表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/9

第5話-決意

皆さん、お待たせしました!

第5話が公開されました。


ポリス様のスキャンダルが暴かれ、橘たちは新たな調査の方向を見いだします。

そして文化祭の日が近づくにつれ、彼らは少しずつ――真実へと迫っていく……。

数日前――。

西山は、暗い地下室の一角で一人の男と向かい合っていた。

男は作業台とパソコンの前で忙しなく手を動かし続けている。

一方の西山は、まるで魂が抜けたように椅子に座り込み、無言のままだった。

「……よし、こっちはもうすぐ終わりそうだな。」

男はピンク色の血清を試験管に移し替えながら、手元の器具を操作し、同時にパソコンで解析を進めていた。

「それで――お前、何か話があるって言ってたな、西山?」

ちらりと視線だけを向けるが、男の手は止まらない。手慣れた動作で次々と試薬を扱っていく。

「……あんたの名前、久世だったか?」

「久世でも、他の呼び方でも好きにしてくれ。どうせ仕事用の偽名だ。お前と同じようにな。」

「……いや、その……何て言えばいいのか……」

西山は落ち着かない様子で、言葉を探すようにうつむいた。

「なぁ、あんまり水を差すようなこと言いたくないけどさ。もし急ぎの用じゃないなら、電話で済ませるか、後で落ち着いて話せばいいんじゃないか? こんな場所にわざわざ来るのは、リスクがあるんだぞ……」

「……俺、人を殺したんだ……」

西山は小さく呟いた。しかし久世は作業音のせいで、その言葉を聞き取れなかった。

「え?悪い、今ちょっと音がうるさくて聞こえなかったんだけど?」

「殺したんだよ! くそっ!」

西山が突然、今まで見せたことのない怒りを爆発させる。拳で壁を殴りつけ、コンクリートが砕け大きな亀裂が走った。久世もその衝撃に思わず手を止め、西山の方を見つめた。

「おい、落ち着けって……。あのDSAの施設から血清を奪ったときのことを言ってるのか? あれは仕方ないだろ、あんな状況で無傷で済ませるなんて無理だ。」

「でも……あいつら、ただの関係ない人たちだったんだ……」

「関係ない? 奴らだって“いい人間”ってわけじゃない。DSAは人間を超人に変える血清をこっそり開発してたんだぞ? それに――」

「そんなことどうでもいい! 俺はただ……!」

西山は再び叫び、うつむいた。

「嶋田を憎んでる。復讐したい。それは間違いない。でも、関係のない人まで巻き込みたくなかった……それなのに、俺は……」

「何かを成し遂げるには、代償が必要なんだ。ましてや相手は現役のヒーローだ。子どもの悪ふざけとはわけが違う。」

「わかってる……ただ……本当に、これで良かったのかって思うんだ……」

西山は自分に問いかけるように呟いた。久世は手を止め、ゆっくりと彼のもとへ歩み寄る。

「なぁ、西山。ヒーローに復讐するってことが、そんな簡単にできると思ったのか? 代償なしで終わらせられると思ったのか? 覚悟はできてたはずだろ? あの日、急に“もう動く”って言ってきたのはお前だ。俺は協力するには準備が要るって言ったはずだ。全部お前が決めたことだ、誰も強制してない。お前自身、何もなかったふりをするのは嫌だって言ってただろ? もう起きてしまったんだ。戻れないんだよ。それを今さら投げ出して、何が残る? 全部無駄になるぞ?」

「……」

久世は西山に歩み寄りながら、静かに語りかける。だが西山は顔を上げず、黙ったままだった。

「西山……お前の気持ちはわかる。本当に。俺もヒーローが嫌いだ。お前がポリス様に復讐したいように、俺にも憎い相手がいる。だからこそ、一緒にやるんだ。互いのためにな。」

それでも西山は沈黙を貫いた。久世は小さく息を吐き、少し声を和らげた。

「……わかった。じゃあ、ポリス様の件、できるだけ早く情報を流すようにしてみるよ。何かあったらすぐ知らせる。」

「……もう行く。」

西山は死人のような表情で立ち上がり、地下室を後にした。久世はその背中を見送り、深くため息をつく。

「くそ……もう知らねぇよ……」

西山は地下室を出て、ふらふらと街を歩き始めた。

しばらくすると、通りの向こうにボランティアのベストを着た数人の学生が目に入る。どうやら募金活動をしているようだった。

「被災地への支援募金にご協力お願いしまーす!」

「あなたの優しさが力になります!」

西山はしばらく立ち止まってその様子を見つめ、それからゆっくりと彼らの方へ歩いていった。

財布を取り出し、中に残っていた金をすべて募金箱に入れる。

「ありがとうございます!」

「温かいお気持ち、感謝します!」

学生たちは深く頭を下げて礼を言う。

西山は何も言わずにその場を離れ、再び歩き出した。

少し歩いた先で、道端に転んで泣いている小さな子どもを見つける。

彼は辺りを見回してから、その子に近づき、黙って手を差し伸べて起こしてやった。

「ありがとう、お兄ちゃん! 優しいんだね!」

子どもが礼を言う。西山はまた何も言わず、背を向けて歩き出した。

その唇から、誰に聞かせるでもなく小さな声が漏れる。

「そうだ……いいことをした……俺はいい人間だ……悪人なんかじゃない……悪人じゃないんだ……」

=============================================


「昨夜、『ポリス様が学生時代にいじめ加害者だった』というニュースが流れてからというもの、

いまのところ本人もDSAの公式も何の声明も出していない。

ずっと信じてきた“ヒーロー”は、一体何者だったのか――」

そう呟きながら、誰かがテレビのスイッチを切った。

現在、DSA本部の会議室の一つでは、橘や高瀬を含む職員たちが集まり、ざわざわと議論していた。

「SNSはもう大炎上だよ。Xのトレンド一位が“#ポリス詐欺”だってさ。」

「関連企業もコラボや広告を一斉に切ってる。仕事が早ぇ。」

「ビルの外にも野次馬が増えてるし……マジで地獄だ。」

「ちなみに、株価も下落中。」

「高瀬さん、このまま放っておくとマズいですよ。広報部に声明を出させないと。」

「分かってる。でもその前に――まずは本人の話を聞こう。」

高瀬がそう言うと、皆の視線が一斉に部屋の隅へ向かった。

そこには、俯いたまま動かず、顔色の悪いポリス様が一人、重く沈んで座っていた。

橘もこれまで黙っていたが、今はただ無言で彼を見つめている。

しばらくの沈黙ののち、ポリス様は小さく息を吸い、震える声で口を開いた。

「……正直に言うと……いつかはバレると思ってました……」

「……つまり、事実なんですね?」

「……はい……僕は昔……最低な人間でした……」

言葉を絞り出すようにそう言い、彼は顔を上げることもできない。

誰とも目を合わせられず、うつむいたままの彼に、会議室は一瞬、凍りついた。

橘も腕を組み、視線を落としたまま、ただ黙っていた。

「……どうして今まで一言も聞かされてなかったんですか?

 私たちのこと、そんなに信用できなかったんですか?

 それとも、ずっと隠し通すつもりだったとか?」

「ち、違うんです……そんなつもりは……ただ……」

ポリス様は何か言おうとするが、喉が詰まり、言葉にならない。

「……まあいい。責めても仕方ない。今は事態の収拾が先だ。」

高瀬は息を吐き、冷静に指示を出す。

「まず広報に頼んで、公式の謝罪声明をすぐ用意させて。できれば今日中に発表。

 ポリス様、しばらく忙しくなりますよ、覚悟しておいてください。」

「……はい。何でも協力します。」

「それと、予定されてた出演やイベントは全部中止にしましょう。」

「直近では、青羽高校の文化祭にゲストで呼ばれてましたね。

 まだ返事はしてないようですが。」

横の職員が補足する。

「青羽高校……あなたの母校、でしたね? つまり、あの時の……?」

「……はい。だからこそ、返事できずにいたんです……」

「……その時、何があったのか詳しく聞かせてくれますか?

 整理できてからでもいい、資料で出してもらえれば。」

「わ、分かりました……準備して提出します。」

「よし。それじゃ文化祭の件はキャンセルで……とりあえずはそれで。」

その時、ずっと黙っていた橘が手を挙げた。

「高瀬さん、ちょっといいですか。」

「どうしたの、橘?」

「いや、俺こういう広報のことは詳しくないんですけど……

 全部の発端があの学校なら、こっちからも学校に何か行動を起こすべきなんじゃないかと。」

「……たとえば、学校に直接行って、謝罪と説明をする……とか?」

「え、あー、まあ……そんな感じです。

 どうせ避けて通れないなら、早めに顔を出して話したほうがいい気がして。」

橘の言葉に、高瀬たちは顔を見合わせ、会議室は再びざわつき始めた。

「でもさ、文化祭の真っ最中にそんな話を持って行くのは、

 空気的にどうなんですかね?」

「逆に、こういう時だからこそ行く意味があるんじゃないか?」

「そもそも学校側が受け入れてくれるかどうか分からないだろ。」

「いや、むしろ学校の評判にも影響してるだろうし、

 向こうとしても早く収めたいはずだよ。」

職員たちの意見が入り乱れる中、

ポリス様は静かに皆の様子を見つめ、深く息を吸い込んだ。

そして、ゆっくりと立ち上がる。

その大柄な体が動いただけで、会議室の空気が一瞬で張り詰める。

「……もし許されるなら……橘さんの言う通り、僕を学校に行かせてください。」

「でも、本当にいいの? 覚悟はできてるの?」

「はい……どんな形であれ、向き合う時が来たんです。

 もう、逃げません。」

そう言って彼は顔を上げ、拳をぎゅっと握りしめた。

その表情には、迷いのない決意が宿っていた。

「文化祭って、いつ開催なんだ?」

「三日後からです。」

「よし。じゃあすぐに公式声明を出して、学校側にも連絡を取って。

 みんな動いて! 解散!」

高瀬の号令とともに、職員たちは次々と席を立ち、

慌ただしく会議室を出ていった。

ポリス様も一礼して静かに退出する。

「橘、ちょっと残って。

 ついでにその書類も渡して。」

呼び止められた橘は、

「はい」と短く返事をして席を立ち、手にしていたファイルを差し出す。

高瀬はそれを受け取り、ぱらぱらと目を通した。

「……分かった。橘、しばらくは西山の件から手を引いて。

 いつも通り業務を続けて、次の指示を待ってちょうだい。」

「了解ですけど……理由を聞いても?」

「人員の再配置よ。

 DSA襲撃事件と今回のポリス様の件、どうも無関係とは思えないの。

 調査方針を変える必要があるから、あなたは待機。

 ……それと、あんた、まさか西山ともう一人連れて飲みに行ったって本当?」

「え、あー……はい。ちょっと様子を見たくて声をかけただけなんですけど……

 確かに軽率でした、すみません。」

橘は肩を落とし、素直に頭を下げる。

「もう一つ。中村が行方不明になったわ。」

「……中村さんが?!」

「最近、彼のIDでDSAの出入り記録が何度も残ってるのよ。

 でも、その時期の彼は確実に国外にいた。

 つまり誰かに利用されたか、最悪……消された可能性もある。」

「な……っ、マジかよ……」

「念のため、これを持っていきなさい。」

高瀬はアタッシュケースを開け、橘色に光を放つ特殊な拳銃を取り出した。

「比嘉博士が例の“ケミカルライト”を改良したエネルギーガンよ。

 前より安定して扱いやすいし、もし敵に遭遇しても多少は対抗できるはず。」

「お、おぉ……了解っす。」

橘は慎重にそれを受け取り、ホルスターに収めた。

「じゃ、今日はもういいわ。

 明日か明後日、また連絡するかもしれないから。」

「了解しました。」

橘は軽く会釈して会議室を出る。

自分のデスクに戻ると、近くの同僚が資料を手渡してきた。

「橘、今週のヒーロー面談スケジュール表、これ。」

「サンキュ。どれどれ……あれ? 今回のレジャイナ担当って……西山?」

ページをめくりながら、橘は思わず昨日の夜のことを思い出す。

「……あいつ、あの時……笑ってたよな。

 これ、高瀬さんに報告した方がいいのか……?」

数秒の沈黙ののち、橘は小さく首を振った。

「……いや、今は余計な詮索はやめとこう。

 それより今週の担当は――」

そして時は流れ、青羽高校の文化祭前日。

橘は車を走らせ、指定された場所へ向かっていた。

「で? 急に俺を呼び出して何なんですか?」

運転しながら、スマホをスピーカーモードにして高瀬と通話する。

『昨日ね、ポリス様から例の資料が届いたの。』

「例のって……高校時代の?」

『そう、その時期の記録よ。ざっと目を通したけど――

 当時、彼は数人の同級生と遊びに出かけた際に事故に遭い、

 生き残ったのは彼一人。他の全員は死亡していたみたい。』

「おいおい……マジかよ、それって一体何が……?」

『彼らが行ったのは“129事件”で壊滅した禁制区域の跡地。

 そこへ立ち入ったのが原因で……事故が起きたらしいわ。』

「うわ……マジか……そ、それで? 今回の件とどう繋がるんです?」

「129事件の時の話なら、たぶんあの“異星人関連”のものだと思うわ。

 それに偶然かどうか、今回DSAを襲撃した敵も、その“異星の技術”と関係している可能性が高い。

 そしてね、当時の映像を確認したら、敵がこう言ってたの。――『これは私事だ。』って。」

「えっ……つまり……どういうことだ?」

「つまり、DSA襲撃の犯人と今回のポリス様の件は、最初から繋がっていた可能性がある。

 “私事”っていうのは、おそらくあの時の事件のことを指しているのかもしれない。」

「で、でも、あの事故って、もう当時のうちに“事故”として処理されたはずだろ?

 誰にとっての個人的な恨みなんだよ……? まさか……」

「その事件を知っているのは、本来ポリス様ただ一人のはず。

 でも――もしも、あの時の他の当事者たちが実は死んでおらず、

 何らかの“異星の力”を手に入れていたとしたら?」

「は、はぁ!? そんな馬鹿な……!」

橘は頭を押さえながら呻いた。

「もちろん、まだただの推測よ。

 だから今は、当時の他の同級生たちが本当に死んでいるのか調べている。

 そして、あなたに行ってもらうのは――その中の一人、“涼上”という同級生の家。」

「ま、待てよ……俺一人で!?

 相手が“宇宙ゾンビ怪物”みたいな奴だったらどうすんだよ!?」

「大丈夫よ。まだ何も確定してないし、

 もし危なそうだったら逃げなさい。それでいい。

 DSAの保険もちゃんと下りるから心配しないで。じゃ、頑張ってね。」

「お、おいおいおいっ……!」

通話が切れ、橘はハンドルを叩きながら叫んだ。

「ふざけんなよ……! 俺、何のためにここまで来たんだよ!」

そう悪態をつきながらも、結局は素直に任務へ向かって車を走らせた。

車を降りると、そこはごく普通の住宅街だった。

目的の住所も、見た目はどこにでもありそうな一軒家。

橘は玄関横の古びた表札を見つけ、「涼上」と書かれているのを確認した。

「ここ、で合ってるよな……? ピンポン押すべきか……?」

家の中を覗き込んでみたが、人の気配はない。

ため息をつき、周囲を軽く見回してから、

彼はそっと門扉に手をかけ、よじ登り始めた――その瞬間、背後から風が吹き抜ける。

「あなた、そこで何してるの?」

「えっ? ち、違うんだ! 俺はただ……!」

慌てて振り返る橘。半分門の上に乗ったまま、

思わず言い訳をしかけたその時――目に入ったのは、意外な人物だった。

「なっ……お、お前!? なんでここに!?」

そこに立っていたのは、この近所の住人とは思えない金髪の女性。

ウルフカットの髪を揺らし、ラフな服装で腕を組み、

門の外から呆れたように橘を見上げていた。

「それはこっちの台詞よ。

 今の時間、あなた私と会う約束だったでしょ? DSAで。」

「え……? あっ、しまった……今日だったか。

 悪い、完全に忘れてた。ったく、高瀬のやつ、

 ちょっとくらいスケジュール調整してくれてもいいのに……クソ。」

「で……今、何してるの?」

「話すと長くなるけど……最近ちょっと別の任務を任されててさ。

 とにかく悪い。もし都合がよければ、少しだけ待ってもらうか……

 あるいは、また改めて日を変えようかと。」

「……もしかして、今から不法侵入する気?」

女性は眉をひそめ、あきれたように言った。

「え、あー……技術的にはそうだけど、ちゃんと理由がある!

 上の指示なんだよ、ほんとに!」

「はあ? なんでそんなことに?」

「それが……“宇宙ゾンビ怪物”みたいなのが関係してるらしくて……」

「……はい?」

「い、いやマジなんだって! 笑わないでくれよ!」

「本当なら……逮捕は、しない……と思う。たぶんね。

 あ、ていうか……まず降りたら? その体勢、話しづらいでしょ。」

橘はまだ門の上に乗ったままだった。

言われるままに門を越えて地面に降りると、

女性は周囲を一瞥してからふわりと浮かび上がり、

優雅に橘の隣へと着地した。

「あなたは任務を続けなさい。私は横で見てるだけ。問題ないでしょ?」

「そ、そりゃ反対はできないけど……

 てか、中に本当に誰もいないのか? 勝手に入って大丈夫かよ。」

そう言うと、彼女はちらりと家の方を見て言った。

「中には誰もいないわ。今のうちに。」

「……なんでそんなこと分か――ああ、そうか。透視できるんだっけ。」

二人は顔を見合わせ、小さく息を合わせて玄関へ向かった。

「ところでさ、どうして俺がここにいるって分かったんだ?」

「あなたも知ってるでしょ。人を探す方法なんて、けっこうあるのよ。」

「……まあ、そうかもな。

 あ、そういえば髪、切った?」

「うん。ちょっとイメチェンしてみたかっただけ。」

「そっか……似合ってるよ。」

「……ありがと。」

そのあと、二人の間に少し気まずい沈黙が流れた。

そうして玄関の前に着く。橘がドアノブを回すと、鍵がかかっていた。

「えっと……あんまり音を立てたくないから、できれば……」

橘が遠回しに言うと、彼女は少し無言になってから、

ドアノブをつかんで軽く引いた――

金属の音とともに、ドアノブがまるごと外れ、粉じんが舞う。

「……いや、俺とあんまり変わらないじゃん。

 まあ、ありがと。レディーファースト、ってことで。」

橘はドアを押し開け、二人は中へ入った。

中は少し埃っぽく、古びた雰囲気が漂っていた。

電気も止まっていて、家具こそあるが、

私物はほとんどなく、長い間誰も住んでいないようだ。

橘は部屋の中を歩き回りながら、周りを見て回る。

彼女は少し後ろからついてきて、何とも言えない空気が流れていた。

橘は、その沈黙を埋めるように口を開いた。

「えっと……その……お、お嬢さん、最近どうしてる……?」

言うまでもなく、彼女は世界最強のヒーロー・お嬢。

そして偶然にも、今日は彼女との面談日だった。

「そう呼ばないで。今は制服も着てないし、ここに他の人もいないでしょ。」

「お、おっと……ごめん。じゃあ……詩織、その……最近どう?」

「うーん、普通かな。

 ただ、最近は記者とか市民に“ポリス様の件知ってる?”って聞かれまくって、うんざりしてる。

 私が知ってるわけないでしょ、ほんと。」

「そ、そっか……大変だな。」

「で、結局どういうことなの? あなたたちは何か掴んでるの?」

「いや、正直まだ詳しいことは分かってない。

 だからこそ、こうしてこの場所を調べてるんだ。」

「ふーん……で、何を探してるの?」

「んー……とりあえず見て回るだけ。

 何か怪しいものがないか確認してる感じ。」

「今なんて言った……“宇宙ゾンビ”? この家にそんなのがいるの?」

「まあ……一応機密だけど、詩織に言わされたって言えば、

 上も文句は言わないだろ。

 簡単に言うと、ポリス様の昔の“死んだはずの同級生”が

 実は生きていて、しかも“異星のゾンビみたいな怪物”になってるかもしれないって話だ。

 そいつが、前にDSAを襲った敵なんじゃないかって。」

「死んだ同級生が蘇って宇宙ゾンビ……何その話、気味悪いんだけど。」

「いや、“ゾンビ”ってのは例えだよ。

 実際に一回戦ったけど、噛まれたりはしてない。」

「ちょ、ちょっと待って。あなた、その怪物と戦ったの? 無事なの?」

「まあ、数日入院したけど、特に問題なし。」

「そういうことじゃないでしょ。

 煉司、勝てないって分かってたのに、どうしてそんな無茶を……」

詩織は不安そうに眉を寄せた。

橘は少しの間黙り込み、それから静かに口を開いた。

「……正直さ、俺みたいな人間が、

 今こうして普通に生きてるだけでもう十分贅沢なんだ。

 詩織、俺はお前みたいに誰かを救ったことなんて一度もない。

 俺は……ただ――

 だから、もし一度でも本気で誰かを救えるなら……

 その時だけは、きっと……自分を救える気がするんだ。」

「煉司、そんなこと言わないで……。

 彼女は、あなたにそんなふうになってほしいなんて思ってない。」

「たとえそうだとしても……これは俺自身が必要としてることなんだ。

 俺は……自分に、まだ救いがあるって証明したい……」

橘の声は途切れ途切れだった。

詩織は彼の後ろを歩きながら、その背中から表情を感じ取るように目を細めた。

「……まあ、その話はあとにしよう。

 とりあえず見た感じ、ここはただの空き家みたいね。」

二人は階段を上り、二階の一室の前に立った。

「ここ……たぶん、その同級生の部屋だな。」

橘がドアノブを回すと、今度は鍵がかかっておらず、扉は静かに開いた。

部屋の中にはほこりが積もっていたが、机の上に古びた野球グローブが置かれていた。

橘はそれを見つめ、何か思い出すように目を細める。

「ベッドの下に、何かある。」

詩織が気づいて声をかけると、橘はすぐに床にしゃがみ込み、覗き込んだ。

「お? 小さな箱があるな。悪いけど、ちょっと手伝ってくれる?」

頼まれた詩織は、無言のまま片手でベッドの端をつかむと、

軽々と持ち上げた。橘はその隙に箱を取り出し、

ほこりを払って中を確認する。

「……おいおい、マジかよ……」

思わず小さく呟く。箱の中には、紙の資料や記録らしきものが数枚、

そして――ひとつの決定的な物があった。

「これ……中村さんの職員証だ……。」

橘は驚いたようにそのカードを見つめた。

表面には、乾ききった血と汚れがこびりついていた。

橘はすぐに高瀬へ電話をかけ、状況を報告した。

『……分かったわ。資料はこちらで処理を始める。

 他に気になるものはあった?』

電話の向こうから高瀬の声がする。

橘は少し考えながら、ふと視線を机の上の古いグローブへ向けた。

数秒だけ見つめ、それから短く答える。

「いや……特に変なものはなかったと思います。」

『了解。じゃあ、できるだけ早くその場を離れて。

 待機を続けて、こちらからの連絡を待って。』

通話を終えると、橘は簡単に現場を元の状態に戻し、

詩織と一緒に家を出た。

「そういえば、このドアノブ……どうする?」

橘が手にしていたのは、さっき詩織が引きちぎったドアノブだった。

「貸して。」

詩織はそれを受け取り、元の位置に戻す。

そして、目を細めてノブの接合部に視線を向けると、

両目から赤いレーザーが放たれた。

金属が焼けるような音と共に火花が散り、

やがてノブはまるで溶接されたように元の位置に固定された。

詩織は軽く息を吹きかけ、冷気で一気に熱を冷ます。

「はい、これで大丈夫。」

「おお……助かった。ありがと。」

二人は顔を見合わせ、静かに家を後にした。

「なあ、詩織……今日はドタキャンして悪かったな。

 しかも、わざわざ付き合わせちまって。」

橘が申し訳なさそうに頭を下げる。

「まあ、私が勝手に来ただけだし。気にしなくていいわ。」

詩織は肩をすくめて笑った。

「それでも、ありがとな。助かったよ、詩織。」

「別にいいけど……ひとつ聞いていい?」

そう言いながら、詩織は橘の体の一部に目をやった。

「それ……また“超能力の血清”じゃないの?」

「えっ? や、やっぱり分かるか……?

 こ、これは高瀬さんに支給されたやつで、その……」

橘は慌てて弁解しようとしたが、詩織は小さく首を振った。

「どうしてそれを持ってるかじゃなくて、聞きたいのは――

 それを、また使うつもりなのかってこと。」

橘は数秒沈黙し、それから小さく答えた。

「……使わないよ。

 前に使った時……自分の手を血で染めただけだった。

 同じ過ちは、もう繰り返したくない。」

「でも、もしそれを使えば……誰かを救えるかもしれないとしたら?」

「……分からない。

 俺は自分のことなんて信じてない。

 何かいいことをしようとしても、結局いつも全部壊して、

 誰かを傷つけるだけだ。……もう、こういうものとは関わらない方がいい。」

橘はうつむき、弱く笑ったような顔をした。

詩織は何かを言いかけたが、その時スマホから警報音が鳴った。

彼女は画面を見て、ため息をつく。

「……行きなよ。俺みたいなやつの相手してる暇ないだろ。」

橘の穏やかな声に、詩織は小さく首を振った。

「……じゃあ、またね。」

「うん、また。」

二人は短く言葉を交わし、詩織は周囲を確認すると、

静かに膝を曲げ、一気に空へ跳び上がった。

上昇する風が橘の髪を強く揺らす。

彼は少しだけ空を見上げ、小さく息を吐いた。

そして車へ戻り、ゆっくりとその場を離れた。

==============================================


そして、時は文化祭当日。

その日、橘はいつになく早く目を覚ました。

空はまだ明けきっておらず、街は薄い朝の色に包まれている。

軽く顔を洗い、簡単な朝食を済ませると、彼は車に乗り込んだ。

目的地はDSAではない。

しばらく走って、郊外の静かな住宅地に着く。

車を降りて歩くと、そこには小さな共同墓地があった。

橘は墓地の入口から少し離れた場所に立ち、無言で墓碑の方を見つめる。

表情は複雑で、どこか遠いものを見ているようだった。

しばらくして、夜明けの光が地面を照らし始めた頃、

ポケットの中のスマホが鳴った。

「こんな時間に、誰だ……?」

取り出して画面を見ると、表示された名前に橘は少し驚いた。

それでも通話ボタンを押す。

「もしもし?」

『も、もしもし……橘さん、僕です、西山です。

 朝早くからすみません……』

「いや、大丈夫。ちょうど起きてたところだ。

 どうしたんだ?」

状況がつかめないまま、橘は努めて落ち着いた声を出した。

『ちょっと……話したいことがあって……。

 今、お時間ありますか?』

「うん、いいよ。話して。」

『その……前にも少し話したかもしれませんけど……

 橘さんは、“もう起きてしまったこと”って、

 変えられると思いますか……?』

橘はその言葉に少し沈黙した。

目線を再び墓地の方へ向け、しばらく考えてから、静かに口を開いた。

「……そうだな。やっぱり、変えられないと思う。

 人がやってしまったことは消えないし、

 いなくなった人は……もう戻ってこない。」

橘は深く考えたわけではなかった。

けれど、その言葉はどこか自分自身に向けているようでもあった。

電話の向こうで、西山はしばらく黙っていた。

「…………」

「おい、西山? 聞こえてるか?」

『……あ、はい。聞こえてます。そう、ですか……分かりました。』

「まあ、これは俺の考えだからな。

 ちゃんと答えになってるかは分からないけど。」

『いえ……橘さんの言う通りだと思います。

 ……なんとなく、分かりました。僕、どうすればいいのか。』

「そうか。なら、よかった。」

『本当に……ありがとうございます、橘さん。』

「そんな、大げさなことじゃないよ。」

『いえ……そうじゃなくて。

 今まで、本当にお世話になりました。』

「え? あ、ああ……うん。気にすんな。」

『それじゃ……さようなら、橘さん。』

「ん? ああ……じゃあな。」

橘はよく分からないまま通話を終え、

しばらくの間、スマホの画面をじっと見つめていた。

橘はしばらくスマホの画面を見つめたまま、動けずにいた。

その時、足元から小さな鳴き声が聞こえた。

「……ん?」

見下ろすと、一匹の野良猫がこちらを見上げていた。

まだ小さく、毛並みも少し汚れている。

「どうした? 腹減ってるのか?

 悪いな、何も持ってないんだ。

 ……そんな顔してもダメだぞ。

 猫だからって、みんなが優しくしてくれると思うなよ。」

軽く笑いながら言いかけたところで、スマホが再び鳴った。

今度は高瀬からだった。

「もしもし。橘です。」

『橘、今どこにいる? いいからすぐにDSAへ戻って。

 緊急事態よ。』

短い一言に、橘の表情が変わる。

猫の方を一瞥し、すぐに車へと走った。

エンジン音が朝の空気を切り裂く。

空はすでに明るくなり始め、遠くでは青羽高校の文化祭を告げる喧騒が、

かすかに響き始めていた。

橘がDSAの会議室に駆け込むと、

そこには高瀬のほか、比嘉博士や調査班の数名が集まっていた。

全員がそろったのを確認すると、高瀬は一冊のファイルを橘に手渡した。

表紙には「涼上」という名前。中には過去の資料や写真が挟まっている。

橘はページをめくり、高校時代と思われる少年の写真を見つめた。

どこかで見たことのあるような顔だった。

「調査の結果、涼上という同級生の旧宅から

 中村の職員証と複数の資料が見つかった。

 おそらく彼は死んでおらず、

 DSA襲撃事件やポリス様の件にも関わっている可能性が高い。

 共犯がいるかどうかはまだ不明よ。」

「じゃあ……そいつが“あの異星の怪物”ってことか?

 しかも、組織の中に潜んでるって……?」

「名前の一致はないけど、比嘉博士がDSA内部の全職員データを照合した。

 顔、体格、年齢、DNAの一部情報――

 アルゴリズムを使って“現在の姿”を推定した結果、

 最も一致率の高かったのが……これ。」

橘はファイルの次のページを開いた瞬間、息をのんだ。

「……Fuck。」

紙面には、涼上と――西山の顔が並んでいた。

数値の照合結果も、限りなく“同一人物”を示している。

橘の手が震え、冷や汗が伝う。

これまでの違和感、彼の笑み、そして――今朝の電話。

すべてが繋がっていく。

「……クソ……クソッ、クソッ!」

橘は顔を歪め、立ち上がった。

「橘、どうしたの?」

「今朝……今朝あいつから電話があった!

 “もう起きたことは変えられない”とか言ってた!

 ――今、どこにいる!?」

その時、会議室の外がざわついた。

全員が顔を見合わせ、廊下へ出る。

そこには、ヒーローのレジャイナと職員たちが立ち話をしていた。

「どうかしましたか?」高瀬が声をかける。

「いえ、約束の時間に来たんですけど……

 お会いする予定の方が見当たらなくて。

 私、時間を間違えました?」

橘の頭の中に、数日前に受け取ったスケジュール表がよみがえる。

「レジャイナ……今日、あなたの面談相手って……まさか……」

「ええ。確か、西山さんだったはずです。」

=========================================


青羽高校の文化祭当日の朝。

まだ日が完全に昇りきる前から、多くの生徒たちがそれぞれの準備や設営作業に追われていた。

時間が経つにつれて、教師や生徒たちは体育館に集合し、開会式の準備が進んでいく。

今年の文化祭は例年以上に注目を集めているようだった。

「ねえねえ、今日さ、校門の外に記者っぽい人たちいなかった? うちの学校取材に来たのかな?」

「ポリス様が来るって本当?」

「ていうか、あの噂マジなの? ポリス様、昔この学校でいじめしてたって……?」

生徒たちはざわざわと噂話を交わしながら、落ち着かない様子で開会式を待っていた。

一方そのころ、ポリス様は校内の準備室に一人で待機していた。

開始時間が近づくにつれ、胸の鼓動が早くなり、落ち着かない。

それでも、彼は何度も深呼吸を繰り返し、自分を落ち着かせようとしていた。

「……大丈夫だ。覚悟を決めてここまで来たんだ。俺は、もうあの頃とは違う……」

そう小さくつぶやいたそのとき、コンコンとドアを叩く音がした。

入ってきたのは眼鏡をかけた一人のDSA職員だった。

ポリス様は、どこかで見たことのある顔だと思ったが、なぜかすぐに思い出せなかった。

「ポリス様、申し訳ありませんが、今から2年B組の教室までご同行いただけますか?

どうやら誰かが助けを求めているようでして。」

「えっ、今ですか?……わかりました。困っている人がいるなら、すぐに行きましょう。」

二人は一緒に教室へと向かった。

ポリス様がドアを開けて中へ入ると——

「……あれ? 誰もいない?」

不思議に思って振り返ったその瞬間、背後の職員が静かにドアを閉めた。

「え……? あの……?」

ポリス様が戸惑いながら問いかける。

男は無言のまま教室を見渡し、深く息を吸い込む。

そしてゆっくりとポリス様の方へ振り向き、眼鏡を外した。

「よう……嶋田。久しぶりだな。」

「……えっ? 西山さん? どうして……?」

「“西山”じゃない。俺の本当の名前、もう忘れたのか?

……やっぱりお前は、何も覚えてないんだな。」

男は教室の中をゆっくり歩き、ある席の前で立ち止まった。

「覚えてるか? 俺、昔この席に座ってたんだ。」

ポリス様はその光景を見つめ、記憶の奥を必死に探る。

そして——思い当たる節があった。顔色が一気に青ざめる。

「まさか……そんなはずは……彼は……死んだはずじゃ……」

「ははっ、そうか。

お前としては、俺が死んでてくれた方が都合が良かったんだろうな、嶋田。」

「す、涼上……? 本当に……お前なのか……?」

涼上は静かに微笑むと、手にしていた催眠メガネを握り潰し、粉々になった破片を床に投げ捨てた。

「久しぶりだな、嶋田。

せっかくだ、少し“昔話”でもしようか——」



第5話を読んでくださった皆さん、ありがとうございます!

いかがでしたでしょうか?


今回の話は、少し展開が早めだったかもしれません。

やはり自分はテンポの取り方をもう少し磨く必要があるなと感じました。


さて、物語に戻りましょう。

橘たちは、ポリス様の過去――本来なら死んでいたはずの同級生・涼上が実は生きており、

しかも彼こそが西山だったことを突き止めます。


そして今、二人は皮肉にも再び“運命”の中で相まみえることに……。


次回――

西山とポリス様……いや、涼上と嶋田、二人の過去が明かされ、

同時に新たな危機が幕を開ける。


どうぞお楽しみに。


もし少しでも面白いと感じていただけたら、

ぜひブックマークやコメントで応援してもらえると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ