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プロローグ 葉巻と雨


<………次のニュースです。昨月17日より実施されていたラフィレンス王国とグリシア共和国の国境画定を巡る外交交渉は、明日五月七日をもって終了する見込みと、ラヴリンシー王国外務相が公表しました…。国境周辺の町村には既に両国軍の機甲部隊が警戒線を構築し………>


雑音交じりのラジオ報道を、雨の降る今朝のカフェで、この白髪交じりの背広の紳士が聞いていた。

ちょうどコーヒーをすすって、今日一本目の葉巻に初手をつけようとしていたところだ。


「おはようございます、少佐。今日も天気が悪いですね。」


「よせ中尉、何の為に制服を脱いでいる。」


背高の男…ポードウィン中尉は入口の傘立てに濡れた黒色の外套を掛け、苦笑しながら紳士の向かいに腰を下ろした。


「さぁ……偶然ですよ。ここが閑散としているので助かります。」


「助かるもんか。情報部の人間の顔を覚えられてみろ。明日からこの店はスパイの溜まり場だ。」


「この天気じゃ、スパイも出歩かないでしょう。」


「それでもだよ。」


シューベイ少佐は葉巻の先を軽く噛んだまま、ラジオに流れる“終わらぬ交渉”のニュースへ視線を戻した。雨の音と、店主が皿を拭くわずかな音だけがテーブルを包む。


しばらく沈黙が続き、やがて少佐が灰皿を引き寄せながら言った。


「……中尉。明日だ。」


「ええ、理解しています。」


「交渉が決裂すれば、国境は火を噴く。機甲部隊が動く。俺たちは真っ先に前線に放り込まれる。」


中尉は水滴のついた眼鏡を外し、ハンカチで拭きながら低く答えた。


「この国にとって、我々は“開戦の前座”ですから。」


「皮肉を覚えたな。いい傾向だ。」


「あなたが言わせているんですよ、少佐。」


二人はどちらともなく笑った。

しかしその笑みには、どこか、長く続いた任務の疲れの混じる影が同居している。


外の雨脚がさらに強まり、ラジオは今度は政府による交通規制について詳細を述べ始めた。

少佐は葉巻にゆっくり火をつけ、煙を細く吐き出した。


「……中尉。」


「なんでしょう。」


「ま、どう転んでも、“神の思召し”ってやつだ。」


「そういう言葉は状況を悪くしますよ、少佐。」


「だろうな。」


ふたりは再び黙り、ただ雨音を聞いていた。

この時、まだ彼らは知らなかった。


――この灰色の雨が、

のちに“白い花の中での別れ”へと続く道の始まりであることを。

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