断罪された悪役令嬢ですが、国中の契約書に私のサインが入っていることをお忘れではなくて?
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【連載版】2025.11月30日に完結しました!
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王宮の大広間は相変わらず無駄に眩しい。
頭上には星屑を固めたようなシャンデリア、壁には金箔の装飾、足元の大理石は磨き上げられて私の顔を映している。
その大理石の上で、私はこれから断罪される。
「リーティア・ヴァーレン伯爵令嬢!」
玉座の前から、王太子シリウスの声が響いた。
銀の髪を自慢げにかき上げ、隣には庶子の娘、セシリアがうるんだ瞳で私を見下している。
「貴様の数々の悪行は、もはや見過ごすことはできない! 重税を課し、弱き者を切り捨て、冷徹に契約を押し付けてきた罪は重い! よって、この場をもって貴様を断罪する!」
(ふむ。台詞回しにしては悪くありませんわね)
私は軽く瞬きをして静かに微笑んだ。
リーティア・ヴァーレン――王国財務を統括する会計院を任されたヴァーレン伯爵家の一人娘。王命によって王国のすべての国家契約に署名権を持つ、異例の地位。
その結果どうなったか。
無能な貴族どもからは、「金に汚い悪役令嬢」。
真実の愛とやらを叫ぶ愚かな連中からは「民を苦しめる冷血女」と、散々に言われることになった。
事実は少し違うが、訂正する義理もない。私は善人ではない。不備の数字と赤字を垂れ流す愚か者が嫌いなだけ。人の言葉や愛など、いくらでも裏切られる。だが、契約書と数字は唯一ごまかせない真実。
「シリウス殿下」
私はゆっくりと顔を上げる。
「わたくしの悪行とやらを並べ立てるのは結構ですが、一つだけ確認させていただけます?」
「今さら弁明など見苦しいぞ!」
「いいえ、弁明などではございませんわ。ただの事務的な確認です」
私は首を傾げ、広間を見渡す。
廷臣たちの半数以上が、すでに青ざめているのが滑稽だ。
「本日ここで断罪されるのは『王国会計院副総裁にして、王国契約統括署名者リーティア・ヴァーレン』。この者で間違いありませんのね?」
ざわ、と空気が揺れた。
シリウスは眉をひそめながら吐き捨てる。
「そうだ! お前のような女はもはや王家には不要なのだ!」
「そうですか。では、ここにいる皆さまの机の上に積まれているすべての契約書が、『署名者不在』で無効になる覚悟はお済みですわね?」
王弟、公爵、軍務卿、商務卿。
彼らの視線が一斉に自分たちの側近へと向く。
「リーティア、それはどういう意味だ?」
王が低く問う。
私は淑女らしく裾をつまみ、一礼してから告げる。
「先王陛下のご命令でございます。財政破綻寸前だったこの国を立て直すため、すべての国家契約は会計院総裁、もしくはその代理人の署名がない限り、法的効力を持たない。そのように陛下自らお決めになりました。覚えていらっしゃいませんこと?」
王の顔色がみるみるうちに変わっていくのが分かるが、お構いなしに私は続ける。
「軍への武具供給契約、港湾整備の工事契約、諸外国との通商条約、国庫からの融資、各地の領主への補助金支給、王都防衛の傭兵団契約……一つ残らず例外はございません」
私は右手を軽く持ち上げ、自分の指先を見つめる。
「この指で署名しておりますのよ?」
「お、脅しのつもりか! だが新たに署名者を任じればそれで済む話だ! そんなもの――」
「では、今すぐそうなさってくださいませ。もっとも、契約とは遡って書き換えられないからこそ契約と呼ばれますのよ。過去十年分の契約を、これからすべてやり直すおつもりで?」
その時、軍務卿が耐えかねたように叫ぶ。
「待て、リーティア嬢! 先の戦で帝国から取り戻した北方領の講和条約も、そなたの署名だったはずだぞ!」
「ええ、わたくしの署名ですわ」
「では、そなたの署名が無効になれば——」
「条約は王国側の条件不履行として破棄されますわね。帝国にはすでにそういう文言を盛り込んでありますから」
「なっ……!?」
私の隣で罪人を見るような目でこちらを見ていたセシリアが、かすれた声で口を開く。
「どうして、そんなひどい契約を……?」
「ひどい、ですか? セシリアさん、あなたにとってはでしょうね。ですが、あなたがふわふわと『真実の愛』を語っている間、この国の帳簿は毎日血を吐きながら均衡を保っていたのですわ。もっとも、その現実を直視なさったことなど一度もありませんでしょうけれど」
「わ、私はそんな帳簿だの契約だの、分かりませんっ! でも陛下も殿下も皆が言っていました! あなたのやり方は冷たすぎるって……愛があれば、そんな数字なんてどうでもいいでしょう……」
「あなた方はいつだってそう仰る。『愛があれば』、と。ですが兵の食糧も貧民街の救済も港の修復も、すべて数字でしか動きませんのよ。『愛』とやらで兵糧が湧いて出るのなら、わたくしなど最初から必要ありませんでしたわね?」
セシリアは何かを言い返そうとしたが、結局、唇を噛んで黙り込んだ。
私は小さく笑った。
「帝国はあの戦争で勝ったつもりでしたのよ。領土も奪い、賠償金まで要求してきた。ですが先王陛下は逆に帝国の兵站の穴を突いて交渉し、こちらに有利な形で条約をまとめた。その代わり……財務を握る者を条約の人質に差し出したのですわ」
つまり、私だ。
王はわずかに目を閉じる。先王が亡くなった今、あの密談の場を知る者は、もはやほとんど残っていない。
「戯言だ! 仮にそうだとしても、お前の代わりなどいくらでもいるわ!」
「では、殿下。わたくしを断罪し、爵位を剥奪し、追放なさいますのね?」
「当然だ!」
「よろしゅうございます。本望ですわ」
私は深く一礼し、そのまま顔を上げずに告げた。
「それでは国中の契約書に記されたこの署名『リーティア・ヴァーレン』。この名前がたった今をもって、一切の法的効力を持たないことを、わたくしもここに認めますわ」
私の静かな断罪とともに、王国の足元もまた静かに崩れ始めたのだと、皆が理解しただろう。愚かな王以外は。
◇
三日後。
王都の議場は断末魔のような怒号に満ちていた。
「兵の給与が支払えんぞ! 金庫番が契約書に不備があると言い出して……」
「港湾工事の業者が一斉に引き上げました! 前金支払いの契約が無効だ、と!?」
「南部貴族たちが蜂起の気配ですぞ! 約束された補助金を一方的に反故にされた、と……」
「帝国からも書簡が届いております! 『条約第七条に基づき、王国側の条約違反を確認した。よって国境地帯に軍を進める』と!」
シリウス殿下は頭を抱えていた。
「なぜだ! なぜここまで……!」
「リーティアを断罪したのは、お前だ、シリウス……」
「しかし、あんな女に我らは十年も国を預けてきたのだ。数字も契約も分からぬ我らの代わりにな」
そこへ、使いの兵が駆け込んでくる。
「報告! ヴァーレン伯爵領に帝国の使節団が入った模様!」
「……帝国だと?」
「はっ。『王国会計院前副総裁リーティア・ヴァーレン殿との財政顧問契約締結のため』と……」
室内の全員から血の気が引いた。
同じ頃。
辺境ヴァーレン領の屋敷のバルコニーで、私は帝国からの使節と向かい合っていた。
「条件は一つですわ。わたくしの署名権を帝国が全面的に保護すること。帝国内の契約すべてにわたくしの署名を用いるも用いないも、わたくしの自由であること。それが守られるのであれば――」
私は用意しておいた書簡束を差し出す。
「王国の財政状態、保有資産、裏帳簿の写し、一部の貴族に隠された違法蓄財の一覧。必要な数字は一通り差し上げますわ」
使節の男の喉が、ごくりと鳴る。
「……まさしく悪魔のような申し出だ」
「確かに悪役令嬢と呼ばれておりますが、わたくしはただ、自分の価値を正しく評価してくださる相手を選んでいるだけですわ」
私がそう答えると、使節は乾いた笑い声を漏らし、恭しく頭を垂れた。
「帝国はあなた様を最高顧問としてお迎えいたします、リーティア殿」
契約書が目の前の机の上に広げられる。私はペンを取り、美しい筆致でサインを書き入れた。
新たな署名。
今度は帝国のための。
その時、屋敷の門前が騒がしくなる。
「リーティア! リーティア・ヴァーレン!」
聞き慣れた声、しかし今は掠れていた。
窓から覗くと、荒れた姿のシリウスが馬から飛び降り、庭に駆け込んで来る。
私は軽く肩をすくめ、使節に言う。
「少々お待ちくださいませ。最後の清算をしてまいりますわ」
◇
玄関ホールに出ると、シリウスが息を切らして立っていた。かつての自信に満ちた王太子の面影は、もう残っていない。
「リーティア……!」
「これはこれは、殿下。わざわざ辺境まで護衛も少ないようですが、反乱で手一杯ですの?」
「貴様のせいで、国がどうなっていると!」
「違いますわ。わたくしを切り捨てる前に一度でも契約書を読み返さなかった、あなた方のせいですわよ」
シリウス殿下の顔に悔しさとも絶望ともつかぬ色が浮かぶ。
「戻ってきてくれ! 君を許す。爵位も、地位も、すべて元通りにすると約束する。だから、この混乱を収めてくれ!」
「お断りいたしますわ」
私は即答した。
「わたくしはすでに新しい顧客と契約を結びましたの。国ごと潰れかけている元顧客より、伸びしろの多い新規顧客の方が魅力的でしょう?」
シリウス殿下が私の腕を掴もうとする。
だが、背後から帝国の使節が静かに立ちふさがった。
「王太子シリウス殿下、彼女はもはや我が帝国の客人です」
「帝国だと……!?」
私は最後に柔らかな笑みを浮かべて告げる。
「殿下、断罪の場で申し上げたこと覚えていらっしゃいます?」
「……何を」
「国中の契約書にわたくしのサインが入っていることをお忘れではなくて?」
あの時、あなたはそれを笑い飛ばした。
私は遠く王都の方角を眺める。
「わたくしを断罪した瞬間から、国中の契約はあなた方の首を絞める縄に変わりましたの。気付かなかったのは、あなただけのようですが」
「なっ……」
シリウスが、何かを言おうとして口を開くが、その声を待つ気はなかった。
「お帰りください、殿下。これ以上ここにいると帝国は国境侵犯として正式に抗議してきますわよ?」
私は殿下に背を向けると、後ろから縋るような声が飛んでくる。
「リーティア! お前を愛することは一度もなかったが――!」
「ご安心を」
私は振り返らずに答える。
「わたくしも一度もあなたを必要とした覚えはありませんことよ。王太子としても、男としても、一度たりとも」
扉が閉まる。外の喧騒が遮られ、屋敷の中には静寂が戻った。私は新しい契約書の山へと歩み寄り、ペンを取る。
「さあ、次は帝国を立て直しましょうか」
悪役令嬢と呼ばれた女の一番得意な遊びは、いつだって数字で世界をひっくり返すことなのだから。
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