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第三話 ネズミ屋

<…共和国側国境の警備は日々増強されており、昨日より装甲戦闘車は十五両増え、第四前進指揮所監視区域内には既に五個大隊の装甲車部隊を確認した。また、国境線から共和国側へ二十キロメートルの上空には、共和国空軍の航空機が五時から七時、十一時から十五時、十九時から二十二時において少なくとも一機が飛行しており…>


第一〇七中隊がG-4に駐留した日から、はやひと月が経過した。

シューベイ少佐は、中隊のテント内で日報作成の作業に追われるポードウィン中尉に葉巻の差し入れに来た。


「結局、すぐにドンパチやりやがるかと思えば、昔と同じ書類作業だよなぁ。」


「ええ…、しかし共和国の戦力配置は日々増強されております。」


「まったくだ。恐ろしい。」


中尉は受け取った葉巻を胸ポケットに入れて、また日報の続きを書こうと気に入りの万年筆を片手に構える。

仕事人間がよ、と少佐は呆れて自分の頭髪を撫でる。


「中尉、第二八機械化歩兵旅団が第一前進指揮所(Gー1)管区に再配置になったことは聞いたか?」


「はい、聞いておりますが。」


「どうやら参謀本部は俺たちが日報を送ってやってるのにもかかわらず、G-1の方を重点配置するらしい。」


「首都の参謀方は地図を見て判断しますからね…。G-1管区には輸送鉄道線が通っていると聞きました。そこが大事なのでしょう。」


「お陰でG-4の参謀連中はお怒りでカンカンだよ。ハッハ、笑えねぇぜ。」


それから中尉と少佐が休憩に葉巻をふかし始める頃には、時計の針は正午を過ぎていた。

第一三機甲師団や独立第四戦車連隊の下士官兵たちが交代の乗用車に乗っているのが見える。共和国軍側の戦力増強を受け、全ての前進指揮所ではシフト配置による二十四時間の警戒態勢が敷かれていたからだ。

少し乾いた砂利道をトラックが蹴り上げ、テントの表口に立つ二人に砂埃が立つ。


「ゲホッ!ゲホッ!大層な車列だ!…いち、にい……。」


「およそ三十両です。半装軌車(ハーフトラック)もいます。」


「多いな…、一個戦闘群か。」


三百近くの男を乗せた重厚な車列は、国境の森林に構築した塹壕線へ向かおうとしていた。

中には野戦砲や迫撃砲を牽引するものもいる。

カーキ色のトラックの中には、一〇七中隊の車両も見えた。それを見て少佐がボヤく。


「おいおい、ウチの人間を送って何になる。俺たちはタイプライターは打てても、ライフルは撃てねぇぞ。」


ポードウィン中尉はやれやれと腕を振って見せた。


「…ご苦労な話です。」


二人は車列を見送ると、残っている仕事を片付けにテントへ戻っていった。

情報第三部、参謀本部などの多くの機関に送る書類がつもりにつもっている。縦割りの弊害というものである。


それから日が傾き、鳥の鳴き声すらも聞こえなくなった夜半。

中尉がタイプライターへの打鍵に指を痛めた頃、一人の兵士が表口にやってきた。


「情報第三部第一〇七中隊第一小銃小隊のケイン・ショルツ一等兵です。シューベイ中隊長はいらっしゃいますか!」


呼びかけられた少佐は、テントの奥から頭をかいてノロノロとやってきた。


「私だが…なんだこんな時間に。」


ショルツ一等兵は険しい顔で少佐に一旦敬礼を向け、姿勢を直してからいう。


「第一三機甲師団長ミュラー大将殿が指揮所にお呼びであります!」


その声に少佐は眉をひそめて、ポードウィン中尉に目を合わせた。

一体何の用だ、我々"ネズミ屋"をこんな時間に呼び出すなんて、と二人は不審に思った。


「分かった。すぐに向かう、ご苦労だった。下がれ。」


「ハッ…あっ。なお、大将殿は"背広ではなく()()()()()"、と。…以上であります!」


小さく敬礼した後、くるりと身を返して彼はテントから去った。

少佐は溜息を一つして、けだるそうにジャケットを脱いで腰を曲げながらロッカーに向かう。


少佐は情報部の淡い灰色の軍装に着替え、制帽をわきに抱えると「行ってくるよ」と言い残しテントを後にした。

歩いて二分の距離に指揮所はある。


「第一〇七中隊シューベイ少佐であります。命により入ります。」


少佐が声を張った先には、ミュラー師団長、ラシッド副師団長などの十名程の師団参謀が詰めていた。


「シューベイ少佐。こんな時間にご苦労、入れ。」


「はッ!」


ミュラー師団長はシューベイ少佐の予想に反し、彼に親切に応対した。少なくともこの参謀らの中では最も親切に。

師団長は長方形の指揮所の中央テーブルに置くに座っている。壁にはここら一帯を記した地図がかけられており、自軍の部隊を意味する青いピンと、共和国軍の部隊を意味する赤いピンが現在地を示すように刺されている。


「まぁ既知のことだとは思うが、君の中隊の第三偵察小隊を塹壕の交代要員として送らせてもらったよ。リエゾンは現場からの情報が必要だろう。」


「えぇ、まぁしかし我々は塹壕ではなく書類に埋もれるのが常でありますが…ハハ…。」


少佐のいつも通りの皮肉に、師団長の横に座るラシッド副師団長が彼に厳しい視線を送る。

それをちらりと見て、少佐は一つ咳き込んで返した。


「それで、今回呼び出したのはなんでありますか。」


ミュラー師団長は地図のG-4より北側にある森林の中にある小さな農村を指さした。


「ここが国境の最先端(レッドライン)だ。ここに監視塔を構築し、有線通信網を構築する。先に派遣した第三偵察小隊を後方に据え、それ以外の一〇七中隊の部隊をここに配置したい。…分かるか?」


「はい。ここが最前線(フロントライン)になるわけですか。しかし、開戦した日にはここが真っ先に叩かれるのでは?」


指揮所は少佐の発言に、一時シンと凍り付いた。彼の発言はまさに第一〇七中隊が「人柱」になることを指摘したと同然だからだ。

ラシッド副師団長がその静寂を破った。


「──おいネズミ屋、キサマらは我ら正規軍が見えない敵を見、"先触れ"を探るのだろうが。キサマらが敵地直前で情報を探らずして、一体何をする?」


この男の発言に、指揮所内の参謀の数人が浅く頷く。

少佐が口を堅く紡ぐと、師団長が両手を軽く叩いて仕切りなおした。


「そこまでだ。しかし、君たち情報部は情報を探るのが仕事だ。出発はただちに、今すぐだ。陸軍情報第三部第一〇七中隊長ハンス・ルサン・シューベイ少佐、貴隊にショナ村における共和国軍監視、情報収集活動及びリエゾン任務を只今命じる。早急に準備に取り掛かり、出動せよ────」

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