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最終話-これが俺の答えだ

お待たせしました!最終話です。

前回、橘は再び血清を打ち、自ら西山との最後の決戦に挑むことを選びました。

果たして、最後に立っているのはどちらなのか――?

前置きはこのくらいにして、どうぞ!

変身した西山は自分よりもずっと大きく、異星の力を宿した怪物のような存在――しかも、さっきまで橘を一方的に叩きのめしていた相手だ。

それでも今の橘の心に、恐怖という言葉はなかった。

複雑な感情を抱えながら、彼は深く息を吸い込み、身体の奥底から湧き上がる──懐かしくも異質な力を再び感じ取る。

全身の細胞が暴れ出すように力を吐き出し、橘の意志を刺激してくる。

だが前回のように最初から制御を失いかけた時とは違い、今回は明らかに安定していた。

比嘉博士の言葉どおり、これが“改良版”というやつかもしれない。

とはいえ油断はできない。橘は神経を研ぎ澄まし、拳を固く握りしめた。

「前にこの力を使った時は、悲劇しか生まなかった……。でも今度こそ――!」

橘の姿を見た西山は一瞬目を見開いたが、すぐに表情を歪め、両腕を棘付きのハンマーのような形へと変化させる。

怒号とともに、彼は地面を踏み砕く勢いで橘へ突進した。

橘は肩と指を軽く鳴らし、まるでいつもの喧嘩前の準備運動のように身構える。

次の瞬間、彼は屋台の地面に転がっていたガスボンベを片手で掴み、投球のようなフォームで思い切り西山に向かって投げつけた。

西山はすぐにハンマーを振り抜き、ガスボンベを粉砕した。

だがその瞬間、爆発したガスが激しい火花と衝撃波を生み出し、その勢いが彼自身にも襲いかかる。

次の瞬間、火花の中から飛び出したのは橘だった。

彼は空中で膝を構え、そのまま西山の頭部に渾身の一撃を叩き込む。

凄まじい衝撃音と共に、西山のヘルメットがひび割れ、巨体がよろめいた。

体勢を立て直す暇もなく、橘は胸元へと拳を叩き込み、続けざまに連打を浴びせる。

最後に強烈な蹴りを叩き込み、西山の身体を後方へと吹き飛ばした。

橘はそのまま畳みかけるように前へ踏み込む。

だが、西山も黙って殴られるつもりはなかった。

両腕を前に突き出し、鋭い突進を繰り出す。

橘は回避が間に合わないと判断し、瞬時に反応――

足で西山の膝を思い切り蹴りつけ、バランスを崩させる。

重心が揺らいだその隙を逃さず、上昇するアッパーで顎を撃ち抜き、すぐ背後へと回り込む。

腰を抱え込むように腕を回し、そのまま渾身の力で背負い投げる。

「うおおおッ!!」

鈍い音を立てて西山の巨体がコンクリートに叩きつけられ、装甲の一部が再び砕け散った。

西山は怒りに我を忘れ、再び体勢を立て直すと、考えるより先に低い姿勢で橘へと突っ込んだ。

地面を蹴りつける音とともに、巨体が弾丸のように迫る。

橘も構えを低くして、正面からその突進を受け止める。

しかし――いくら血清を打っているとはいえ、西山の力と速度は桁違いだ。

押され、押され、それでも橘は一歩も退かず、錘の一撃を喰らいながらも歯を食いしばって踏みとどまる。

「ぐっ……まだだ!」

全身の筋肉が悲鳴を上げる中、橘は渾身の力で西山の腰を掴み、体ごと横へと投げ飛ばした。

「うおおおおっ!」

巨体が宙を舞い、地面に激突する音が響く。

その瞬間、橘は飛び上がり、拳を固めて西山の顔面に叩き込んだ――まさに先手必勝の一撃だった。

西山はすぐに立ち上がり、怒り任せに錘を振り回した。

橘は身を低く屈め、刃のような軌道を紙一重でかわす。

そのまま腰をひねり、肘を鋭く突き出して西山の顔面を打ち抜いた。

「ぐっ……!」

衝撃に西山の巨体が揺らぐ。

橘は一歩も止まらず、再び体を回転させ、腰の捻りを活かしてもう一方の拳を叩き込む。

拳が装甲をへこませ、鈍い爆発音のような衝撃が響いた。

その一撃に、西山の動きが明らかに乱れ、隙が生まれる。

橘は自分の小柄で俊敏な体格を最大限に活かし、西山の周囲を縫うように動き回りながら攻撃を仕掛ける。

時にガードし、時に紙一重でかわし、攻防を繰り返しながら隙を狙う。

側面から膝へと蹴りを叩き込み、西山の脚を沈ませると、背後へと回り込み股下へ一撃。

さらに反対側へ素早く回り込み、足首を狙って強烈な蹴りを放つ。

連続攻撃により西山の体勢が大きく崩れ、膝をつくように前のめりになる。

橘は正面に回り込み、一方の手で攻撃を受け流しながら、もう片方の拳を反転させて顔面を撃つ。

「ぐっ……!」

西山が思わず頭を下げた瞬間、橘はその頭を掴み、肘を叩き込み、続けざまに膝蹴りを突き上げた。

鈍い衝撃音とともに巨体が揺れる。

頭がぐらついた一瞬を見逃さず、橘は手刀を振り抜き、西山の首筋に鋭い一撃を打ち込む。

「ッらぁああっ!!」

その勢いのまま助走をつけ、跳び蹴りで西山を吹き飛ばす。

西山の体が屋台の残骸に突っ込み、破片と炎が舞い上がる。

橘の流れるような連撃は、確実に西山の装甲を砕き、肉体を追い詰めていった。

もちろん、橘の攻撃はまだ終わらない。

廃墟の中に倒れた西山は、呻きながらなんとか立ち上がろうとするが、足元はふらつき、体は重そうに揺れていた。

その隙を逃さず、橘は周囲に転がっていた金属の塊を掴み、全力で投げつける。

「ぐはっ――!?」

不意を突かれた西山がたじろぐより早く、橘は地面を蹴って突進。

そのまま抱きつくように体当たりし、二人は再び瓦礫の山へと転げ込んだ。

橘は上を取り、体重を乗せて西山を押さえ込み、拳を振り下ろす。

「ッらぁああっ!! まだ終わってねぇ!!」

顔面への連打が続き、血しぶきが飛び散る。

西山も激しく抵抗し、両腕で橘を引き剥がそうとする。

しかし橘は片腕でガードし、時には攻撃を受けながらも、一瞬たりとも手を止めない。

痛みを無視し、歯を食いしばり、ただひたすら拳を振るう。

「うおおおおおッ!!」

彼の拳はもう理性ではなく、意志と怒りだけで動いていた。

だがその瞬間、橘の視界に異様な光景が走った。

殴りつける拳の動きに合わせて、目の前の世界がぐにゃりと歪む。

――昼間の学校の戦場。

……なのに、次の瞬間には真っ暗な空間の中、血まみれの凛の顔が浮かび上がる。

拳を振るたびに、その顔が壊れていく。

まるであの日、自分の手で彼女を――。

「や、やめろっ……!」

突如として脳裏に押し寄せる映像に、橘の頭は混乱し始めた。

拳が止まり、呼吸が乱れ、視界が明滅する。

目を閉じ、頭を振り、現実を取り戻そうとするが、身体の奥から鋭い痛みが湧き上がってくる。

「くそっ……今じゃねぇ……!」

激しい動悸と息切れ――それは血清の副作用の始まりだった。

橘は頭を抱え、苦しげにうめき声を上げた。

――わかっている。これは血清の副作用だ。避けようのない代償。

「くそっ……頼む、今じゃねぇってのに……!」

彼は頬を叩き、幻覚を振り払おうとするが、視界はまだ揺れている。

そんな隙を、西山が見逃すはずもなかった。

「終わりだ、橘ッ!」

両腕を再びハンマーへと変形させ、一気に距離を詰めてくる。

次の瞬間、鈍い衝撃音。

橘の身体が宙を舞い、地面を転がった。

「ぐっ……!」

必死に立ち上がろうとするが、足元がふらつく。

副作用による激痛と吐き気が波のように押し寄せ、身体が言うことを聞かない。

西山の錘が容赦なく振り下ろされ、橘は腕を上げて必死に防ぐ。

だが防御が追いつかない。

火花が散り、衝撃が骨を軋ませ、皮膚を裂く。

「うああああッ!!」

攻撃のたびに橘の身体が悲鳴を上げ、呼吸が乱れていく。

西山はそのまま怒涛の連撃を叩き込み、最後に錘でガードを弾き飛ばすと、

「消えろッ!」

顔面へ強烈な一撃。続けざまに蹴り飛ばし、橘の体を瓦礫へと叩きつけた。

戦いはさらに激化していった。

二人のぶつかり合いで、周囲の瓦礫に散らばっていた電線が火花を散らし、あちこちで小さな火が上がる。

屋台の残骸にはガスや油などの可燃物も多く、瞬く間に炎が広がり、空気が焦げた匂いで満たされた。

赤い火花が舞い、炎が二人の間を照らす。

その光景はまるで地獄そのものだった。

橘は自分の服に燃え移った火花を慌てて叩き落としながら、胸ポケットに違和感を覚える。

「……っ!」

中に入っていた凛の写真――その端が、ゆっくりと燃え始めていた。

「だ、だめだっ……やめろ!!」

橘は必死に手で火を叩き消そうとする。

だが、写真はみるみるうちに燃え広がり、炎の中から――あの時の凛の姿が浮かび上がった。

血に染まった顔、崩れ落ちる身体。

そして、背景にはあの日の病院。そこまでもが炎に包まれていく。

「や、やめろぉぉぉっ!!」

橘は頭を抱えて叫び、逃げ出そうとした。

だが、いつの間にか背後に迫っていた西山が、容赦なく錘を振り下ろす。

「ぐっ……!」

連撃を浴び、橘の体が再び地面に叩きつけられる。

耳鳴りが鳴り響き、視界がぼやけ、何もかもが遠のいていく。

彼の目の前で、凛の写真がゆっくりと灰へと変わっていった。

その瞬間、橘の世界から音も色も消えた。

凛の写真が灰へと変わっていくにつれ、橘の身体の奥で何かが軋み始めた。

頭の中で痛みが爆ぜ、胸の奥が焼けるように熱い。

理性の糸が一本ずつ千切れていく。

「……っ、あ、あああああ……!」

声にならない叫びをあげながら、橘の瞳から光が消えていった。

西山はゆっくりと倒れた橘の方へ歩み寄る。

勝利を確信し、錘を構えたその瞬間――。

「ドンッ!」

炎の中で何かが爆ぜた。

立ち上る火の粉の向こうから、一人の影が現れる。

「……っ!」

炎に照らされながら、男は血を吐き捨て、焦げた上着を手で引き裂くように脱ぎ捨てた。

それは――橘だった。

全身に無数の傷を負いながらも、その目だけは燃えるように鋭い。

もはや痛みも苦しみもない。ただ、殺気だけが彼を包んでいた。

西山はその表情に覚えがあった。

――あの時、街角でチンピラたちを叩きのめした時と同じ目だ。

だが、今回はその気配が何倍にも濃く、まるで獣が目覚めたような圧を放っている。

西山は思わず身構え、両腕を刀斧へと変形させた。

それでも橘は微動だにせず、ただ怒りと憎しみを混ぜた目で相手を睨みつけていた。

火の粉が舞い、二人の間の空気が震える。

「……てめぇ、よくも……」

低く唸るように呟き、橘は一歩、また一歩と西山に向かって歩み出す。

二人の戦いは、まだ終わっていなかった。

=============================================


二人は同時に雄叫びを上げ、地面を蹴った。

炎を背に、再び衝突の瞬間が訪れる。

西山の両腕が振り抜かれ、空気を裂く。まるであらゆるものを両断する死神の斧だ。

橘は身を沈め、紙一重でその斬撃を避ける。

刃先が髪をかすめ、数本が宙に舞った。

すぐさま西山のもう一撃――それを橘は足技で迎え撃つ。

「はああっ!!」

肩と腕を連続で蹴り上げ、攻撃の軌道をずらす。

距離を詰め、長いリーチの利点を潰すように懐へ潜り込むと、

左で右腕を受け流しながら、右のフックを顔面に叩き込む。

さらにその勢いのまま、横腹へ強烈な蹴り。

「ぐっ……!」

西山が息を詰まらせた瞬間、再び刀斧が振るわれる。

橘はしゃがみ込み、身体をひねってかわし、そのまま肩から突っ込むように胸へ体当たり。

「うおおおっ!!」

衝撃で西山の巨体がのけぞる。

だがすぐに横薙ぎの一撃が迫る。

橘は両腕でガードしながら後退するが、鋭い刃が腕を掠め、赤い血が飛び散った。

「っぐ……ああああっ!!」

腕から滴る血が地面に落ちる。

切り傷こそ浅いが、焼けるような痛みが止まらない。

西山はその隙を逃さず、狂ったように刃を振るう。

「まだ終わらねぇぞ、橘ッ!」

両腕を交互に振り下ろし、斧の軌跡が火花を散らす。

長いリーチと膂力を活かし、橘を近づけさせない。

橘は必死にステップを踏み、体をひねってかわすが、攻撃の圧に押され続けていた。

反撃の隙はほとんどない。

それでも何とか反撃の糸口を掴もうと、瓦礫の中から金属片を掴み取る。

「これなら……!」

だが、その思考が終わる前に――

西山の斬撃が唸りを上げ、掴んだ鉄片は一瞬で粉々に砕け散った。

「っくそっ……!」

橘は咄嗟に地面の砂や瓦礫を掴み取り、それを西山の顔面めがけて投げつけた。

「っ――!」

思わず顔を覆う西山。その一瞬の隙を、橘は逃さない。

一歩で間合いを詰め、渾身のストレートを胸元へ叩き込む。

さらに肩と足を揺らしてフェイントをかけ、反対方向から拳を横殴りに振り抜いた。

「ぐあっ!」

顔面に炸裂した衝撃で、西山の体が後方へよろめく。

そのまま突っ込もうとした西山の動きを、橘は素早くしゃがみ込み手を地面につき、両脚で下半身を蹴り飛ばすことで阻止した。

「うおおおおっ!」

西山の巨体が後ろに倒れ込む。

橘は間髪入れず飛びかかり、彼の腕を掴んで十字固めに持ち込んだ。

「っらぁあああ!!」

全身の力を込めて抑え込みにかかるが、西山も激しく暴れ、残った片腕の刀斧で橘の脚を切り裂こうとする。

刃が肉を裂き、血が飛び散る。

「ぐっ……!」

痛みをこらえながらも、橘は力を緩めない。

「うあああああッ!!!」

刃が刺さり、血が噴き出しても、橘は腕を離さない。

歯を食いしばり、獣のように唸り声を上げる。

痛みと怒りが混ざり合い、彼の力はさらに増していった。

「うおおおおおっ!!」

骨が軋む音――そして、乾いた「バキッ」という音が響く。

橘は渾身の力で西山の腕をへし折った。

「ぐあああああああっ!!」

西山の絶叫が炎の中にこだました。

西山は絶叫とともに暴れ狂い、全身の力を振り絞って橘の抑え込みを強引に振りほどいた。

「ぐああああっ!」

そのまま逆に橘の上にのしかかり、残った片腕の刀斧を振りかぶる。

「死ねぇえええッ!!」

鋭い刃が空気を裂き、橘の頭上へと迫る。

橘は両腕でそれを受け止めるが、凄まじい力に押し負けそうになる。

刀斧の刃先が少しずつ顔へ近づいていく――もう数センチで届く距離。

「っく……ふざけんなっ!!」

歯を食いしばり、頭を横に逸らすと同時に腕を弾き返す。

刃は地面に深く突き刺さり、火花を散らした。

その一瞬の隙を逃さず、橘は拳で西山の顔を殴りつけ、

腰と腹筋の力を爆発させるように下から体を突き上げ、体勢を入れ替える。

「おおおおおっ!!」

勢いのまま西山を押し倒し、再び上を取った。

だが西山も止まらない。

再び刀斧を振り上げ、橘の胴を狙う。

「ぐああっ……!」

刃がかすめ、血が飛び散る。

それでも橘は腕を伸ばし、西山の手首を掴んで押さえ込み、

もう片方の拳を高く振り上げ、渾身の力で顔面を叩きつけた。

「うおおおおおおッ!!!」

西山は必死に抵抗を続け、刀斧を振り回して反撃を試みる。

刃が橘の肩や腕をかすめ、そのたびに血が飛び散った。

だが橘は構わず、ただ無心に拳を振り下ろす。

「うおおおおっ……まだだッ!!」

怒号とともに拳が何度も西山の顔面を叩き、装甲が砕けていく。

金属片が飛び散り、やがて西山の顔の一部が覗いた。

息が荒く、腕の感覚ももうほとんど残っていない。

それでも橘は攻撃の手を止めない。

次第に、西山の動きが鈍くなり、抵抗の力も弱まっていく。

だが同時に、橘自身の体も限界に達していた。

全身に走る痛み、燃えるような熱、そして血清による異常な興奮。

頭がぐらぐらと揺れ、視界が赤く染まる。

理性が遠のき、拳を振るうたびに何かが壊れていく。

「はぁ、はぁっ……!」

手は血で滑り、骨の軋む音が聞こえる。

それでも――止まらない。

ただ、目の前の敵を叩き潰すために。

そのときだった。

橘の脳内に、低く不安定な声が響いた。

『早く……殺せ……!』

『殺せばいい……それで証明できる……!』

『今だ、迷うな! 叩き潰せぇええッ!』

複数の声が、頭の奥で渦を巻くように響き渡る。

誰の声かもわからない。

だが、そのすべてが橘を追い詰め、心をかき乱していく。

「や、やめろ……やめろぉ……!」

頭を抱えて叫んでも、声は止まらない。

理性が、音を立てて崩れていく。

やがて、身体の内側も外側も焼き切られるような激痛と灼熱が橘を襲い、彼は苦悶の叫びを上げた。すると、再び幻覚が彼を包み込む。

今度の幻はこれまでにないほど断片的で――だが鮮明だった。

そこに映るのは、過去の自分たちの数多の姿だった。

卒業後、職場でつまずきながらも徐々に順応していった橘。

二代目ポリス様の選抜に落ちたが、高瀬の勧めでDSAに入ってそこそこの立場を築いた橘。

凛とスタント撮影中の事故を受け入れ、彼女を許して共にリハビリに励んだ橘。

そして、西山の異変を早めに察知し、ここまでの最悪の事態を未然に防いだかもしれない橘――。

可能性は幾通りもあったはずだ。

「お前、ほんとにわかってないんだな。選択肢は山ほどあったのに、なぜいつも同じミスを繰り返す? お前は結局、失敗作のままだ。」

「マジであきれるよ。哀れなクズだ、生まれつきの敗者だ。」

「もう――取り返しのつかないことばかりだ。可能性は全部消えたんだよ。」

そんな罵声のような声が、幻のような橘たちの顔から波のように押し寄せる。

橘は手を伸ばして彼らを掴もうとするが、その手に触れるのはただの空虚だけだった。

幻影はたちまち溶け去り、残ったのは虚無と己ひとり。

「どうせもう…良いことなんて戻ってこないんだ……全部、俺が原因なんだ……俺のせいだ……」

そう呟いた瞬間――その言葉がきっかけになったのか、橘の脳裏に一つの記憶が鮮烈に蘇る。

誰でもない、凛でもなく、他の誰でもなく――あの日、西山と交わしたひとつの電話の声だった。

『橘さん、“もう起きてしまったこと”って……変えられると思いますか?』

あの時の、西山の静かな声が頭の奥に響く。

「もし……あの時、俺がもっとマシな答えをしていれば……」

橘は目を閉じ、あの問いの本当の意味をもう一度考え始めた。

「西山……すまなかった。あの時、ちゃんと答えられなかった。」

橘はゆっくりと息を吸い込み、かつて自分が口にした言葉を思い出す。

『……そうだな。やっぱり、変えられないと思う。

 人がやってしまったことは消えないし、

 いなくなった人は……もう戻ってこない。』

その記憶の続きを、今度こそ自分の言葉で――。

橘は深く息を吐き出し、静かに目を開いた。

「でもな……それでもこのまま、何もせずに自分を責め続けて、

 間違いばかり繰り返してたら――俺はきっと、自分をますます嫌いになるだけだ。」

「そんなの、もううんざりなんだ……」

橘は拳を握りしめ、震える声で続けた。

「たとえ一度きりでもいい……今度こそ、正しい選択をしてみたい。」

――それが、彼の中での“答え”だった。

気がつくと、橘も西山もすでに限界に近かった。

二人とも全身が血と傷に覆われ、息をするたびに痛みが走る。

橘の手は腫れ上がり、拳を握ることすら難しい。

それでも血は止まらず、滴るように地面を赤く染めていた。

視線の先――西山のヘルメットはほとんど砕け、素顔がのぞいている。

その顔もまた、血と傷で覆われ、恐怖と疲労に満ちていた。

もう抵抗する力も残っていない。

それでも橘の目は、獣のように鋭く西山を睨みつけていた。

体が震え、拳が勝手に動こうとする。

「……っ」

歯を食いしばり、橘は拳を止めた。

「……やれよ……もう終わりにしてくれ……もう、疲れたんだ……」

西山は息も絶え絶えにそう呟いた。

その目には、もはや闘志も希望もなく、ただ諦めだけが残っていた。

橘は黙って見下ろし、ゆっくりと拳を握る。

――これが最後だ。

「うおおおおおおッ!!!!!」

橘は渾身の力で叫び、拳を振り上げ――。

次の瞬間、乾いた音が響いた。

それは殴打の衝撃ではなく、平手の音だった。

橘の掌が、西山の頬を強く打ち抜いたのだ。

「……っ」

西山の体が力を失い、そのまま崩れ落ちる。

橘は息を荒げながら、震える手で彼の鼻元を確かめた。

かすかに――呼吸があった。

橘は、全身の力を抜いてその場に座り込んだ。

「……はぁ……みんな……逃げられたよな……」

橘はよろめきながら立ち上がり、傷口を押さえて周囲を見渡した。

炎はさらに勢いを増し、今にもすべてを飲み込みそうだった。

少しでも遅れれば、自分も西山も焼かれてしまう。

その時だった。

視界の先――炎の向こうに、二つの影が見えた。

一人は大人ほどの背丈、もう一人は小さな子どものようなシルエット。

橘は思わず目を凝らす。

「……まさか……」

足元がふらつき、今にも倒れそうになりながらも、橘はその影へと一歩ずつ近づいていく。

焦げた煙の中、視界は滲んでいる。

それでも彼は目を細め、必死にその姿を見極めようとした。

そして――ようやく、二人の姿がはっきりと見えた。

「……な、なんだ……これは……?」

意識が朦朧とし、思考がうまく回らない。

だが、炎の向こうに立つその大人の姿――それは、凛だった。

彼女の隣には、小さな女の子が手をつないで立っている。

どこかで見たことのあるような、懐かしい後ろ姿。

橘は頭を抱えながら必死に記憶を掘り起こした。

「……あれは……まさか……」

やがて、脳裏に一枚の記憶がよぎる。

「君は……あの時の……!」

その小さな女の子は――十数年前、129事件の時に橘が救おうとしたあの子だった。

凛とその女の子は、燃え盛る炎の中でじっと橘を見つめていた。

「凛……俺は……」

顔中血まみれで、今にも倒れそうになりながらも、橘はふらつく足で二人に近づこうとした。

喉が焼けるように痛むのに、それでも言葉を紡ごうとする。

「おじさん、来ちゃだめ。ここは、あなたの来る場所じゃないの。」

凛は静かに首を振りながらそう言った。

「で、でも俺は……君たちは……」

橘は言葉を詰まらせ、震える声で必死に言い返そうとする。

「おじさん、ごめんね。この子、あなたに言い忘れたことがあるの。」

凛は隣の女の子にやさしく視線を向けながら言った。

「……え?」

橘は戸惑い、言葉を失う。

凛は隣の女の子を見つめ、二人は顔を見合わせて小さく微笑んだ。

「……ありがとう、お兄さん。」

その声が橘の耳に届いた瞬間、彼は静かに目を伏せた。

何も言わず、ただ最後の力を振り絞って、二人に向けて微笑む。

それは――これまでで一番穏やかで、誇らしい笑顔だった。

「……ははっ……」

かすれた笑いとともに咳き込み、力が抜けていく。

橘の体がゆっくりと崩れ落ち、炎の中で意識を手放した。

===========================================


――橘が再び目を覚ますと、そこは真っ白な空間だった。

意識はまだ朦朧としていて、視界がぼやけている。

ぼんやりと横を見ると、そこに赤い髪の女の姿があった。

橘は状況も理解せぬまま、口を開いた。

「……あー……チェンジで……」

「チェンジじゃねぇよバカヤロウッ!」

高瀨が怒鳴り返す声に、橘の意識が一気に現実へ引き戻される。

目を開けると、そこは病室だった。

周囲には高瀨をはじめ、数人の職員が集まっている。

そして同期の結依と陽介の姿も見えた。

橘の様子を見て、二人は思わず苦笑した。

「煉司、大丈夫か?」

「いや……ある意味、全然大丈夫じゃねぇな。今度は何やらかしたんだ俺?」

「医者が言ってたぞ。全身ボロボロだが、内臓も大事なところも奇跡的に無事らしい。

まったく、お前どんだけ運がいいんだよ。命、ほんとにしぶといな。」

「ははっ、当然だろ。俺のちんこと同じくらい強いからな……」

「あと、麻酔と手術の影響で、しばらくは頭がふわふわするらしいぞ。

軽くラリってるみたいなもんだってさ。」

「おぉ……クールだな、ははは……」

橘はぼんやりと笑った。

自分でも、何が可笑しいのかよくわかっていない。

「それと、しばらく経過観察が必要だ。

血清の影響で後遺症が出ないか、念のため確認しないと。」

比嘉博士が横で静かに付け加えた。

「オーケー……でさ、西山は……?」

橘は意識が戻るにつれ、最後に見た光景を思い出した。

「やつの能力はもう大幅に弱まってる。今は特殊収容施設に送られたよ。

安心しろ、学校の火災も全部鎮火したし、犠牲者も出てない。」

「……はぁ……よかった……」

橘は胸の奥から長く息を吐き出し、力なく笑った。

「おっ、橘。起きたか。」

病室のドアが開き、年配の高瀨が入ってきた。

「おぉ……お久しぶりです、高瀬さん。

まさか、あなたの顔見て嬉しい日が来るとは思いませんでしたよ。」

「喜ぶのはまだ早いぞ。DSAは一時的に閉鎖だ。」

高瀨は淡々と告げた。

「……は? 閉鎖って……どういうことですか?」

「言うまでもない。血清の件が外に漏れたんだ。

今じゃ前より状況は最悪だ。

しかも、西山以外にも関わってたやつがいることが判明してな……まだ捕まっていない。」

「マジかよ……じゃあ、あのテロの連中も……?」

「やつらも相当暴れたが、最終的にはうちのヒーローたちが片づけたよ。

それと――ポリス様の件もまだ尾を引いてる。

学校の事件で火に油を注いじまった形だな。

……ま、そんなわけでDSAはしばらく閉鎖だ。

お前らもしばらく休め。……なぁ橘、まさかとは思うが、

“俺はまだ働けます!”とか言い出すんじゃねぇだろうな?」

半分冗談、半分本気の口調で高瀨が言う。

橘はしばし黙り、そしてふっと微笑んだ。

「ありがとうございます、高瀬さん。……大丈夫です。少しくらい休みも悪くないですし。」

その答えに、高瀨もわずかに口元を緩めた。

「よし、それでいい。……じゃあ、元気でな。俺はまだ片付けが山ほどある。」

そう言って、高瀨は静かに部屋を後にした。

「よっしゃー!休暇だ!どこ行く!?韓国!タイ!シンガポール!ハワイ!」

「いっそ南の島のリゾートで思いっきりリラックスしようぜ!イェーイ!」

「太陽!ビーチ!ビキニ美女の胸とお尻!待ってろよーっ!あ、いってぇ!」

「安心しなって、煉司。お前が退院してから行くからさ。」

「健康のためにも、俺たちが代わりにお土産買ってくるよ。欲しいもんがあったら言えって。」

「ふざけんな!置いてく気かこの野郎!ハハハッ!」

橘たちキャバクラ仲間は、興奮しながら休暇の予定をあれこれ話し始めた。

しばらくして、橘の療養を邪魔しないようにと、皆は順番に病室を後にする。

病室には橘一人だけが残り、静かにベッドに横たわっていた。

少し時間が経ってから、コンコンと軽いノックの音。

続いてドアが開き、金色のウルフカットの髪が印象的な女性が入ってくる。

「よう、詩織。」橘は笑顔で声をかけた。

「やあ、煉司。体のほうは大丈夫?」

「うーん、正直まだボロボロだけどさ……」

橘はゆっくりと深呼吸して、新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込み、

少しだけ安堵したように笑みをこぼした。

「前よりは、だいぶマシになった気がするよ。ハハ。」

詩織はそんな橘の様子を見て、心から嬉しそうに、優しく微笑んだ。

数週間の療養を経て、橘はようやく退院した。

ある朝、いつもと違って彼は少しフォーマルな濃い色のスーツに身を包み、花束を手に一人で郊外へと車を走らせた。

車を降りると、静かに墓地の中を歩き、一つの墓碑の前で立ち止まる。

花をそっと供えたあと、橘は墓石を丁寧に拭きながら、ぽつりぽつりと話しかけた。

「やぁ、久しぶりだな。こんなに時間かかってごめん。

 実はちょっと長く入院しててさ。いやぁ〜、あの病院の飯、健康的すぎて逆に痩せた気がするよ。

 しかも最近、また生え際が上がってきたんだ。マジで泣ける。もう完全におっさんだよ、はは……。

 あ、そうそう。DSAが一時的に閉鎖になっちゃってさ、また無職になった。驚いただろ?何回目だよ。

 そろそろバイトでも探さなきゃな〜。俺に似合いそうな仕事あると思う?

 特技なんて大してないけど、一応DSAのオフィスで何年かは頑張ってたんだぜ?

 あ、そうだ。レジャイナ婆ちゃん家で雑用でもやるか?あの犬と婆ちゃん、元気にしてるかな。

 ……あ、ちなみに俺、ママ系熟女も嫌いじゃないけどさ……って、脱線したな。ごめんごめん。

 ま、そんな話は置いといて。聞いてくれよ、

 今度、結依と陽介たちと海外旅行行くんだ!めっちゃ楽しみ!南の島のリゾートだぜ!

 日焼け止めに水着、帽子とサングラス、それとコンドー……ごめん、ちょっとテンション上がりすぎた、ははっ……。」

一通り話し終えると、橘は花の前で静かに手を合わせ、ゆっくりと立ち上がる。

「とにかくさ、凛。心配すんな。おじさんは大丈夫だ。

 お前も、向こうで元気にやってくれよ。もし誰かにいじめられたら言え。

 おじさん、幽霊になってでもそいつらぶっ飛ばしてやるからな。

 ……じゃあ、また来るよ。バイバイ。」

橘は名残惜しそうに微笑み、墓を後にした。

近くの自販機で水を一本買い、近くのベンチに腰を下ろして小休止した。

自販機で水を一本買った橘は、近くのベンチに腰を下ろして一息ついた。

そのとき、ベンチの下から「ニャー」という小さな鳴き声が聞こえてきた。

下を覗き込むと、そこには一匹の小さな野良猫がいた。

「ん?お前、もしかしてこの前の子か?まだここにいたのかよ?」

橘がそう話しかけると、野良猫はまた「ニャー」と返事をするように鳴いた。

「鳴いたって分かんねぇよ。」

橘は少し笑いながら、水を少しだけカップに注ぎ、ポケットから小さな缶詰を取り出した。

「言っとくけど、これはお前のために買ったんじゃねぇからな。ただ……まぁ、いいや。」

缶を開けて地面に置くと、子猫はすぐに駆け寄って夢中で食べ始め、橘の足元にすり寄ってきた。

「そんなにうまいのか……?」

橘は周りを見回して、誰もいないのを確認すると、こっそり一粒つまんで口に入れた。

「うっわ、くっさ!なんだこの味!くそっ、最悪だ!」

顔をしかめてすぐに吐き出し、水をがぶ飲みして口をすすぐ。

「……はぁ、最悪。味が口に残ってる……。

 凛、お前、再生数のためにこんなのまで食ってたのかよ……。」

橘は苦笑しながらそう呟き、やがてふっと笑い声を漏らした。

空はだんだんと明るくなり、昇り始めた朝日が街を照らしていく。

橘は足元で丸くなる子猫を見つめながら、穏やかな陽射しの中で静かに目を細めた。



やぁ、みんな。ノア・ノヴァです。

いつも最後に少しだけお話ししているけど、やっぱり今回はちょっと特別だね。


まずは――ここまで読んでくれたあなた、本当にありがとう。

あなたがいたからこそ、橘の旅路を一緒に見届けることができました。

どうだったかな? 少しでも、あなたの心に何かが届いていたら嬉しいです。


見た目は「ヒーローもの」かもしれないけど、

この物語は本当は――“自分を嫌いな人間が、自分を救おうとする物語”です。

きっと僕だけじゃなく、みんなも時々「自分なんてダメだ」「うまくいかない」「自分が嫌いだ」って思うことがあると思う。

この物語で「どうすればいい」なんて答えを出すことはできないけど、

それでも橘みたいに、どんなに苦しくても、

次の選択では少しでも“ましな自分”でいられるように――そう願っています。


この作品は、僕の人生で最初の創作というわけではないけれど、

「自分は何を語りたいのか」をちゃんと理解してから、

全力で“本当に語りたい物語”を描いた、初めての作品です。

もちろん神作なんて言えないけれど、僕自身はすごく満足しています。


これから少しだけ細部を修正して、正式に完結の形にしようと思っています。

正直、物語を完結させた後にこうして話すのは初めてだから、

何を言えばいいのかもよく分からないけど……

本当に、思ったことをそのまま話しています。


橘の物語はこれで一区切り。

この先(もし続編があるなら)同じ世界観の中で、別のヒーローたちを主人公に描いていくつもりです。

それぞれ独立した物語として読めるようにもしたいと思っています。

……もしかしたら、橘たちがサブキャラやカメオとしてちょこっと顔を出すかもしれません。ハハッ。


それから、僕自身の“特撮ヒーロー”作品(ウルトラマンや仮面ライダーのような)も挑戦してみたい。

もしよかったら、コメントで「こんなヒーローが見たい」とか、アイデアを教えてくれたら嬉しいです。


僕の語り方はまだまだ下手かもしれないけれど、

それでもここまで読んでくれたこと、本当に感謝しています。


そして――こんな僕の物語を通して、あなたと出会えたこと、

本当に幸せです。


抱きしめたいくらい感動してて、ついこんなに長く話しちゃった、ごめん!(笑)

せっかくだし、みんなも何か一言くれよな!


最後に――

Noah Nova Universe(ノア・ノヴァ・ユニバース/NNU)、

僕のシリーズ世界の第一作を、ここに。


この旅に参加してくれたすべての人へ、心からありがとう。


それでは――ノア・ノヴァでした。

またどこかで会いましょう。


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