
それよりも、レクスを救うためにも、演習の日程を知らなければならない。
「教師、つかぬことを聞くが」
「メトゥスさん、先生に、その言葉遣いはいけませんよ」
「……演習、日程、知りたい」
今更言葉遣いを変えられないメトゥスは、単語のみで会話する事を選んだ。
その喋り方は、二歳児並みだった。
担任は、普段の尊大な態度との落差に笑いをながら、これから在籍する六年間のカリキュラムが書かれた紙を渡してくれた。
どうやら、1年生では演習はないらしい。
最初に行われるのは、2年後の春。
それまでに、レクスを鍛え上げ、自力でも身を守れるようにしなければならない。
決してレクスが頼んだことではないが、メトゥスは、ヤルと言ったらヤル女なのだ。
「そなたを、強くしてやろう」
「なんだか、とっても上から目線だね」
「ひ弱なお主も、我の手に掛かれば、多少使い物になるだろう」
「ねぇ、僕の話聞いてる?」
チグハグな二人だが、相性は悪くなかったらしい。
「先ずは、そなたの魔力量を増やす」
「そんなこと、出来るの?」
「そなたの努力次第じゃな」
メトゥスが教えたのは、空気中から魔素を取り込む方法だ。
しかし、これはメトゥスが半神だから成し得たことだった。
「無理だよ。こんなの」
「むぅー、何故じゃ。何故出来ぬのじゃ」
腹立たしさで地団駄を踏むメトゥスだが、出来ないなら他の方法を考えるしかない。
そこで思い出したのが、魔物の肉を食べることだ。
普通の人間は、決して口になどしない。
前世で戦時中、食料が底をついた為に背に腹は代えられない状況で食べたメトゥス。
意外な美味しさに、今では、日常的に食卓に並ぶ。
この事で、ヴァレリウスも、なんとアモルまでも魔力量が上がっている。
「お主、腹は減っておらぬか?」
メトゥスは、ニヤニヤ笑いながら、昼食用にアモルが用意してくれた『魔物の肉サンド』を空間魔法を使って取り出した。
「嫌な予感しかしないんだけど…」
「味は、保証する」
目の前に美味しそうな匂いのサンドイッチを突きつけられ、レクスは、ゴクリと唾を飲んだ。
王家の者は、毒見などを経るため、食す時には料理が冷え切っている。
しかし、手渡されたサンドイッチは、ほのかに温かくパンも信じられないくらい柔らかかった。
パク
「お、美味しい!」
「そうじゃろう、そうじゃろう」
何も知らず食べ切ったレクスに、何の肉か教えたら、そのまま卒倒して地面に転がった。
教会では、魔物の肉は、禁忌の食べ物と言われている。
それを食べさせられたとあっては、神に背いたことになるのだ。
「うえっ……うえっ……もう、お婿にいけない」
どこの生娘の言葉かと、ツッコミを入れたくなるような嘆きを呟きながら、結局、
「一度も二度も、同じことよ!」
とメトゥスに丸め込まれ、レクスは、魔物肉を食べ続けた。
それは、やはり美味いこと魔力量が上がることを実感きてしまったからだろう。
そのお陰で、レクスの魔力量は、あっという間に上がっていった。
国内最強と言われてきたノックス公爵くらいなら、一撃で倒せる程に。
どんどん人間離れしていく新入生を、どう扱えば良いのか分からぬ教師陣は頭を抱えた。
そこに、更に自分も仲間に入れてくれと申し出る者が数名現れる。
後に、王の側近となる面々だ。
しかし、メトゥスは、そいつらが嫌いだった。
何かにつけては、
『女のくせに』
と揶揄してきた奴らだからだ。
「我は、レクスにしか教えぬ!」
「なんでだよ!レクス殿下ばかり、狡い」
「五月蝿い!レクスのことは好きだが、貴様らのことは嫌いだ。それ以上でも、それ以下でもない!」
言い切ったメトゥスは、気付いていない。
『好き』と言われたレクスが、真っ赤な顔をして蹲っていることに。
その後、
『魔王の公開告白』
と更に学園で噂が広まり、メトゥスは、とうとう名前ではなく『魔王』と呼ばれるようになった。
『なんたる屈辱!』
そうメトゥスが嘆いたのは、『魔王』と呼ばれることよりも、レクスに己の中の淡い恋心を知られてしまったからだった。




