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第3話-制御不能

お待たせしました!第3話がついに完成しました。今回は内容がかなり盛りだくさんになっていますが、楽しんでいただければ嬉しいです。

それから数日間も、相変わらず仕事、仕事、そしてまた仕事。

ある朝、橘は再び西山と行動を共にしていた。西山はコーヒーを二つ手に持って車に乗り込む。

「橘さん、お待たせしました。店がちょっと混んでて。」

「気にするなよ。どうせ早く仕事を片付けたって、次から次へと別の仕事が回ってくるだけだ。」

「確かに……。砂糖一つにミルク一つでいいんですよね?」

西山は相変わらず表情に乏しいが、橘としばらく一緒に過ごしたおかげで、以前よりもずっと自然に、少しは肩の力も抜けてきていた。橘の冗談に合わせる余裕も出てきたようだ。

「正解。ありがとな。」橘はコーヒーを受け取り、一口飲んで満足そうな表情を浮かべる。

「よし。じゃあ、出発しようか。」橘はエンジンをかけ、車を走らせた。

「橘さん、今日はどこへ……?」と西山が尋ねると、橘は小さくため息をついて答えた。

「はぁ……エラー404のやつ、せっかく初めての案件で、今朝ちょうどCM撮影だったのに、撮影チームから“いま行方が分からない”って連絡が来た。今度は何をやらかしたんだか。しかも本来は中村のやつの担当なのに、まだ戻ってきやしない。くそ。」

「な、中……い、行方不明って……大丈夫なんですか?」

「まあ……アイツが危険に遭う心配はしてない。正直、かくれんぼはこれが初めてじゃない。とにかく、行けば分かるさ。」

二人はオフィスビル内のレンタルスタジオに向かった。到着すると、スタッフの一人が慌てて橘のもとへ駆け寄ってくる。

「来てくださってありがとうございます。今回のCMのプロデューサー、中尾と申します。さきほどお伝えした通りでして、撮影に入ろうとしたら、エラー404が突然いなくなりまして……。」

「そうか……一応聞くが、彼に変なことを言ったり、妙な要求をしたりしてないよな?」

「も、もちろんです!そんなことはしません!とにかく現状はこうで、どうにか助けていただければ……。」

「分かった……控室はどこだ?」

「向こうの角の部屋です。ただ、今も中にいるかどうかは……。」

「じゃあ……中はエアコンとか、座りやすい椅子とか、Wi-Fi、コンセント……揃ってる?」

「あります。むしろこのフロアで一番電波がいいくらいで。」

「なら、まだ中にいるはずだ。行ってみる。」

橘と西山は控室の前へ。橘がノックする。

「おーい、坊主。俺だ、橘だ。中にいるか?少し入っていいか?」

と、できるだけ柔らかく声をかけるが、中から反応はない。

「本当に中にいないのでは……?」と西山。橘はもう一度、落ち着いた声で呼びかける。

「心配するな、ちょっと話すだけだ。中にいるんだろ?開けてくれないか。」

それでも返事はない。橘は数秒黙り、さきほどのプロデューサーに向き直った。

「……このドアの錠を交換したら、いくらかかる?」

「えっ……そんなに高くはない、普通の錠ですけど……どうしてです?」

「了解。DSAで経費申請する。領収書、頼む。」

そう言って、橘はドア前のスペースを少し空け、数歩さがる。

「えっ……ちょ、ちょっと待ってください! まさか壊すつもりじゃ……?」

「橘さん、本当にやるんですか? 中にいないかもしれませんよ?」

「まあ……すぐに分かる。」

橘は大きく息を吸い、助走をつけてドアノブ上の枠を狙って蹴り込む――が、ぶつかる直前、ドアが不意に開き、橘はバランスを崩して前のめりにすっ転んだ。

「いってぇ……くそ……。」

床に倒れ込み、思わず悪態が漏れる。

「橘さん、大丈夫ですか?」と西山が駆け寄る。

「す、すみません……」

おずおずとした小さな声がドアの脇から聞こえ、ついでに、橘の横で人影がじわりと姿を現した。

西山よりわずかに小柄な人物が、倒れた橘のそばにしゃがみ込む。全身はグリーン基調の、スポーツウェア風のスーツ。足元やウエスト、手のひらはブラックで切り替えられ、胸には「404」の番号。中の顔がまったく見えない、やや大ぶりなヘルメット。

倒れている橘を見て、どう助ければいいか分からないといった様子で、そっと手を伸ばす――エラー404だ。

「やっぱり中にいたな、坊主。」

床に倒れていた橘は、エラー404が姿を現したのを見て立ち上がる。

「え、えっと……橘さん、大丈夫ですか……?」

エラー404は慌てて、言葉もまともに出てこない。

「落ち着け、坊主。俺は平気だ。まだ転んだくらいで病院送りになる歳じゃない。それに、さっきのはわざとだ。」

「えっ、わざと……?」

「中にいるなら、俺に蹴破られる前に自分で開けるだろ? もし本当にいなかったとしても、ドアの錠代はDSAに経費で回すだけさ。」

「ひ、ひどい……」

「所詮、若いな。」橘は少し得意げに笑い、ドアを閉める。

「そうだ、こいつは西山。DSAに入って間もない新人だ。会うのは初めてだろ。」

「はじめまして。よろしくお願いします。」

「よ、よろしくお願いします……」

エラー404は声も小さく、顔も上げずに西山の方を見ようとしない。

「人見知りが激しいだけだ。気にするな。」

「大丈夫です。それより橘さん、ところで……?」

「おっと、忘れてたな。坊主、いったい何があった?」

「す、すみません……ぼ、僕……」

「落ち着け。責めてるんじゃない。ただ事情を知りたいだけだ。座って話そう。」

橘は控室から椅子を一つ持ってきて、エラー404に座らせた。

だが残っていた椅子は一脚だけ。橘と西山はしばし視線を交わし、無言で合図を送り合う。

「西山、お前が座れ。いいから。」

「……それなら橘さんの方が。さっき転んだばかりですし。」

「……今、俺をバカにしたか?」

「事実を言っただけです。」

「ちっ、最初に来た頃なら絶対こう言ったはずだ――『す、すみません橘先輩、そんなつもりじゃ……』ってな。今じゃ自然に先輩をイジれるようになったか。はぁ……」

橘はわざと弱々しい声を出し、両手を胸の前で縮めてみせ、あからさまにふざけた仕草をする。

「だから違います。それに、僕はそんな言い方しません。」

「いや、する。」

「しません。」

「する。」

「しません。」

「ぷっ……」

不意に笑い声が漏れる。橘と西山が振り返ると、エラー404が二人のやり取りを見て、堪えきれず笑っていた。

橘も思わず口元が緩み、西山もかすかに笑みを浮かべる。

「だから俺はただ……まあいい、ここは素直に従わせてもらうさ。」

橘はその椅子をエラー404の隣まで引き寄せると、わざと反対向きに腰を下ろし、両腕を椅子の背に預けた。

「なあ、坊主。どうしたんだ?正直に言ってみろ。お前が大人しそうだからって、誰かに舐められて嫌なことでもされたか?もしそうなら、今すぐ俺がぶん殴ってきてやるぞ。」

「い、いえっ、違います。本当に。ただ僕……こんなこと言ってももう遅いのは分かってるけど……本当に、僕なんかが広告なんて向いてるのかなって……。初めて案件をもらえてすごく嬉しいのに、でも僕の性格なんて見ての通りで……まともに喋ることすらできないし、人前で撮影なんてとても……。そ、それに僕は弱いし、もっと適任の人なんていくらでもいるのに……そんなこと考え始めると、どうしても……すみません……」

「落ち着け、そんな風に言うな。じゃあ聞くぞ。お前はまだ撮りたいのか?それとも、もうやめたいのか?正直に言えばいい。本当に嫌なら撮影なんてやめちまえばいい。その時は俺がちゃんと説明してくる。もちろん穏やかに、だ。」

橘は両手を挙げて「手荒なことはしない」と示した。

「で、できるなら……僕は最後までちゃんと撮りたいです。でも……」

「なあ坊主、今日ここから逃げ出さずにちゃんとスタジオに来ただけでもう合格点だよ。それに、初めての現場だから知らないかもしれないが、撮影ってのはしょっちゅう予定が押すもんだ。みんな慣れてる。しかも役者のキャスティングは“誰が一番強いか”じゃなくて、“誰が一番雰囲気に合ってるか”で決まることが多い。つまり、お前にその雰囲気があるから呼ばれたんだ。もっと自信持て。」

「……僕に、そんな雰囲気が……?」

「お、お前にはな……あー、ほら。お前はスーパーヒーローなのに、実は人見知りだろ?そのギャップを好きになる人だっているんだ。“可愛い”“親しみやすい”“守ってやりたい”って思う奴もな。そうだろ?」

橘は無理やり形容詞を並べてエラー404の自信をつけようとしたが、その言葉に逆に404の好奇心が刺激された。

「そうなんですか?例えば、誰が?」

「た、例えば……あー、西山とか、こういう性格が大好きなんだよ。」

「ちょ、ちょっと待て!?」

「本当ですか、西山さん?」

大人しく横で聞いていた西山は、突然名前を出されて一瞬ぽかんとし、呆気にとられる。だが橘の意味深な視線と、ヘルメットの奥から熱を帯びるような視線を感じ、二重の圧に押されて、仕方なく営業スマイルを作った。

「お、おう……はは……とくに“若い人”はこういうの好きだしな。」

わざと“若い人”を強調して橘を見ると、橘は苦笑いを浮かべた。

「だからな、坊主。難しく考える必要なんてない。今は“ちゃんと広告を撮り終える”ことだけ考えればいいんだ。俺たちも横にいるんだし、問題ない。」

「わ、分かりました……僕、頑張ります……」

少し気持ちを整えたエラー404は、橘と西山と一緒に休憩室を出て、再び撮影現場へと戻った。

「よし、この子はもう準備できてる。」

橘はエラー404の肩に手を置き、プロデューサーへと状況を伝えた。

「ご、ご迷惑をおかけして……どうぞよろしくお願いします……」

エラー404はまだ声が小さく、頭を下げたままだったが、制作側は特に気にする様子もなかった。

「よしっ。おい、誰かメイクとヘアセット頼む! 全員、準備に入れ!」

プロデューサーの号令で、他のスタッフたちは慌ただしくエラー404を支度に連れていった。

(……いや、こいつ透明になれるのにメイクとヘアセットって意味あるのか?)

橘は思わず心の中で突っ込みを入れた。

「そういえば聞き忘れてたけど、このCMって結局なんの宣伝なんだ?」

「Aurevoの今シーズン新作アパレルです。」

「えっ?あの高級ブランドじゃねえか……って待て、お前ら、透明になれる奴を新作のモデルに起用したのか?」

「会社側は“話題性もあるし、視聴者の目を服そのものに集中させられる。さらにヒーロー効果でブランド力も跳ね上がる”って言ってましてね。まあ……俺なんか所詮、金もらって広告作ってるだけの社畜ですし、変だと思っても従うしかないんですよ。」

「その仕事観、気に入ったよ……でな、こういうこと言うのもあれなんだが……元々この案件を担当してたDSAの奴が今不在で、俺たちも急に呼び出されて朝っぱらから駆けつけて、不機嫌な彼女を宥めるみたいにあいつをどうにか連れ出したんだ。これ、結構大変だったわけよ。だからさ……分かるだろ?ちょっとした“お心遣い”とか……」

橘は妙にフレンドリーな口調で身をかがめ、プロデューサーの肩に手を置き、笑顔で言外の意味をにじませた。

「……倉庫にシーズンオフ商品が少し残ってますが……」

「いやぁ〜ご丁寧にどうも。そこまで言ってもらえるなら、ありがたく頂戴しておきますよ。感謝感謝!」

橘はにっこり笑いながらもう片方の手を差し出す。プロデューサーは握手だと思い自分の手を伸ばしたが、次の瞬間、橘の空の手から一枚の名刺がひらりと現れた。

「俺の名刺だ。今後ともよろしくな。」

プロデューサーは無言で呆れ顔を見せ、名刺を受け取ってそそくさと自分の仕事へ戻っていった。現場には橘と西山だけが残された。

「礼には及ばねぇよ。あれは昔、他の奴から教わった技だ。」

橘は少し得意げに言ったが、西山は特に驚くこともなく受け流した。

「それと、さっきはありがとな。一緒に芝居してくれて。巻き込んだ上に嘘まで言わせちまって悪かったな。」

「芝居?ああ……休憩室でのことですか。あんなの大したことじゃありません、気にしないでください。」

「西山、なんか芝居慣れしてる感じだな。前にやったことあるのか?」

「いや……そこまでじゃないです。むしろ橘さんのほうが現場に詳しそうですけど?」

「ん?俺? まあ昔ちょっとな、撮影現場でバイトしたことがあってさ……エキストラ専門だったけどな。」

「なるほど。」

「はは……そろそろ撮影も始まりそうだし、あの子の様子を見てくるか。どうせまた透明になって隠れたりしかねないしな。お前は少し休んでろ。」

「分かりました。お疲れさまです。」

西山は橘が歩き去っていく背中を見送りながら、さっきまでの柔らかい表情がどこかぎこちなく固まっているのに気づいた。しかし深くは考えなかった。

「……あれも、完全な嘘ってわけじゃないのかもしれないな。」

西山は俯き、普段のように重たい表情で小さく呟いた。

「誰かを……守りたいのか……」

============================================


撮影が終わったあと、橘と西山はまずエラー404を送り届け、そのまま車で現場を後にした。後部座席には、さっき受け取ったブランド服の紙袋がいくつも置かれている。

「いやぁ〜最高。めっちゃ得したな、これは。」

西山がちらりと橘を横目で見やると、彼はすでにいつもの軽い調子に戻っていた。道中、二人は道端に停まっているサンドイッチのフードトラックを見かける。そこには行列もできていた。

「おっ、あれ結構有名なサンドイッチ屋らしいぞ。悪いけど、ちょっと並んで買ってきてもいいか?」

橘は西山に意見を求めた。

「いいですよ。ついでに食べてから戻りましょうか。」

「ナイスアイデアだ。これでまた会社に帰るのも遅くできるしな、ははは。」

車を路肩に停め、西山はその近くで待ち、橘はフードトラックの列へと向かった。西山はスマホを取り出し、しばらく操作していたが──ふいに、隣の路地から騒がしい声が聞こえてきた。顔を上げて様子を伺う。

「た、助けてくれ!」

「キモいんだよ、ヒーローオタク。好きなスーパーヒーローでも呼んで助けてもらえよ!」

数人の不良らしき男たちが、ひとりの細身の青年を囲み、罵声を浴びせながら殴る蹴るの暴行を加えていた。さらにその中の一人は、スマホを構えて必死に抵抗する青年の惨めな姿を撮影している。

西山はただじっと、考え込むようにその光景を見つめていた。

「おー、悪い悪い。けっこう並んでてさ……西山?」

「……あ、橘さん……」

橘は片手にフードの袋、もう片手にドリンクを持ったまま戻ってきたが、西山の表情に気づき、視線の先──路地の騒ぎへと目を向けた。

「ったく、最近の若いのは……。ちょっと待ってろ。」

橘は袋を西山に預け、ドリンクを片手に吸いながら、ひとりで路地へ入っていった。

「ははっ、笑えるわ、もっと続け──ん?誰だ……?」

スマホで撮影していた男が、不意に画面の前に大きな手が覆いかぶさるのに気づいた。振り向こうとした瞬間、真正面からぶつかったのはまるで壁のように分厚い橘の体だった。

「……っ」男は言葉を失い、口を閉ざす。その様子に他の連中も橘の存在へと気づき、一斉に動きを止めた。高い背丈と、言葉にできない圧のような気配が場の空気を一瞬で変えていた。

橘は暴行を受けていた青年とチンピラたちの間に歩み出ると、片手に持った飲み物をすすりながら、低く言い放った。

「若いの。ここで何があったかは知らんが、言いたいことがあるなら言葉で済ませろ。すぐ手を出すんじゃない。」

「な、なんだよおっさん!あいつの知り合いか?」

「知り合いじゃなきゃ口出しできねぇって決まりでもあるのか?」

「関係ねぇだろ、おっさん!余計なことしない方が身のためだぜ!」

先頭に立っていたチンピラは、見栄か、あるいは意味不明な虚勢か──橘の胸を突き飛ばした。だが橘の体は、ほんのわずか後ろに揺れただけだった。橘はわずかに眉をひそめながら、手にしたドリンクをそのまま啜り続ける。

「お、オッサン……でかいからっていい気になるなよ!こっちは五人いるんだぞ!」

「ふん、見りゃ分かる。でもな──むしろもっと仲間を連れてきた方がいいぜ。そうじゃないと、救急車呼ぶ奴と病院まで運んでくれる奴が足りなくなるだろ?」

あまりにも余裕しゃくしゃくな口調に、チンピラたちは呆れ顔で黙り込む。橘は数秒ほど沈黙し、つまらなそうに目をぐるりと回した。

「もういい、若いの。お前ら、口の利き方すら下手くそじゃねぇか。さっさと消えろよ、ボーイバンド共……ボーイバンド……ごほっ、ごほっ!あはははっ!ごほっ、ごほっ!あはははは〜!」

ストローで飲み物をすすっていた橘は、自分で適当に放ったオヤジギャグにツボってしまい、むせながら大笑いする羽目になった。

チンピラたちはまるで状況が掴めず、呆然と立ち尽くしたが──相手が只者ではないことだけは理解していて、誰一人として軽はずみに手を出そうとはしなかった。

相手がいつまでも動かず、しかし去ろうともしないのを見て、橘はもう相手にするのも面倒になった。くるりと背を向け、後ろで倒れている少年の方へ歩み寄る。彼を支え起こし、地面に散らばった持ち物を拾い集めてやった。

「坊主、大丈夫か?」

「う、うん……大丈夫です。ありがとうございます。」

橘は少年の落としたスマホを拾い上げ、その背面のカバーに目を留めた。どうやら特別なコラボモデルらしい。

カバーには一人の女性が描かれている。足元から黒いブーツとジャージのパンツ、腰にはベルト。上半身は黒・白・琥珀色が不規則に混ざったジャケットを羽織り、黒い手袋には金属の爪のような装飾。何より目を引くのは、目元を覆う黒いマスクと、頭に乗った可愛らしいピンク色のネコミミヘッドホンだった。独特でありながらもどこかファッション性を感じさせるデザインだ。

橘はそのイラストをしばし黙って見つめ、ふと表情を曇らせてから口を開いた。

「……お前、ミャウリンのファンか?」

「は、はい。彼女はもういませんけど……それでも、ずっと好きなんです。

「ちっ……ヒーローなんてどこが崇拝できるんだよ。死んだくせに、まだグッズ売ってオタクから金巻き上げてんのか?それが“ヒーロー”のやることかよ?」

「……今、なんて言った?」

チンピラの独り言じみた悪態が、どうやら橘の耳に入ってしまった。

「はぁ?おっさん、さっきから何なんだよ──」

言い終える前に、彼の顔面にドリンクのカップが叩きつけられた。中身の液体と氷が弾け飛び、顔も服もびしょ濡れになり、男はむせ返りながら咳き込む。

「……今、なんて言った?」

チンピラの独り言じみた悪態が、どうやら橘の耳に届いてしまった。

「はぁ?おっさん、さっきから何なんだよ──」

言い終える前に、彼の顔面にドリンクのカップが叩きつけられた。中身の液体と氷が弾け飛び、顔も服もびしょ濡れになり、男はむせ返りながら咳き込む。

「いってぇ!げほっ、げほっ!な、何しやがんだ!」

怒鳴る声を背に、カップが床を転がり、乾いた音を響かせる。直後、ズシン……ズシン……と、重い足音が路地裏に満ちた。

さっきまで余裕たっぷりだった空気は一変する。橘の表情は険しく、纏う気配は獰猛な獣──獲物を仕留める寸前の捕食者の眼光だった。

「……おい、聞こえなかったのか?」

橘は鋭い眼差しを崩さぬまま、じりじりと距離を詰めていく。

「──俺が聞いてんのは、お前がさっき何を口にしたかだ。」

低く押し殺した声。それは怒りを堪えきれず滲み出る圧そのものだった。

「お、おい……あいつ、こっちに来てるぞ……ど、どうする?」

「や、やばくね?あの顔……ただ事じゃねぇよ。逃げた方がいいんじゃ……?」

仲間のチンピラたちは橘の迫力に気圧され、思わず顔を見合わせた。どうしていいか分からず、リーダーの判断を待つ。だが当の本人も、橘がじりじりと歩み寄ってくる重圧に押し潰されそうになっていた。

恐怖と緊張の板挟みに追い詰められ、ついに彼の心は耐えきれず弾けた。

「う、うおおおおっ!」

絶叫と共に、リーダー格は自棄になったように橘へ突進し、拳を振りかぶった。

巨体ながら、橘の動きは驚くほど鋭かった。右前へスッと身をずらし、相手の右拳を左手で受け流す。

その反動を利用し、右の拳を胸元へ突き上げるように打ち込んだ。

「ぐっ──!」

リーダー格の男はバランスを崩し、数歩よろめき後退する。

橘は逃さず、長いリーチを活かして右手で髪を鷲掴みにした。ぐいと自分の方へ引き寄せると、すかさず左肘を顔面へ叩き込む。

立て続けの打撃に、相手は逆上したように左側から突っ込んできた。

橘は身を半歩ひねり、右手でその突進を受け止める。すぐさま左手を反転させ、胸元と鼻先へ素早く拳を叩き込んだ。

「ぐあっ──!」

再び体勢を崩したところを、橘は両肩をがっしと掴み、下へ引きずり落とす。同時に膝を振り上げ、鳩尾へ鋭く打ち込んだ。

さらに襟元を掴んで顔をぐっと引き寄せ──

「っらぁ!」

そのまま額で顔面を強烈に打ち据える。血と痣に覆われた男は、もはや立っているのがやっとの状態だった。

「まだ口が利けるうちに答えろ──さっき何を言った?」

「ゆ、許してくれ……お、俺は……何も言ってない……!」

橘の鋭い眼光に射すくめられ、男は恐怖に震えながら、やっとの思いで命乞いの言葉を吐き出した。

「う、うわあああっ!」

仲間のチンピラたちが叫びながら一斉に突っ込んでくる。

橘はまず、掴んでいた男の体を勢いよく投げ飛ばし、別の一人にぶつけて二人まとめて倒した。さらに足を振り抜き、蹴り飛ばして追撃する。

次に、横から殴りかかってきた一人の攻撃をかわすため、素早く腰を落とす。そのまま前へ踏み込み、相手の胴を抱え上げ──

「ぬんっ!」

全身の力で地面に叩きつけた。轟音とともに衝撃が走り、男はまともに立ち上がることもできない。

橘はそのまま馬乗りになり、相手の動きを完全に封じ込める。

「うおおおおっ!」

雄叫びとともに、巨大な拳を容赦なく顔面へと叩き込んだ。拳を振り上げるたび、血が飛び散り、拳にこびりついていく。

その時、横合いから一人が飛びかかり、橘もろとも地面へ転がった。

橘はすぐに身を翻して立ち上がる──だが背後から別の男が飛び出し、肩口に両腕を回してがっちりと押さえ込む。

「くっ……!」

身動きを封じられた隙に、前方から殴打が飛んでくる。数発を受けながらも、橘は膝を突き上げて前の相手を弾き飛ばし、続けざまに蹴り飛ばした。

背後の相手には、頭を後ろに振り抜き顔面へ直撃。さらに腰をぐっと押し込み、尻で圧をかけてわずかな隙間を作ると、足で相手の甲を何度も踏みつける。苦痛で力が緩んだ一瞬を逃さず、橘は腕を振り払い、鋭い肘を後頭部に叩き込んだ。

そのまま腕と襟を掴み、前方へ豪快に投げ飛ばす。地面に叩きつけられた相手の顔面へ、最後に膝を振り下ろし──鈍い音とともに完全に昏倒させた。

その刹那、背後からさらに一人が飛びかかり、橘を地面へ押し倒した。

橘は両腕で必死にガードし、襲いかかる拳を受け止める。腹筋と脚力を総動員し、勢いよく体を反転させて相手を下に叩きつけ、自分が上を取った。

「うおおおおっ!」

怒声とともに、手のひらの虎口を鋭く突き立て、相手の喉をえぐるように押し込む。

相手が息を詰まらせ、短く呻いた隙に──橘は容赦なく拳を振り下ろし、顔面を何度も殴りつけた。

背後からさらに一撃、強烈な蹴りが橘の背を襲い、彼の体は横へ弾き飛ばされた。

「ぐっ……!」

すぐに体勢を立て直し、立ち上がった瞬間、今度は正面から蹴りが飛んでくる。橘は身をひねってかわし、その脚を両腕と体でがっしりと抱え込んだ。

「おらっ!」

力任せにぐいと引き寄せると、男はバランスを崩して倒れ込む。

橘は容赦なく、その無防備な股間へ蹴りを叩き込んだ。

「ぎゃああっ!」

絶叫が響く。橘は脚を放し、続けざまに拳を振り抜いて顔面を強打した。

男は地面に転がり、苦痛に満ちた悲鳴を上げ続ける。

橘はゆっくりと歩み寄り、顔のすぐそばに立って鋭い視線を突き刺した。

「ゆ、許して……も──」

言葉を最後まで吐き出す前に、橘の靴が容赦なく顔面を踏み抜いた。鈍い衝撃音とともに、男はそのまま意識を失う。

荒い息を吐きながら、橘は倒れ伏す連中を睨み下ろす。

ひとり、ふたり、みっつ、よっつ……まだ一人残っている。

橘の視線の先、最初に突っかかってきたリーダー格の男が、腹を押さえながらよろよろと逃げ出そうとしていた。

その姿を見た瞬間、橘の胸に再び怒りの炎が燃え上がる。

歩みは決して速くない。だが、背後から迫る足音は逃げる男にとって死刑宣告の鐘のように重く響いた。焦り、恐怖に駆られれば駆られるほど、橘の気配が背中に迫ってくるのを感じてしまう。

やがて距離が縮まると、橘は肩を乱暴に掴み、力任せに引き戻した。

「ぐはっ!」

顔面に叩き込まれた拳の衝撃で、男はその場に崩れ落ちる。

橘は襟首をわし掴みにして持ち上げ、鋭い眼差しを突きつけた。

「おい!まだ答えてねぇだろ──さっき何を言った!」

「す、すみ……俺は……な、何も……言ってない……」

威圧と痛みに押し潰され、男は震えながらかろうじて声を絞り出す。呼吸は荒く、立っているのもやっとだった。

橘は容赦なく拳を振り上げ、その顔面に叩き込む。

「答えろ!」

「お、俺は……っ」

言葉にならない呻きを漏らした瞬間、再び拳が振り下ろされ、鈍い衝撃音が路地に響き渡る。

「答えろ!」

橘の怒声が反響し、殴打の音と重なって狭い路地裏にこだました。相手はもう声どころか意識さえ途切れかけている。

それでも橘は拳を高く掲げ──次の一撃を振り下ろそうとしていた。

「橘さん!」

振り下ろされかけた拳が、不意に伸びてきた両手に止められた。声と力に遮られ、橘の理性がかすかに戻る。

「に、西山……お前……俺は……」

荒い息を吐きながら横を見ると、腕を押さえる西山の姿があった。

「橘さん、落ち着いてください!」

短い沈黙ののち、橘は掴んでいたチンピラの手を離す。男はその場に崩れ落ち、ぐったりと地面に倒れ込んだ。

西山もゆっくりと橘の腕を放し、橘は目を閉じて呼吸を整える。数度の深呼吸の後、荒ぶる鼓動も次第に落ち着きを取り戻していった。

「橘さん、大丈夫ですか?」

「お、俺は……すまん……だ、大丈夫だ……大丈夫……」

うつむきながら曖昧に答え、片手をひらひらと振る。

そして橘は背を向け、足取り重く路地の出口──駐車してある場所へと歩き出した。

「待ってください。このまま行くつもりですか?」

「な、なんだ……?」

呼び止められた橘は、どこかぼんやりとした様子で振り返った。

「分かりません。でも……少なくとも救急車くらい呼ぶべきじゃ?確かに向こうが先に悪いことをしたのかもしれませんが……あの子は?せめてあの子のことくらい気にかけるべきでしょう。でも、このまま何もなかったように振る舞うつもりですか?」

橘は視線を巡らせ、そこで気づく。

路地の隅で震えながら身を縮める少年が、顔も両手も血に染まった橘を怯えきった目で見つめていた。

「お、俺は……分からない……すまん……」

呆然とした表情のまま、西山を見つめながら橘は途切れ途切れに言葉を漏らす。その様子に、西山はただならぬ違和感を覚えた。

「橘さん、落ち着いてください。本当に大丈夫なんですか?」

「だ、大丈夫だ……大丈夫……」

頭を振り、深く息を吸い込む。どうにか気を取り直そうとしながら、二人で現場の片付けに取りかかった。

橘はしゃがみ込み、倒れているチンピラたちの容態を一人ずつ確認する。致命傷がないと分かった時、ようやく小さく安堵の息を漏らした。

少年が橘のそばに歩み寄り、一枚のタオルを差し出した。そのタオルにも、先ほどスマホケースで見たミャウリンのイラストが印刷されていた。

「あ、あの……血が出てますけど、大丈夫ですか?もしよければ、これを……」

少年はおずおずと差し出し、恐る恐る声をかける。

橘はタオルを見つめ、しばし黙り込んだ。やがて何も言わずに手を振って断り、自分の服の袖で雑に顔を拭う。

表面上は少し落ち着きを取り戻したように見えたが、その間、橘は一言も発さず、表情は虚ろなままだった。

片が付いたのち、橘と西山は車へ戻ることにした。

「橘さん、帰りは僕が運転しましょうか。少し休んだ方がいいと思います。」

「……分かった。頼む。」

力の抜けた声でそう答えると、橘は助手席に身を沈めた。

車が走り出してからも、彼の顔は虚ろなまま、一言も発しない。考え込んでいるのか、ただ茫然としているのか分からない沈黙が続いた。

西山も言葉を挟まず、しかし横目で橘の様子を気にしていた。

やがて長い赤信号に引っかかり、気まずい沈黙の中で待っていると、西山が思い切って口を開いた。

「その…橘さん、ケガしてませんか? さっき血が出てるように見えたんですけど…」

「…大したことないさ。あれは多分、俺の血じゃない。」

橘はちらりと西山の方を見たが、目を合わせることはなく、力の抜けた声でそう答えた。

「そ、そうですか……あ、そうだ。サンドイッチ、まだ食べてませんよね? はい、どうぞ。すみません、俺は先に食べちゃいました。」

「おう、ありがとな。」

橘は無表情のまま包みを受け取り、そのまま一口かじった。

「どうです? 僕は結構うまいと思ったんですけど…」

「…冷めてるな。まずい。」

橘はそう評価したが、言いつつも二口目に手を伸ばした。

信号が青に変わり、西山が再び車を走らせる。車内にはエンジン音だけが響き、橘は黙々とサンドイッチを食べ続ける。最後の一口を噛みしめ、目を閉じて呼吸を整えながら、包み紙をくしゃっと丸めて手に握った。やがて目を開け、少しだけ表情を和らげて、西山の方を見やり――口を開こうとした。

「西山、俺は――げほっ、げほっ!」

言いかけた途端、飲み込みきれなかった食べ物にむせてしまう。

「大丈夫ですか? 水、これどうぞ!」

西山が水を差し出し、橘は数口飲んでから大きく息を吐き出した。

「ふぅ……助かった。……悪いな、さっきはちょっと取り乱した。」

橘は言い淀みながらも、素直に自分の失態を認めた。

「えっと……橘さん、本当に大丈夫なんですか?」

「大丈夫かって? ……はは、正直、俺自身よく分からん。」

「な、何があったんですか?」

「うーん……」

「あ、すみません。言いたくなければ無理に言わなくても…」

「いや、別に隠すほどのことじゃない。……どうあれ、さっき俺があの若造たちをあそこまで殴ったのは紛れもない事実だ。お前の言う通り、なかったことにはできない。もしお前が止めてくれなかったら、俺はきっと取り返しのつかないことをしていた。……同じことを繰り返さないためにも、お前には知る権利があると思う。」

橘は大きく息を吸い、西山に語りかけた。

「お前……昔“ミャウリン”ってヒーローがいたのを知ってるか? 彼女は……」

橘はその名を口にしたが、どこか言葉を濁した。

「たしか……数年前にもう……」

西山が少し曖昧に返すと、橘は静かにうなずいた。

「彼女は……許しがたいクソ野郎に殺された。……俺は昔、多少の縁があってな。だからあんな風に彼女を侮辱する言葉には耐えられなかった……。だが今となっては、ただの言い訳に過ぎないのかもしれない。」

橘は途切れ途切れに、しかし重く胸の内を吐き出した。

「……すみません。本当に、残念です。」

「ありがとな。……ああいうことを二度と起こさないために、俺はDSAに入った。せめて何かできるんじゃないかと、自分に言い聞かせて……だが――見ての通りだ。俺はまだ乗り越えられてない。」

橘はうつむき、哀しみを帯びた瞳がすべてを物語っていた。西山はしばし黙ってから、口を開いた。

「……僕にも、今でも引きずっていることがあります。」

「……西山もか?」

「はい……橘さんのように大切な人を失ったわけじゃありませんけど……でも、たまに思うんです。ただ手放してしまえば楽なんじゃないか、って。」

西山の表情も、どこか重く、迷いを帯びていた。

「……それで、お前はどうするつもりなんだ?」

「僕は……やっぱり手放したくないです。たとえ苦しくても、向き合いたい。でも、そのせいで次にどうすればいいのか分からなくなることも多くて……。はぁ……朝起きたら全部解決してくれてればいいのにって、そう願うこともあります。すみません、全然役に立つようなこと言えてないですよね……」

西山は小さく息を吐き、言葉を絞り出した。

「いいさ。気持ちはなんとなく分かった、ありがとう。……俺たち、意外と似てるのかもな、はは。」

少し心を打ち明け合えたことで、橘はわずかに肩の力を抜き、柔らかく笑みを浮かべた。西山もまた小さく笑みを返し、二人は再び帰路を進んだ。橘の表情は、徐々にいつものものへと戻っていった。

しばらくして、橘の携帯が鳴った。

「もしもし、俺だ。……なんだと? 本気か? くそ……分かった、すぐ行く。」

「どうしました? 急ぎの用ですか?」

「はぁ……さっき正体不明の武器で銀行強盗があったらしい。事件自体は片付いたが、俺が現場の後始末に呼ばれたんだ。ったく。」

「そ、そうですか……じゃあ僕が現場までお送りしますよ。」

「いや、そこまで遠くない。近くの駅まででいい、電車ですぐだからな。」

「分かりました。」

西山は車を駅前に停め、橘は荷物をまとめて降りる準備をした。

「……なぁ、今日は本当にありがとう。」

降り際に、橘は改めて礼を言った。

「いえ、これくらい大したことじゃ……」

「いや、違うんだ。俺は今日、お前に助けられた。心から感謝してる。」

橘は微笑み、真摯な眼差しでそう伝えた。

「ぼ、僕なんて、大したことしてませんよ……」

西山は気恥ずかしそうに顔を逸らした。

「ははっ。……そうだ西山、今日はまた残業か?」

「ええ……多分。」

「ご苦労さん。俺にできることがあるか分からんが、困ったことがあればいつでも連絡しろ。俺の番号は分かってるよな?」

「……えっと……」

「まさか、まだ登録してないのか?」

「あっ、い、いえ! ちゃんとあります! ……はい、ありがとうございます、橘さん。」

橘は笑って手を差し出した。西山は数秒その手を見つめた後、自分の手を差し出す。橘はがっしりと握りしめ、まるで親友同士のように力強く手を振った。

「じゃ、またな。」

軽く別れを告げ、橘は駅へと向かって歩き出す。西山はその背中を数秒見送った後、再び車を走らせDSAへと戻っていった。

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西山はDSAに戻り、車を停めて荷物を持ち、オフィスへ向かうためエレベーターに乗った。中は自分ひとりだけで、彼は携帯を取り出して何やら操作を始める。

しばらくして「チン」と音が鳴り、ある階でエレベーターが止まった。ドアが開くと、外には青黒い制服を着た大柄な男が立っていた。西山は思わず目を見開く。

「おっ、やぁ。たしか……西山さん、でしたよね?」

「……はい、こんにちは。」

ポリス様は礼儀正しく声を掛けてきて、そのまま中に入ってきた。西山は一瞬戸惑ったが、軽く会釈を返すと奥に詰め、少し距離を取って立った。携帯の画面も閉じてポケットにしまい、手もそのままポケットに入れたままにする。

ポリス様はその距離感に少し驚いたようだが、特に何も言わず、二人は黙ったままエレベーターに揺られていた。

「……そういえば橘さんは一緒じゃないんですか?」

少し気まずい空気を和らげようとしたのか、ポリス様が口を開いた。

「……橘さんは急用ができて、先に帰りました。」

西山は相手を見ず、いつも通り無表情で答える。

「あ、そ、そうなんですか……お二人ともお疲れさまです。」

西山のそっけない態度に、ポリス様は少し困ったように笑みを浮かべ、それ以上言葉を続けられなかった。再び沈黙が落ちる――が、今度は西山の方から口を開いた。

「そうだ……前に話していた青羽高校の文化祭の件、考えはどうですか?」

「えっ? あぁ……そのことか……まだ決めかねてて、すみません……」

ポリス様は気まずそうに頭をかき、西山はその様子を黙って見つめていた。

「聞きましたよ。あなた、昔その学校の生徒だったそうですね?」

「ええ、まぁ……そうですね。」

「じゃあ……学校ではどんな感じだったんです? 成績じゃなくて、先生やクラスメイトと、ちゃんとやれてたかどうかとか。」

「うーん……まぁ、それなりに上手くやってたと思いますけど……」

「……ならいいじゃないですか。先生や後輩たちに、大先輩の今の姿を見せてやれば。」

「ははっ、言い過ぎですよ……」

「とにかく、時間があれば顔を出しても悪くないと思います。考えてみてください。」

「……はい、分かりました。ありがとうございます。」

ポリス様は丁寧に答えつつも、どこかぎこちなさを残していた。その一部始終を、西山は黙って見届けていた。

ほどなくして、エレベーターが再び止まり、数人の職員が乗り込んできた。

中にポリス様の姿を見つけると、皆どこか興奮したようにざわめき、自然と彼の周りに集まっていく。西山は黙って一歩下がり、後方に身を引いた。

「わっ! ここで会えるなんて! ポリス様!」

「最近またいくつも事件を防いだって聞きましたよ、さすがです!」

「よかったら飲み物いりませんか? うちの部署で今日多めに頼んだんです。」

「はは、ありがとう。皆さんこそ、お疲れさまです。」

職員たちはまるでスターに接するかのように彼を囲み、和気あいあいと話しかける。ポリス様もまた、丁寧に応じながらその輪に溶け込んでいく。

西山は後方から、その様子を黙って見つめていた。

この時、エレベーターはある階に到着した。

「失礼します。」

西山は冷ややかに一言だけ告げ、人混みをかき分けてエレベーターを降りた。去り際にちらりとポリス様の方へ目をやり、一瞬だけ視線が交わったように見えた。

ドアが閉まると同時に、西山は歩き出しながらポケットから携帯を取り出し、番号を押して通話をかけた。

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その日の夕方、既に退勤時間を過ぎ、多くの職員がDSAを後にしていた。

スーツ姿の一人の男が、人気の少ない廊下を歩いている。眼鏡を掛け、片手には「中村直樹」と記された職員証、もう一方の手にはごく普通のブリーフケースを持っていた。

まるで迷路のような複雑な通路を、一人きりで進む。

やがて荷物用エレベーターである階に降り立つと、そのまま非常階段の扉を開け、階段を使ってさらに別の階へと上がっていく。

ドアノブに職員証をかざすと、認証音が鳴り、男は難なくフロアに入った。

人影のない廊下を進み、いくつかの角を曲がった先――

男は、実験室らしき扉の前で足を止める。左右を確認し、誰もいないことを確かめると、再び職員証をかざしてドアを開け、中へ入った。

実験室の中には誰もいなかった。

広々とした空間に響くのは、ファンや装置の駆動音のみ。

大小さまざまな実験器具や、散らばった資料が雑然と置かれている。

男はざっと室内を眺めただけで、細かく調べようとはせず、一直線に奥の薬品棚へと向かった。

そこは頑丈な南京錠と鎖で固く封じられていたが――

男の片手が黒緑色に変化し、大きなペンチの形になる。

次の瞬間、鎖は容易く切断され、錠前も引きちぎられた。

扉を開けて覗き込むと、棚の奥で淡い桃紅色の光がかすかに揺らめいている。男は手を元に戻し、手探りで奥を漁ると、特殊な試験管に入った桃紅色の試薬をいくつも見つけた。数秒ほど思案したのち、それらを一つずつ取り出してブリーフケースへ――やがて、中にあった試験管をすべて詰め込んだ。

「動くな! 両手を挙げろ!」

背後から怒号。ふり返れば、銃を構えた数人――その中にはDSAの幹部、高瀬の姿もあった。男は数秒の沈黙ののち、ゆっくりと両手を上げる。

「その鞄を下ろして、ゆっくり回れ。ヘタな真似はするな。」

「……頼む。ここは退いてくれ。これは私事だ。」男はわずかに身を返し、低く告げる。

「パン!」銃声。男のすぐ脇の機材に牽制の一発が撃ち込まれ、ガラス片が弾け飛ぶ。

「黙れ。お前が催眠メガネをかけてるのは分かってる。**荷物を置いてメガネを外せ。**素性を見せろ。」

「無駄口は叩くな。お前が催眠メガネをかけているのは分かっている。今すぐ手に持っているものを置いて、そのメガネを外せ。正体をはっきり見せろ。」

高瀨がなおも男を威圧する。男は数秒間黙り込んだ後、ゆっくりとこちらへ身体を向け始めた――が、突如として横に転がり逃げようとした。

その瞬間、数発の銃弾が容赦なく彼の身体に撃ち込まれ、男はその場に倒れ込み、手にしていたブリーフケースも地面に落ちた。数人の職員がすぐさま駆け寄り、男とブリーフケースの状態を確認しようとする。そのうちの一人が男の顔に掛かる催眠メガネを外そうと手を伸ばしたその時――。

黒緑色に変化した男の片手が突如として伸び、その手首をがっちりと掴み取る。そして「バキッ」という嫌な音と共に、相手の手首は無残にも折り曲げられた。

「うああああっ!!!」

男に手首を掴まれた職員が絶叫し、必死に振りほどこうとする。だが、その手首は鋼鉄のように強固に握り締められて離れない。

男はゆっくりと立ち上がり始めた。その変化は腕だけに留まらず、全身が黒緑色の鎧に覆われていく。体格はみるみる肥大化し、ついには二メートルを優に超える巨躯へと変貌した。

掴んだ職員の身体を盾代わりにしながら、銃撃を避ける。だが、角度を変えて撃ち込まれた弾丸でさえ、彼にはただの衝撃を与えるだけで致命傷には至らない。

完全に立ち上がったその姿――双眸からは鮮やかな緑光が迸り、怪物のような威圧感を放つ。四方を一瞥し、公事包が無事であることを確認すると、掴んでいた職員をまるで人形のように軽々と放り投げ、別の隊員に直撃させた。二人まとめて重い実験機材へと叩きつけられ、その衝撃で実験器具が次々と砕け散った。

残った隊員たちが一斉に銃を撃ち込む。しかし男は片腕を盾の形へと変形させ、飛び来る弾丸を次々と弾き返す。もう一方の腕は鈍器のようなバットへと変貌した。

彼はまず一人に向かって突進し、盾で容赦なく体当たりを食らわせ、そのまま相手を吹き飛ばす。続けざまにバットを大きく振り抜き、別の隊員を横へと叩き飛ばし、背後の収納棚へと激突させた。

倒れ込んだ隊員の上へ、棚に置かれていた無数のガラス製実験器具が落下する。必死に腕で防ごうとするが間に合わず、無数の破片が肌を切り裂いた。やがて彼は血まみれのまま動かなくなり、床に沈んでいった。

男はふと動きを止め、先ほど叩き伏せた隊員の方角をじっと見据えた。しかしすぐさま別方向からの銃撃に注意を奪われる。

数秒の逡巡の後、再び盾を構えて突進し、バットを大きく振り抜いて別の隊員を地面に叩き倒した。続けざまに蹴り飛ばし、相手の身体は床を転がりながら薬剤のこぼれた液体に触れてしまう。

次の瞬間、薬品が引火し、男の全身は炎に包まれた。隊員は絶叫しながら必死に火を消そうともがくが、炎は容赦なく燃え広がっていった。

男はふと視線をそらし、数秒間じっと考え込んだ――その直後、隅でこっそりブリーフケースを持ち去ろうとする高瀨の姿に気づく。

両腕を元の形に戻すと、一気に駆け出した。その巨体からは想像できない速度で距離を詰め、瞬く間に高瀨へ迫る。

追い詰められた高瀨は、実験室の隅でタイミングを見計らい横に転がって回避。その直後、男の攻撃は計器を直撃し、内部から大量のガスが噴き出した。高瀨はすぐさま反転し、ガスの充満する装置へ銃撃を加える。火花が散り、気体に引火した瞬間――爆発が起こり、炎が一気に燃え広がった。

爆風に包まれた男は咄嗟に身を叩きつけ火を振り払う。高瀨は必死に立ち上がり、この隙に逃げ出そうとするが、男は火花を散らしたまま伸ばした腕でケースを奪い取ろうとする。

短い攻防の末、怪力に敵うはずもなく、高瀨の手からケースは無理やりもぎ取られ、彼自身も後方へ吹き飛ばされた。

床に倒れ込み、すでに反撃の力も残っていない高瀨を一瞥した男は――しかし止めを刺すことなく、不穏な気配を察するとそのままケースを抱え、実験室を後にした。

外へ出た瞬間、低く唸るような警報音が断続的に鳴り響き、周囲の警告灯が一斉に赤く点滅していた。扉や窓は自動的に閉鎖されつつあり、銃を構えた職員たちが次々と姿を現し、一斉に男へ銃撃を浴びせる。

「…ぬああああッ!!!」

短い沈黙ののち、男は覚悟を決めたように咆哮を上げ、そのまま人波へ突っ込み、力づくでDSAからの突破を試みた。

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一方その頃、橘は先ほどの銀行強盗事件の後処理を終え、車を呼んでDSAへ戻る途中だった。犯人が所持していた得体の知れない武器もバッグに入れて持ち帰っている。先ほど街角でチンピラに絡まれた際に服が血で汚れてしまったため、ついでに新しい服へと着替えていた。事件対応で退勤時間を過ぎてしまい、橘はすでに苛立ちを隠せなくなっていた。

「運転手さん、なんか全然進んでない気がするんだけど? ラッシュの時間はもう過ぎてるはずだろ?」

「ええ、今日はなぜか普段より混んでますね。事故でもあったんじゃないでしょうか。」

「ツイてねえな…早く帰りたいってのに…」

橘が苛立ち混じりに愚痴をこぼすも、運転手も事情は分からない様子。仕方なく待つしかなかった。

その時、不意にスマホから聞き慣れない警告音が鳴り響く。橘が画面を確認すると、そこには緊急通知が表示されていた。

「《全職員に告ぐ:現在、赤色警戒が発生。至急、指示に従いDSAから退避せよ。安全に留意し、後続の通達を待て。》」

「…マジかよ? 何だこれ…?」

橘が疑問に思っていたその時、車内のラジオに意識が向いた。

「……現在、DSAが何者かによる破壊行為を受けた模様です。正門周辺はすでに封鎖され、現場には複数のパトカーが――」

「…嘘だろ? もしかしてこの渋滞って…」

橘も初めての事態に混乱し、どうすべきか分からない。

「通知が『至急退避』って言ってるんだし、このまま帰っちまうか…荷物持って…」

横のバッグに目をやり、無言で肩をすくめる。もはや選択肢はない。

「すみません運転手さん、このまま引き返して――」

そう言いかけた橘は、ふと何かを思い出して言葉を止めた。

「…そういえば西山、今日は残業だって言ってなかったか…?」

胸の奥に不安が広がり、橘は急いで西山へ電話をかける。しかし呼び出し音が鳴り続けるだけで応答はない。

唾を飲み込み、もう一度、さらにもう一度とかけ直す。だが返ってくるのは「ツー…ツー…ツー…」という無機質な音ばかりだった。

橘はゆっくりとスマホを下ろし、前方の道路を見据えたまま、黙って沈思する。

「運転手さん、すみません。ここで降ろしてください。」

「えっ? は、はい? ここ車道の真ん中ですけど!?」

「大丈夫だ。どうせほとんど動いてねぇし。」

橘は荷物を掴むと、そのまま渋滞のど真ん中で車を降りた。前方を見渡せば、車列は完全に詰まって動く気配がない。

大きく息を吸い込み、肺の奥まで空気を満たすと――橘は車と車の間を縫うように走り出した。轟音を立てる車流を逆らうように、全力でDSAの方向へ駆け抜けていく。

しばらくして、橘はようやくDSAの正門前へたどり着いた。建物の周囲はすでに封鎖線で囲まれ、数台のパトカーが赤色灯を回している。人波の中でひときわ目立つ存在――ポリス様が避難誘導をしているのを見つけ、橘は真っ先に駆け寄った。

「おい! 一体ここで何が起きてんだよ!」

「えっ、兄貴? 無事だったんすか? 俺も詳しくは分かんねぇんすよ。ちょうどDSAを出た直後に異変を聞いて、慌てて戻ってきたらこの有様で…」

「じゃあ西山は? もう外に出てきたか?」

「それが…少なくとも俺が戻ってきてからは見てねぇな。」

ポリス様が首を振るのを聞いて、橘は再び西山へ電話をかける。しかし画面に映るのは無情な「応答なし」。

「クソッ…まさか…」

腰に手を当て、険しい表情で大楼をにらみつける橘。視線は出入口から片時も離れず、必死に西山の姿を探す。

その瞬間――建物内のある階から轟音が響き渡った。橘もポリス様も反射的に身を伏せ、地面に倒れ込む。

「兄貴、今の音…聞こえましたよね? 俺の聞き間違いじゃなけりゃ…」

「ああ…間違いなく銃声だな。」

危険が去ったのを確認し、二人はゆっくりと身を起こす。視線の先には、音の発生源と思しき階層。

「どうやら事件現場はあそこらしいな。…よし、俺が上に行って確認してくる。」

「……あんたもここにいてくれたらな…」

ポリス様が呟くように言い、橘へと目を向ける。だが橘はどこか虚ろな眼差しで独り言をつぶやき、迷子のように頼りなげな表情を浮かべていた。

「兄貴、大丈夫っすか?」

「お、俺は平気だ。」

問いかけに橘はハッと我に返り、首を振ってみせる。しばし黙考した後、顔を上げた彼の瞳には先ほどまでになかった強い決意が宿っていた。

「いや…ここは俺が行く。お前は下で人の避難やら何やら続けてくれ。」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!? 本気っすか!?」

橘の言葉にポリス様は思わず声を裏返した。

「俺はふざけちゃいない。確かに、俺がここに残ってお前が行った方が戦力的にはいいかもしれん。だが今ここにはDSAの人間だけじゃなく、警官も市民も大勢いる。そういう場には“ヒーロー”が立っていること自体が安心を生むんだ。…俺とお前とじゃ、示せる意味が違う。分かるだろ?」

「わ、分かりましたよ。俺がここに残るのは全然構いません。でも…兄貴、本当に上へ行くつもりっすか? 応援を待った方が安全なんじゃ…」

「どうした? 俺に能力がないから、上がったところで無駄死にするって思ってるのか?」

「い、いや! そんなつもりじゃ…ただ…」

「冗談だ。」

橘は苦笑しながら肩をすくめる。

「何が起きてるのかも分からんし、俺にできることが何かも分からん。だが一つだけ確かなのは、何かをしなきゃいけないってことだ。俺たちは――まさにこういう時のために訓練されてきたんじゃないのか?」

「……分かりました。でも、どうやって上に行くんです? エレベーターは論外だし、階段も使えるかどうか…」

「なら…外から入るしかねぇな。」

「外からって…強化ガラスを突破する方法を考えないと駄目ですよ。」

「爆薬でもあれば話は早いんだがな…。少なくとも銃が要る。しかも普通の銃じゃダメだ、もっと威力のある代物が…」

橘は自分のバッグへ視線を落とす。

「威力のある…そうだ、これなら使えるかもしれん…」

バッグから取り出したのは、先の銀行強盗が使っていた謎の武器――先端に赤橙色の不明エネルギー体を宿す細いロッドだった。

「クソみてぇな作戦だが…お前の力を借りたい。」

数分後。橘はヘルメットと滑り止め付きの手袋を調達し、例のロッドを腰に装着した。装備を整えつつ、ポリス様へ合図を送る。

「えっと…兄貴、本当にやるんすか?」

「仕方ねぇ。もう悠長に待ってられねぇだろ。…他に妙案があるのか?」

「すみません、俺も思いつきません…」

「なら決まりだ。配置につけ。準備はいいか?」

「はい、問題ありません!」

ポリス様はDSAビルの下で大盾を構え、腰を落として待機。橘は少し離れた位置で肩を回し、体を温める。

「All right, let’s go!」

橘が叫び、全力で駆け出す。その進路の先で、ポリス様は息を呑んで合図を待つ。

「…今だ!」

タイミングを合わせ、橘は跳躍し盾の上へと足を掛ける。同時にポリス様は全身の力を込め、盾ごと橘を跳ね上げた。

二人の息の合った連携により、橘の身体は一気に数階分の高さへと舞い上がる。常人離れしたポリス様の怪力があってこそ実現した、まるで漫画の一コマのような大技だった。

轟音を立てて風を切る中、橘はDSAビルの強化ガラスの窓を狙い、体勢を調整して正面から激突した。だが強化ガラスは砕けず、衝撃に耐え抜く。

「ぐっ…!」

歯を食いしばり痛みを堪えながら、橘は必死に窓枠を掴み取り、四肢を突っ張って体を固定する。

振り返れば、そこは大都会の高層ビルの外壁。安全策など一切ない。ここから落ちれば、命がある保証はない。支えているのは己の腕力と脚力、そして意志のみ。

「…大丈夫だ。あと数階登れば…いける…!」

辺りは徐々に夕闇に包まれ、風の唸り、冷気、金属臭――あらゆる刺激が増幅されて背筋を凍らせる。橘は深く息を吸い込み、覚悟を決めると、一気に手足を伸ばして上へ。

ただひたすら、支点を探し、掴み、蹴り上げる。その単純な動作を繰り返しながら、彼は黙々と壁を登っていった。

「兄貴、こちらポリス。聞こえますか?」

数階分を登った頃、耳に仕込んでいたイヤホンからポリス様の声が割り込んできた。

「今度こそ本当に重要な用件なんだろうな…!」

橘はバランスを取りつつ動きを止め、荒い息を整える。

「あー、その…一つ気づいたことがあって…怒らないでくださいよ?」

「いいから早く言え! 俺は今、命綱なしでビルにぶら下がってんだぞ!」

緊張から声を張り上げる橘。しかし強風の中、この高さでは誰にも聞かれる心配はない。

「実は…さっき自分の装備を確認したら、グラップルガンみたいなのが付いてたんですよ…」

「はぁ!? 今さら気づいたのか!? お前、何年ヒーローやってんだ! 自分の装備も把握してねぇのかよ!」

怒鳴りつつも、橘は下方の小さな人影を振り返らない。ポリス様の顔が赤くなり、ばつの悪そうにしているのは目に見えていた。

「す、すみません…で、その…要ります?」

「当たり前だ! 今すぐ投げろ!」

「了解! しっかりキャッチしてください、兄貴!」

橘は思い切って体をひねり、上体の半分を空へ突き出す。視界の端にポリス様の小さな姿が見えた。彼は助走をつけ、全力でグラップルガンを投げ上げる。

それはまるで飛行機のように空を切り裂き、橘の位置へと向かって上昇していく。橘は支点を片手で掴み、もう片方の腕を極限まで伸ばして――辛うじてグラップルガンを掴み取った。

危うく体勢を崩しかけたが、何とか保持し、安堵の息を漏らす。

「よし…受け取った。あとは任せろ。お前は下で持ち場を続けろ。」

「了解っす。健闘を祈ります、兄貴!」

橘はグラップルガンを上方へ向けて発射した。爪が勢いよく飛び出し、ロープが伸びる。支点にしっかり固定されると同時に巻き上げが始まり、橘の身体は一気に引き上げられていく。そのまま順調に、事件が発生している階層の外壁へとたどり着いた。

「よし…ここだな。これが役立ってくれりゃいいが…」

窓枠に立ち、体勢を整えると、グラップルガンを収納し前方の強化ガラスを睨む。腰から取り出した赤橙色のロッドを構え、尖端のエネルギーを迸らせながら突き立てた。

接触と同時に眩い火花が散り、ガラス表面には細かな亀裂が走る。瞬く間にひびは広がり、ついには中央部が砕け散り大穴が開いた。橘は飛び散る破片に注意しながら、身を縮めて建物内部へと潜り込む。

「やっと入れたぜ、クソッ…」

これ以上互いに気を散らさないよう、イヤホンを外し、ヘルメットを深く被り直す。グラップルガンを床に置き、ロッドを収めると、短く呼吸を整えてから、内部の惨状を確かめに歩を進めた。

「な…何だここは……一体何が起きた…?」

橘は目の前に広がる惨状に言葉を失った。床にも壁にも天井にも、血痕、瓦礫、弾痕が散乱し、所々には大きな穴まで空いている。蛍光灯は外れかけて垂れ下がり、落下したものからは火花が散っていた。

至る所に倒れているのはDSAの職員たち。橘は駆け寄って脈を確かめるが、息のある者もいれば、すでに息絶えた者もいた。

その時――。

遠くから獣のような咆哮が響き、すぐ後に銃声と激しい衝突音が重なる。そして悲鳴。だがそれも束の間、再び不気味な沈黙が訪れた。

「チッ…」

冷や汗が滲む中、橘は倒れていた隊員の手から拳銃を拾い上げ、残弾を確認する。装備を整え直すと、身を低くして壁沿いに慎重に進み出した。

やがて開け放たれた実験室の前に差しかかる。中へ足を踏み入れると、そこもまた荒れ果てていた。実験器具や薬剤が粉々に砕け散り、床には職員たちの体が横たわっている。

その中に――見覚えのある顔を見つけた。

「高瀨さん!? 大丈夫ですか!?」

実験台にもたれかかるように座り込んだ高瀨。虚ろな瞳、青白い顔、震える身体。胸を押さえ苦しげに呼吸していたが、幸い致命傷ではないようだった。

「……橘? 本当に君なのか? なぜここに……うっ、痛っ……」

ヘルメット姿のためすぐには気づけなかったが、高瀨は橘だと分かると驚きの表情を浮かべた。身を起こそうとしたものの、傷のせいで激痛に襲われ、まともに動けない。

「無理に動くな。大丈夫か?」

「お、俺は平気だ……それより……あいつが“物”を持って逃げた……」

「……あいつ? 何を持っていったって?」

橘は依然として状況を掴めず困惑する。

「見たこともない能力者だ……奴は、DSAを滅ぼしかねない代物を奪ったんだ……」

高瀨の声は次第に弱々しく、途切れ途切れになっていく。

「分かった。もう喋るな、後は俺がやる。」

「ま、待て……一人じゃ勝てない……!」

制止の声を背に、橘は立ち上がり実験室を後にする。高瀨は手を伸ばそうとするが、体を動かすだけでも精一杯で、彼を止めることはできなかった。

橘は外で敵を探しながら移動を続けていた。しばらくすると、また少し離れた場所から戦闘の音が聞こえてきた。彼は素早く近くの壁際へと移動し、こっそり顔を出して状況を窺った。

「……なんだあれは!?」

橘の視線の先には、身長二メートルを超え、自分より二回りも三回りも大きな巨体が立っていた。全身は黒と緑の軽装甲のようなもので覆われ、ヘルメットの眼の部分は鮮やかな緑色に光っている。その手には公文書バッグらしきものを握っていた――おそらく高瀬が言っていた“それ”だろう。

だが同時に、その巨人と比べると子供のように小柄な一人の女がそこにいた。真っ黒と緑の敵に対し、彼女は鮮やかな赤いポニーテールを揺らしている。その体格は明らかに劣勢だが、正確無比の射撃と軽快なフットワークで必死に立ち回り、敵を翻弄しようとしていた。おそらく相応の訓練を受けた人物なのだろう。

時間を無駄にしたくないのか、敵は片腕を長い棍棒の形へと変化させ、じりじりと間合いを詰めながら女に振り下ろした。女は射撃を続けつつ、小柄な体格を活かして転がり、身をひねり、その一撃を何とか回避していく。しかし弾丸は敵に大した効果を与えられず、持久戦の中で彼女の呼吸は次第に荒くなり、動きも鈍ってきた。反応速度も徐々に落ちていく――。

その時、敵の棍棒が女へと振り下ろされた。女は必死に横へ転がって直撃を避けたが、敵はすぐに反転し、追撃を叩き込む。強烈な一撃が彼女を吹き飛ばし、ビルの壁に叩きつけた。

敵はそのまま、先ほど女が落とした銃の方へと歩み寄り、躊躇なく踏み潰す。銃は無残に壊れ、女の勝ち筋はほとんど絶たれてしまった。女は痛みに顔を歪めながらも、身体を押さえつつ立ち上がろうとする。敵は無言で彼女を見下ろし、どう処分すべきか考えているようだった。橘は陰からそれを見つめ、何かに気づいたように目を細めた。

やがて敵は女の方へ歩を進め、今度は腕を巨大なハンマーの形へと変化させる。状況が逼迫しているのを見て、橘はこっそり銃を抜き、照準を合わせる。しかし――「本当に弾丸なんか効くのか…?」頭をよぎる不安。

だが橘は素早く策を練り、決断した。全力で敵に向かって駆け出しながら、公文書バッグを握るその腕めがけて引き金を連続で引く。弾丸は致命傷にはならなかったが、不意を突かれた敵は思わず握力を緩め、バッグが床へと落ちた。

敵は橘の存在に気づき、反射的に大槌を振り下ろした。だが橘は突進の勢いをそのまま滑り込みへと変え、床を滑走しながら攻撃をかわす。同時に地面に落ちていた公文書バッグへと手を伸ばし、素早く掴み取った。数度転がりながら体勢を立て直し、女の近くへと滑り込むと、そのバッグを彼女へ差し出す。

「大事なものってのはこれだろ、持っていけ。いいか、時間はない。俺がこいつを引き止める。その方向に俺が割った窓がある、そこにグラップルガンも置いてあるはずだ。バッグを持って脱出しろ。」

「…えっ…あなた誰?」橘がまだヘルメットをかぶっているため、女には正体が分からない。

「同僚…のはずだ。とにかく動けるか?立てそうか?」

「だ、大丈夫…分かった。あなたも気をつけて。」女は苦しげに立ち上がり、歯を食いしばってバッグを抱え、別の方向へ駆け出した。

女がバッグを抱えて逃げようとした瞬間、敵はすぐさま方向を変えて追いかけようとした。だが橘は立ち上がり、銃を構えて連射しながら距離を詰め、相手の注意を自分に引きつける。しつこい攻撃に、二メートルを超える大柄な男の動きが苛立ちを帯びていった。

「おい!デカブツ!相手はこっちだ、勝負しろ!」

橘は叫びながら撃ち続ける。しかし気づけば弾丸は撃ち尽くされていた。敵はそれを見逃さず、ハンマーへと変化した腕を振りかぶり、上から力任せに叩きつける。橘は土壇場で身をひねり、左へとステップして辛くも回避。直後、床が砕け大きな亀裂が走った。

「危ねぇ…ほんの紙一重だ…」

冷や汗を流しながらも、橘は反撃に転じる。飛び上がりながら銃身の硬い部分を相手の顔面へ叩きつけた。バシッと音を立て、相手の顔がわずかに横へと歪む。着地した橘は間髪入れず、左拳で相手の股間めがけて渾身の一撃を叩き込む。しかし、分厚い装甲はまるで壁のように硬く、衝撃は橘自身の拳にしびれるような痛みを返すばかりだった。それでも相手は反射的に膝をわずかに曲げ、身を縮めた――だが苦痛というよりは単なる生理的な反応に過ぎず、致命的なダメージには程遠い。

橘は痺れる手を振り払い、すぐさま追撃に転じた。相手の膝を踏み台にして跳び上がり、両手でヘルメットを掴みながら、もう一方の膝を思い切り顔面へ叩き込む。外傷こそほとんど見えなかったが、大柄な男はわずかにたじろぎ、数歩後退する。

着地した橘は間髪入れずに回転し、渾身の後ろ回し蹴りを胸部へと叩き込んだ。だが大きなモーションの隙を突かれ、相手は素早く橘の足を掴み取る。その巨大な手に捕らわれた橘の動きは、一瞬で封じられてしまった。

「いい加減にしろ!」

大柄な男が咆哮し、掴んでいた橘の足ごとその全身を壁へと叩きつけるように投げ飛ばした。橘の身体は勢いよく壁に激突し、強烈な衝撃で地面に崩れ落ちる。頭部はヘルメットに守られていたため気絶は免れたものの、その痛みに思わず呻き声を漏らした。

男はそれ以上追撃せず、身を翻して赤髪の女が逃げた方角へと猛然と駆け出していった。

橘は歯を食いしばりながらゆっくりと立ち上がった。口に溜まった血を吐き出し、荒い呼吸を整えつつも足を引きずりながら再び敵を追う。先ほどの奮闘で女に逃げる時間を与えたものの、彼女自身も負傷しており、しかも重いバッグを抱えているため、長くは持たなかった。すぐに背後から迫る轟音に気づく。角を曲がった瞬間、二メートルを超える大柄な男の姿が現れ、その勢い余って壁を突き破り大穴を開ける。しかし傷一つないかのように、そのまま執拗に追撃を続けてきた。

「うそでしょ…あの人もやられたの…?」

女は驚きと諦めを滲ませつつも必死に走り続ける。しかし速度では到底敵わず、ついに体当たりを受けて吹き飛ばされた。まるで車に轢かれたような衝撃の中でも、彼女は必死にバッグを抱え込む。だが敵の腕が無造作に伸び、力の差は歴然、公文書バッグは再びその手に奪われる。次の瞬間、敵は子供を払うように彼女を横へ叩き飛ばした。

「うおおおおおッ!!!!!」

その瞬間、橘は雄叫びを上げながら敵の背後から飛びかかり、その背にしがみついた。両手に握った自分のベルトを首に回し込み、後方へと全力で締め上げる。

拘束を振り解こうと、大柄な男は激しく身を振り回す。その拍子に公文書バッグが弾かれて床へ転がり、さらに橘の腰に差していたロッドまでもが吹き飛ばされた。

「早く…行けッ!」

橘は女に向かって怒鳴る。生きていたことに一瞬驚いた女だったが、すぐにうなずき、再びバッグを掴み取って走り出した。その際、床に転がったロッドにも目を留めた。

橘は全身の力を振り絞り、背後から敵にしがみついたまま締め上げ続けた。両脚をがっちりと絡め、ベルトを引き絞る腕に力を込めながら、頭にかぶったヘルメットで何度も何度も敵の頭部を打ちつける。ヘルメットには次第にひびが入り、割れ目が広がっていく。

奇襲に最初は対応できずにいた大柄な男だったが、やがて両手で首に絡みついたベルトを掴み取り、怪力で橘ごと力任せに引き剝がした。

橘はすぐさま立ち上がり、手に握ったベルトを引き絞ると、そのまま下方へ振り抜き、敵の脚へ叩きつけた。鋭い一撃に男の足がわずかにすくむ。橘は続けざまに体へ向けて力任せにベルトを振り抜き、装甲に打撃を与える。

しかし、敵は片手でそのベルトを掴み取り、怪力で自分の方へと強引に引き寄せた。橘の身体ごと一気に引き寄せられた瞬間、もう片方の拳が容赦なく頭部へ叩き込まれる。

「ぐっ――!」

衝撃で橘は地面に叩きつけられ、ヘルメットもほとんど粉砕寸前にまでひび割れていた。

敵は片手で橘の襟元をわし掴みにし、その巨体を軽々と持ち上げた。宙吊りにされた橘は必死に手足をばたつかせて抵抗するが、ほとんど効果はない。

もう一方の拳がぎゅっと握りしめられ、橘に止めを刺そうと振りかぶられていく。

「うああああッ!!!」

その瞬間、敵の背後から女がロッドを振り下ろした。先端に灯る赤橙色のエネルギーが直撃し、さすがの大柄な男も呻き声を上げて橘を掴んでいた手を放す。

橘はすかさず、ひび割れたヘルメットを脱ぎ捨てると、口に溜まった血を敵の顔へと吐きかけ、視界を奪った。その隙を逃さず、雄叫びと共にヘルメットを渾身の力で顔面へ叩きつける。轟音とともにヘルメットは完全に砕け散り、敵はついに初めて両膝を地につけた。

それでも敵は倒れなかった。すぐさま振り返り、女と彼女が握っていたロッドごと叩き飛ばす。続けて橘を片手で掴み取り、床へ押し倒して押さえ込んだ。橘は必死にもがくが、圧倒的な怪力の前では身動きすらままならない。

男は頭を振って顔についた血を払い落とすと、もう片方の拳を振り上げ、止めを刺そうとする。しかし――橘の顔をはっきり目にしたその瞬間、動きがふと止まった。

数秒の沈黙。敵の拳は握られたまま宙に止まり、緑色の光を放つ瞳が橘を凝視している。橘は反射的に脚を蹴り出したが、その直後、顔面に強烈な一撃を浴び、たまらず吹き飛ばされる。敵はそのまま橘を掴み上げ、女の方へと投げつけた。二人の身体はぶつかり合い、共に床へ転がり苦痛に呻く。

だが男は追撃せず、床に転がっていた公文書バッグを拾い上げると、建物の外壁へと向かった。腕を再び巨大なハンマーの形に変え、壁を連打していくつもの大穴を開ける。

「ま、待て……」

橘も女も歯を食いしばり、震える腕で必死に体を支えようとする。しかし力は尽き果て、橘の顔からは血が絶え間なく滴り落ちていた。

男は一瞥をくれると、そのまま背を向け、大穴から外へと飛び出した。姿は闇に消え去っていった。

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その日の夜遅く、公文書バッグを手にした眼鏡の男が路地裏のバーに姿を現した。顔や服には浅い傷や格闘の痕跡が残っており、客たちの視線を引いたが、彼は一切気にせず店の奥へと進んでいく。途中、人混みのせいで酔客に肩がぶつかり、グラスの酒がこぼれて彼の服を濡らした。だが男は謝罪することもなく、そのまま歩き続ける。それが逆に酔客の怒りを買った。

「いってぇ…!おい!ぶつかって謝りもしねぇのか!」

男が無視して進むと、酔客は苛立ち肩を掴んで引き止める。男は足を止め、無表情のまま相手をじっと見下ろした。

「おい、聞いてんのか――」

言葉の途中で、乾いた音が響く。男の掌が容赦なく相手の頬を打ち、酔客はその場に崩れ落ちた。他の客たちが息を呑む中、男は一瞥もくれず奥へと進み、「STAFF ONLY」と書かれた扉の前に立ち、ノックする。数秒後、自動で扉が開き、男は中へ入った。

扉の先には地下へ続く階段があり、その先には薄暗い室内が広がっていた。机の上にはいくつものモニターと書類が散らばり、壁には大小さまざまな武器が掛けられている。コンピュータに向かっていた屈強な男が、彼の姿に気づき立ち上がった。

「どうした?随分とボロボロじゃないか。」

「道中で警察に追われた。振り切るのに手間取っただけだ。」

「そうか……まあ済んだことだ。お前なら皆殺しにしても良かったがな。――で、ブツは無事か?」

男は黙ったまま公文書バッグを取り出し、相手へ渡す。

「ふむ、見せてもらおう。」

受け取った男が中を開けると、桃色に輝く液体の入った特殊な試験管がずらりと並んでいた。そのうちの一本を取り上げ、分析装置にかける。数分後、画面に結果が表示される。

「――間違いない。これだな。よくやった。」

相手は労いの言葉をかけ、さらに袋を取り出して差し出す。中を覗くと、札束がぎっしりと詰まっていた。

「これは……?」

「今回の報酬だ。不足ならいくらでも追加できる。」

「……言ったはずだ。俺は金のためじゃない。」

「分かっているさ。だがこれは俺の習慣だ、受け取っておけ。こちらの準備もほぼ整った。そう遠くないうちに、我々はそれぞれの目的を果たせるだろう。お前も“奴”に復讐を果たす時が来る。そして俺たちは、あの偽りのヒーローどもの仮面を剥ぎ取るのさ。」

自信をにじませながら語る男を、眼鏡の男は無表情のまま見つめ返すと、無言で背を向け、階段へ向かった。

「連絡は取り合おう。」

背後からそう声を掛けられたが、彼は答えることなく、どこか上の空の様子で地下室を後にした。

しばらくして、男は自宅へ戻った。暗いリビングには小さな常夜灯がいくつか点いているだけで、室内は薄暗く静まり返っていた。彼は札束の詰まった袋を無造作に床へ投げ捨て、上着を脱ぎ、ひびの入った眼鏡を外す。

冷蔵庫からビールを一本取り出すと、手を栓抜きの形に変えて開け、そのまま一気に半分以上を飲み干した。ソファに身を沈め、目を閉じて沈黙する。部屋には完全な静寂が広がった。

――しばらくして、突然スマホの着信音が鳴り響く。男は目を開け、表示された名前をじっと見つめた。取るべきか否か、しばし逡巡した末に、通話ボタンを押す。

「……もしもし?」

一方その頃、DSAのビルでは非常照明が点き、封鎖も一時的に解除されていた。破壊されたフロアでは職員たちが片づけに追われ、医療班が負傷者や遺体の処理を進めている。橘と赤髪の女も全身に大小さまざまな包帯を巻かれ、橘は顔にアイスパックを当てながら座っていた。

彼は片手でアイスパックを押さえ、もう片手で携帯電話を操作する。相手が出た瞬間、ほっと息をつく。

「もしもし、西山か?俺だ。こんな時間に悪いな。今、話せるか?」

『大丈夫です。今は一人で家にいます。どうかしましたか、橘さん?』

「いや、たいしたことじゃない。ただ、さっきDSAで緊急事態があってな。その時どうしても連絡がつかなくて……もしかして巻き込まれたんじゃないかって心配になったんだ。家にいるなら無事ってことだな?」

『ええ、ご心配なく。僕は無事です、橘さん。』



ここまで読んでくださって本当にありがとうございます。少しでもご満足いただけていれば嬉しいです。今回はちょっとアクションシーンも入れてみました。

ハリウッドのアクション映画を観てきたの経験が、少しは役に立ったかな(笑)。


まさか敵の正体が西山だったなんて――皆さんの中で、予想していた人はいましたか?

西山は一体何者なのか? 彼が奪ったものとは? そして、もう一人の敵の正体は…?


すべての謎は、この先で必ず明らかになっていきます。少しでも楽しんでもらえたら、ブクマや評価で応援してもらえると嬉しいです!

どうぞお楽しみに!

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