第3話 イミテイターの陰謀
暖かい陽射しが
アスファルトをくすぐる日曜の午後。
東京、中野区中央の住宅街は、
生活の息吹に満ちていた。
イヤホンから漏れるポップな
メロディに肩を揺らす女の子。
パタパタと革靴の音を響かせ、
スマホの画面に目を落としたまま
足早に通り過ぎる営業マン。
自転車の前カゴいっぱいの食材を抱え、
ヨロヨロと坂道を上る主婦。
そんな日常の風景が広がる
狭い路地裏を、
異質な空気を纏う二人組が歩いていた。
黒ずくめの革ジャンに身を包み、
剥き出しの腕には
奇妙な模様の刺青が蠢いている。
一人は針もぐらのように
尖った逆立つ髪、
もう一人はけばけばしいほど
カラフルなロン毛。
その怪しげな二人組の後ろを、
息を潜めるように
一人の女性が追っていた。
彼女の名は住野加奈。
29歳、独身。
普段は都内のコールセンターで
派遣社員として働く、
ごく普通の女性だ。
しかし、その裏の顔は
国際怪事件調査組織テラスの
新人エージェント。
密かに人々の生活に紛れ込む怪事件、
特に人間に化けて暗躍する
イミテイター(化け人間)を発見し、
本部へ報告することが
彼女の密かな任務だった。
カナは手に握りしめた
テラス支給の小型タブレットを、
前の二人組にそっと向けた。
画面には解析を示す数値が
刻々と表示される。
イミテイター確率70%!
(これは…本部に報告案件かも…!)
緊張がカナの心臓を
早鐘のように打ち鳴らす。
その時だった。
「お嬢ちゃん、どうしたのかナァ」
背後から、追跡していたはずの
二人組の声が聞こえた。
振り返ると、ニヤリと笑う
カラフルロン毛と、
逆立つ髪の男が、そこに立っている。
(や、やばいっ!!)
「い、いえ、何でもないですぅ!」
平静を装おうとするも、
小型タブレットを持つ手が
小刻みに震える。
「ひょっとして、ボクのこと
つけてたノォ?」
ロン毛の男が、
ねっとりとした視線をカナに
絡ませてきた。
逃げ出したいのに、足がまるで
地面に縫い付けられたように動かない。
相手は無言で周囲を見渡し、
行き交う人々が途絶えるのを
確認している。
(お、応援、呼ばなきゃ!!)
額には冷や汗が滲み出し、頬を伝う。
カナは震える指先で、
腰の後ろに装備されている
緊急用レイドコールスイッチの
ボタンを何度も押した。
路地が一瞬、嘘のように静まり返る。
「ボクの正体を探っているようだネ」
男が、低い声で囁いた。
「イケナイニンゲンだ!!!」
次の瞬間、ツンツン髪の男の身体が
ズルリと音を立て真っ二つに裂けた。
「キャーッ!」
堪えきれずに悲鳴が漏れる。
「こいつはヨロイなんだよナー!」
ロン毛が、奇妙な笑みを
浮かべながら言った。
その直後、彼の姿がブゥンと歪み、
まるで子供が作った
下手な粘土細工のように
グニャグニャと形を変えていく。
間違いない、イミテイターだ!
割れたほうのボディは瞬間、
生体アーマーへと変貌し、
粘土細工のようなイミテイターへ
吸い付くように装着されていく。
「ボクの名はボカシタラー。
今からキミ、消すから!!」
歪んだ口から、ねっとりした声が響く。
(イヤだーっ!こんな所で
死にたくないよっ!!)
恐怖で膝が折れそうになるのを
必死に堪え、カナは背を向けて
懸命に走り出した。
「ムダダヨオ!ニンゲンー!!!」
生体アーマーと一体化した
ボカシタラーの背中から、
ムチのようにしなやかな触手が伸びた。
「いやああああ!」
背後から迫り来る鋭い触手。
それは、異形の存在、
生体アーマーの一部。
獲物を嘲笑うかのような低い唸り声。
カナは、ただ悲鳴を上げるしか
なかった。
その時だった。
ぱしいっ!
鮮やかな閃光が空を切り裂き、
伸びてきた触手は
一瞬で弾き飛ばされる。
それは、カナと化け物の間に、
音もなく現れた影。
どこか涼やか、
それでいて安らかな声がした。
「良かった…間に合ったようね」
ボカシタラーは驚愕し、
ゆがんだ表情で
見知らぬ影に向かって叫んだ。
「ダ、ダレダ、おまえは!!」
その影は
美しい女性の声で名乗りを上げる。
「私はニンボーグ…またの名を」
「メカ忍者ッ!!!」
風を切るような声が街の路地に
響き渡った。
(聞いたことがある…あれが、
噂のメカ忍者さん!!)
カナは、かろうじて
頭の隅に残っていた情報を
呼び起こした。
凄まじい戦闘力を持つ、
宇宙科学のサイボーグ。
その存在は組織の間で
都市伝説のように語られていたが、
まさかこんな場所で、
しかも自分の窮地を救ってくれるとは。
恐怖と安堵が入り混じりながら、
カナは慌てて戦闘圏内から這い出した。
コンクリートの冷たさと、
アスファルトのざらつきが
手のひらに伝わる。
「ケエエエエエッ!!」
ボカシタラーの戦闘触手が、
まるで意思を持つ生き物のように、
メカ忍者さんに襲いかかる。
生体アーマーと呼ばれるその外殻は、
見た目からは想像もできないほどの
攻撃力を秘めているのだ。
だが、メカ忍者さんは動じない。
長年の鍛錬によって磨かれた、
数々のニンボーグのワザ。
それは、常人には理解不能な
超領域にある。
「イミテイター・ボカシタラー!
あなたには抹消許可が出ているわ!」
メカ忍者さんの凛とした声が、
一切の迷いなく相手を貫く。
…激しい攻防が始まった。
ボカシタラーの繰り出す
触手の集中砲火を、
メカ忍者さんは紙一重でかわしていく。
その動きは残像ですら捉えられない。
流れるような動作で
刀を抜くニンボーグ。
やがて、金属がぶつかり合う
乾いた音がそこかしこに響いた。
ボカシタラーが
生体アーマーの腕を振り上げると、
メカ忍者さんは左腕から
ロケットチョップを発射!
腕を弾かれたボカシタラーが
一瞬怯んだ隙を突き、
背中に装備された
ドリフトブーストを発動して
超速度の動きを見せる。
縦横無尽に路地を駆け抜け、
ボカシタラーを翻弄する姿は、
まさに宇宙忍者!
激闘がとれほど続いたか、
ついにその瞬間が訪れた。
「そこだっ!!」
メカ忍者さんは、
研ぎ澄まされた刀に渾身の力を込め、
生体アーマーの核へと
一閃を叩き込む!
ガキイイインッ!!
今まで無数の攻撃を
受け止めてきたはずの生体アーマーが、
ポップコーンのようにはじけ飛び
黒い液体が噴き出す。
ボカシタラーは苦悶の叫びを上げ、
その体をゆらりと傾ける。
音をたてて地面に崩れるイミテイター。
ゆっくりと、
それを見おろす我らのメカ忍者。
「…これで、任務達成ね」
(終わった!!)
カナの瞳から
大粒の涙が溢れ出した。
「あ、ありがとうございます!」
震える声で感謝を伝えると、
メカ忍者さんが優しく微笑む。
「えらいわ、よくレイドコール
してくれました」
そう言うニンボーグの上空が
静かに蜃気楼のように揺らぎ始めた。
その空間に灰色の雲、次元雲が発生。
メカ忍者さんは見上げると、
瞬間しゃがんでジャンプ!
吸い込まれるようにその中へと
飛翔、帰還していった。
「メカ忍者さん…素敵なひと!」
少し遅れて到着した
漆黒に輝く秘密組織テラスの
防弾車に揺られながら、
カナは心の中でそっと願った。
いつかまたきっと
メカ忍者さんに
再会できる日が来ることを。
メカ忍者、修羅の身体に乙女の魂。
彼女は戦い続ける。
その心に平和を願いながら。
たたかえ!メカ忍者さん
【第3話 イミテイターの陰謀 】終