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第二話 G-4

翌朝、まだ靄の残る薄曇りの天に、黒いセダンのエンジン音だけが道に響いていた。


運転席のポードウィン中尉は、濡れた未舗装路を慎重に避けながらハンドルを切った。

前日の雨でぬかるんだ農地の間を抜けるたび、車体が小さく揺れる。


「……ったく、こんな道を背広でか?中尉。」


助手席のシューベイ少佐が窓の外を見ながらぼやく。


「仕方ありませんよ。現地に着けば軍装に着替えられるでしょう。それに、国防省の規定では“移動時の服装は背広”とありました。」


「身分が身分、か…ふん。便利な規定だ。現地の連中がどう思うかは別だがな。」


少佐はため息をひとつ吐き、葉巻の箱を指で軽く叩いた。


やがて、この地帯特有の荒れた丘陵地帯に入る。

見渡す限りの田舎で、通信塔どころか舗装路すらない。

“首都”の景色とは似ても似つかない、戦争の匂いが濃い土地だった。


すると、前方に簡易ゲートが見えた。

一三師団の前進警戒線らしく、迷彩服の兵士が二人、こちらを警戒している。


セダンを止めると、兵士の一人が怪訝そうに近づいてきた。


「……おい。背広で何の用だ?ここは一般の立ち入りは――」


ポードウィン中尉が素早く身分証を差し出す。


「陸軍情報第三部第一〇七中隊。G-4へ向かっています。」


「……情報部?」


兵士の視線が少佐と中尉の胸元から顔へ移り、眉がひそめられた。

背広姿の軍人は前線では珍しい。警戒を隠さないあたり、兵士としては正しい反応だった。


「後方から来たのか。ちょっと待て、上官を呼ぶ。」


ほどなくして小柄な中尉階級章をつけた士官が現れた。

こちらを一瞥すると、最初の言葉がこれだった。


「背広とはまたご立派な御身分だな。」


皮肉混じりの声。

だがシューベイ少佐は慣れたもので、形式的な微笑を浮かべた。


「必要であれば軍装でも構いませんがね?」


「いや、もういい。……身分証と命令書を。」


ポードウィン中尉が丁寧に手渡すと、士官は目を通し、顔色を僅かに変えた。


「――本物だな。車はここで止めろ。こっちへ来い。G-4まで案内する。」


歩き出す途中、士官はぽつりと呟いた。


「昨日の昼、共和国軍が空軍と装甲車両を混ぜた大規模な演習をした。音だけでも分かった。あれは()()じゃない。」


「航空支援込みですか。」

ポードウィン中尉が問う。


「ああ。CAS(近接航空支援)機だ。曲芸みたいな低空旋回をしてきやがる。……向こうの前線には優秀な前線航空管制官(FAC)がいるんだろう。」


「ロクでもねぇな。」


少佐が低く呟いた。

士官は肩をすくめた。


「俺たちも嫌さ。だが戦争は向こうの都合で始まる。あんたら情報部は、“先触れ”を嗅ぎ分けに来たんだろ?」


「概ね、そんなところです。」


中尉が答える。


「なら、G-4の連中は歓迎しないかもしれんぞ。前線の兵は“嗅ぎ回る連中”が大嫌いだ。」


少佐は鼻で笑った。


「大丈夫だ。後ろ指さされるのには慣れている。」


「そうだと助かる。」


小規模な野営地を越え、さらに丘を二つ下ったところで、視界が急に開けた。


そこには巨大なキャンバステントと無線塔が立ち並び、

複雑に交差した塹壕と土嚢の列、油の匂いを漂わせる王国軍戦車部隊のシルエットがあった。


士官が指差す。


「あれが第一三機甲師団のG-4だ。副師団長のラシッド中将が詰めてる。……気をつけな。あの人は堅物だ。」


シューベイ少佐とポードウィン中尉は視線を交わした。

無言だが、それだけで十分に意図は伝わる。


前進指揮所は簡易な作りだった。

指揮官詰所はレンガで囲われているが、それ以外は工兵が二、三日で作り上げた木材を張り付けただけのようだった。


――重い扉は、また一つ開かれた。

二人は深く息を吸い、G-4へ向かった。


「陸軍情報第三部第一〇七中隊のシューベイ少佐であります。」


「同じく、第一〇七中隊のポードウィン中尉であります。」


狭く薄暗い室内で、長方形のテーブルに置かれた地図には五人の士官がいた。

そのうちの一人、葉巻を斜めに加えてこちらを鋭く見つめてくる老人。肩章を見るに中将…ラシッド副師団長だろう。


「なんだキサマらは…。王都の()()()()か。」


「ハハハ、中将閣下。都会のネズミなんて大層なお言葉をいただけるなんて。」


軍人からは疎まれる情報部のベテランにとっては、皮肉も単なる挨拶に過ぎない。

より眉をひそめる副師団長を横目に、中尉が続ける。


「参謀本部の命により、本日からG-4駐在のリエゾン任務に配置されました。皆さん、よろしくお願いします。」


言い終えると同時に、二人は肘を張り敬礼した。


…G-4の参謀はみな、二人に対して冷たい視線を送り続けているだけだった。

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