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第四話 視る者、聞く者、話す者

「────第一〇七中隊ァァァい!点呼ッ!!」


まだ月明りが指揮所を照らす中、シューベイ少佐の厳しい声が響く。

G-4の開けた待機場に第三偵察小隊を除く第一〇七中隊全ての小隊が集結した。

第一〇七中隊は一個小銃小隊、三個偵察小隊、一個建設小隊、一個通信小隊の六個小隊で構成されている。


各小隊による一斉点呼が終了し、小隊長らによる報告も終わった。

少佐はここにいる全ての小隊の前でさらに声を張り上げる。


「先ほど一三師団長閣下より指令を受けた!我が中隊は国境線のまったく寸前に位置する農村、ショナ村に移動し、現地にて監視拠点を設営し、本拠点、前進塹壕及び監視拠点間の通信を構築し、敵部隊の動向を監視し、報告する!…各人、既に分かってはいると思うが、ここに配属されてからはや一か月。王国と共和国の軍事的緊張は日々高まりつつある!恐らく開戦すれば、真っ先に叩かれる場所はショナ村だ!」


小隊の若い兵が唾を飲んで聞く。中には緊張で小刻みに震える者や、目を泳がせる者もいる。

それを感じ取ったかのように少佐は皆を鼓舞した。


「だが恐れるな!我々が最前線、我々が最初に情報を伝え、この王国の歴史に誇らしい名を刻むのだッ!」


「──いいか、我々が共和国軍の…いや、"敵"の最初の打撃を決定すると言っても過言ではない!それを忘れるな、良いなッ!!」


全ての兵士、士官が「はい!」と力強く返事を返し、敬礼した。

少佐はその様をじっくりと見渡す。


「以上だ。…では各隊、かかれ!」


シューベイ少佐の声と共に、各小隊長がそれぞれの兵員トラックに兵士を乗車させる。

中尉と少佐は独立第四戦車連隊より借り受けた軍用四駆車に乗って、彼らを先導する。

目的地はG-4より十二キロメートル直進した先にある。ちょうど国境線地帯の森林に構築した塹壕を過ぎたあたりだ。中隊はその村まで、通信線を形成しながら移動する。


まだ太陽の上る気配すらない真夜中に、車列の奏でるエンジン音がただ響いていた。


車列が指揮所の北部簡易ゲートを抜けて、半刻が経つ頃、中尉の運転する先導車は未舗装の悪路で揺らされながら進んでいた。時々前輪が蹴り上げる小石が車体にコツンコツンと当たる音が聞こえる。

左右前後に大きく揺れる車内で、少佐は苦しい表情のまま、車内の無線機を取った。


「…G-4、現在時、一時二十分。こちら一〇七中隊、ポイントD1を通過した。送れ。」


<こちらG-4了解、引き続き路面に注意し、移動を継続せよ。送れ。>


「G-4了解、一〇七中隊目的地まで残り五キロ。終わり。」


少佐が無線機のボタンを切ると、スピーカーからジッという短い雑音が鳴る。それを元の場所へ戻すと、中尉が口を開いた。


「少佐、この道は癖が強いですよ。今まで王都の舗装路しか知らない小隊の連中がグッタリしていないと良いですが…」


「王都からの連中の"嘔吐"大会ってか、面白いなお前。」


「ハァ。」


中尉のため息に、少佐は肩をすくめて窓の外を見た。


「少しは笑えよ。……だがこの暗さに静けさは笑えねえな。」


「ええ、繁華な都会とは訳が違います。…残り五キロですが、各車のライトで動向が探知されかねません。」


「そうだな、ここは少し危ないが…仕方がない。」


少佐は戻した無線機を乱暴に取り出し、口元に当てた。

発信機のツマミと周波数を調整して、指示を発した。


「中隊各車、こちら中隊長。間もなくショナ村である。敵による探知を防ぐため、只今から灯火管制を実施する。各車は前方灯を消灯し、以降目視による操縦を開始しろ。終わり…。」


 * * * 


指揮所を出発して一時間、一〇七中隊は国境森林に到達した。

この地に根差す木々は背が高く、葉が広く茂っている。まさに自然の天井である。そのためか、森林の中は月の光が差さない。


森林に入ってすぐ、構築された塹壕が見えてきた。曲がりくねった塹壕には土嚢が積み上げられている。

シューベイ少佐とポードウィン中尉が車から降りると、塹壕の奥から彼らの到着を出迎えるように、一人の士官が小さなランプを持って姿を現した。


「一〇七中隊、中隊長のシューベイ少佐です。」


「ここまでご苦労。私は独立第四戦車連隊第二大隊長のベルスコン中佐だ。よろしく、少佐。」


ベルスコン中佐とシューベイ少佐は互いを労うように握手を交わした。

ポードウィン中尉は少佐のすぐ横で敬礼をしている。

二人を認めたベルスコン中佐は、ふっと笑ってボヤく。


「ここでは昼夜の感覚が狂ってしまうだろう。なんせ昼間も日が差さないほどの暗さだ。こんなウッソウとした森林を、なぜ政治家共は欲しがっているのか理解できんな。」


「ええ、全くですな。いつの時代も苦労するのは軍人であります。」


少佐の返しに中佐は高笑いをして、二人を塹壕にある指揮所に招いた。

指揮所内には泥が入り込んで、湿った土と油の混じった重い臭いが充満している。土壁からは泥水がにじみ出て、床に敷かれた木板を黒く染めていた。


「アッ、中隊長に中尉殿!」


一人の若い士官がシューベイ少佐とポードウィン中尉を見かけて反応した。

よく見ると、制服には二人と同じ部隊章が縫い付けられている。


「お前…フルンゼ少尉じゃないか!ハッハ、どうだ、第三小隊の士気は上々か?」


ダミアン・クラウト・フルンゼ少尉、彼は第三偵察小隊長だった。どうやらこの指揮所は小隊本部も兼ねているようで、彼のほかにも親しい顔をした軍曹が詰めている。

それぞれがシューベイ少佐に固い敬礼を捧げ、シューベイ少佐は深く頷いた。


次に言葉を発したのはベルスコン中佐だった。


「さて…ここ一か月でこの塹壕は長きにわたり情報収集活動をしてきた。…フルンゼ少尉も一三機甲師団の連中も、何より我々も思うに、ヤツらは既に総力戦体制に入っている可能性が高い。」


フルンゼ少尉は、顔をしかめる少佐に向き直ると、ランプの揺れる光の中で静かに言葉を継いだ。


「──根拠はいくつかあります、少佐。」


少佐がわずかに眉を上げる。


「斥候分隊の報告によると、国境線近辺の共和国側集落から()()()()()()()()。住民の半分以上が、今月に入ってから姿を見せていません。畑も放棄され、家畜も減っています。」


「疎開か…。」


ポードウィン中尉が低く呟く。


「それだけではありません、中尉。」


フルンゼは淡々と続けた。


「共和国軍の補給路に“逆流”がありました。本来前線へ向かうはずの弾薬補給車が、後方へ引き返していくのを複数回確認しています。大規模な再配置の兆候です。」


ベルスコン中佐が指揮所の椅子に深く座り、腕を組む。


「それに──ここ数日は静かすぎる。哨戒の足音も、工兵の音もない。敵が息を潜めている。あれは嵐の前の静けさだ。」


少佐は黙って三人の顔を順に見た。


「……つまり、ヤツらはいつでも動ける状態にある、と。」


「はい、少佐。」


少尉が強く首を縦に振る。


総力戦体制(トターラー・クリーク)……そう判断するに十分すぎる材料があります。」


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