1-2 いいえ、メイドです!
「シズク、お前も本当に来るのか?」
「はい、専属メイドですので」
淡い青髪に姫カット、黒いカチューシャを頭に載せた華奢な少女──それがシズク。
俺より一回り背が低くて、いわゆる“美人”というよりは、守ってやりたくなるような可愛い系。
彼女は、以前俺が壊滅させた犯罪組織に囚われていた子だ。
今は俺の専属メイドとして働いている。
昔は専属メイドが4、5人いたんだが、今では彼女1人。
シズクが優秀すぎて特に困ってはいないけど……あいつら、どこ行ったんだ?
そろそろシフト制にしないと、休みが取れなくてかわいそうだよな。
ちなみに俺、この子を初めて見たときにビビビッと来た。
多分、絵のタッチが違う。
俺を描くときと、シズクを描くときじゃ、絵師の入れ込み具合が5倍は違う気がする。
つまり、これは重要キャラフラグ。間違いない。
本来なら、勇者が助けに来るシナリオだったんだろうけど……まあ、俺が先に助けちゃった。
当時は「やっちまったか……?」と冷や汗をかいたが、後に気づいた。
結果的に助かるなら、誰でも良くない?
要は死ななければOK!むしろ俺、ファインプレーでしょ?
今すぐ勇者の元へ“出荷”したいところだけど、肝心の勇者候補はまだ見つかっていない。
なので、うちで一時的に保護してる感じだ。
なお、メイドとして働くのはシズク自身の希望。
「働かなくてもいいよ」と言ったのに、「それは恩知らずすぎます」と丁寧に断られた。
まったく、真面目なやつだ。
「もう、学園行きの準備は整っています」
「おお、相変わらず早いな」
「専属、ですので」
やけに“専属”を強調してくるシズク。
……いや、わかるぞ。独占とか専属とか、そういう単語には妙な魔力がある。
「独占配信」って言われるとついクリックしちゃうアレだ。
“専属メイド”っていう響きも絶妙にそそる。本人が気に入ってるっぽいのが若干謎だが。
とはいえ、元庶民である俺は同年代に敬語で話されるのはどうも合わない。
「二人でいる時くらい、もっと気楽に話せば?」
「いえ、私はメイドですので。それにモヴ様は年上のご主人様。敬語は当然かと」
「そんな肩肘張らなくてもいいのに」
なんせうちは、田舎のしがない貴族。
この前なんか、領民のガキに泥を投げつけられたばかりだ。不敬にもほどがあるぞ、チビッ子!
「……私はモヴ様に、返しきれないほどの恩があります。ぞんざいに接するなど、とてもできません」
「……まったく真面目すぎるっての。もう五年も無賃で働いてるんだから、恩はとっくに返してるっつーの」
いや、待ってください労基さん。彼女が受け取り拒否をしてくるんです。こっちに渡す意志はあるんです(涙目)
「……そんなことより、そろそろ向かいましょうか」
「ああ、行くか」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
世間話もそこそこに、王都行きの馬車へ乗り込む。
うちは貴族とはいえ、割と貧乏な方だ。
当然、乗るのはボロくて狭い格安馬車。
座席は狭くて、シズクが俺のすぐ横に座る。ぴったり横に。いや、近っ。
「なあ」
「なんでしょう?」
「近い」
「問題ありません。私は困っていませんので」
「……いや、お前の心配はしてないんだが」
ふわっと花のような香りがする。
いいシャンプーでも使ってるのか?気になるけど、「お前いい匂いするな」とか言ったら変態扱いされるだろうし、下手すりゃセクハラだ。
労基さん、うちは健全です。安心してください。
とはいえこの距離感、慣れてない男子には毒だぞ?
「あと、メイドが主人と手、つながないよな?」
「つなぎますよ?」
そう言って、恋人つなぎで俺の左手をがっちりホールドするシズク。
小首を傾げて、心底不思議そうな顔をしている。
手を引こうとしても、びくともしない。……何この握力。
そんなこんなで、俺は王都へと向かうのだった。