プロローグ
その昔、悪戯な女神プルクラが、人間との間に一つの命を産み落とした。
彼女は、神ゆえの美しい容姿を使い、戯れや気まぐれで、人の運命を変える事を何よりも楽しみにしていた。
賢王を暴君にまで落とす彼女の囁きが、国を滅ぼしたのも一度や二度ではない。
他の神々に『邪な神』と毛嫌いされても、彼女は、全く気にもとめない。
血のような赤い髪を靡かせ、すべての色を塗りつぶせるほど黒い瞳を細めながら、
『ただ、探究心が強いだけなのよ』
と朗らかに笑った。
幼児の如き純粋さが、時として破滅の序曲になる。
彼女の好奇心の波及効果で、何人の人間が死に、何人の人間が地獄へと突き落とされたことだろう。
しかし、悠久の時を生きる彼女にとって、一番の敵は、退屈。
ハッキリと言えば、面白ければ、それ以外はどうでもいい。
赤子のことにしても、そうだ。
本来、神と人では子は成せない。
それは、不変のことだと言われてきた。
誰もが疑問にすら思わない真理に、
『本当に出来ないのかしら?』
とプルクラは、疑問を持った。
そして、誰もやったことがないなら、自分が産んでみようと思った。
無論、子に対する愛や慈しみなど一欠片もない。
こうして、単なる興味で赤子を産んだものの、自分にそっくりで、ちっとも可愛くなかった。
赤い髪、白い肌、黒い目。
『これじゃ、子供じゃなくて分身ね』
鏡で見慣れた己の姿にそっくりで、人間的特徴は見いだせない。
左右対称の目鼻立ち。
まつ毛一本までが計算し尽くされた形を保ち、毛穴など見えようはずもない。
しかも、選び抜いた男の魔力をたっぷり練り込んでやったのに、神力と相殺されて『ただの人』に成り下がっていた。
思うような結果にならずプルクラは落胆する。
『もう、要らないわ』
不要となった赤子メトゥスは、人間世界に残された。
そして、プルクラの記憶からは、子を産んだことも、娘がいることも、全て綺麗さっぱり消えてなくなっていた。
彼女にとって、必要な記憶違い覚えておく価値などない。
また、別の楽しみを見つけて、蝶のように渡り歩くだけだ。
そんな無慈悲で、享楽的な母から生まれ落ちたメトゥスは、様々な悪意や不運に見舞われながらも、九十歳の天寿を全うした。
血の滲むような努力で魔力を手に入れた彼女だが、己の神力に気づくことは生涯なかった。
これで、メトゥスの物語は、終わるはずだった。
にも関わらず、何故か再び赤子の姿に引き戻された。
又もや地獄のような子供時代を生きねばならないのかと絶望するメトゥスだが、二度目の人生は、何かが違った。
記憶にない、自分を溺愛するメイド。
過去において、唯一の友であった彼。
前世で初めて契約を結んだ弱小精霊。
沢山の人々と、全く違う関係を紡いでいくことで、彼女の人生は、大きく変わっていく。
これは、前世で女公爵にまで登りつめた半神のメトゥスが、巻き戻った世界の中で、初めて自分の神力に気づき、今まで感じたことのない愛や友情に彩られた『屈辱にまみれた愛しい人生』を送る話である。




