第2話 暴走タンクロボット
春の陽光が降り注ぐ、
開園前のタンポポパーク。
白いベンチに腰掛けた
春千恵は、
優雅にモーニングセットの
サンドイッチを頬張っていた。
今日の気分はハムとチーズ。
丁寧に淹れた熱いコーヒーが、
まだ眠気を残す身体を
じんじんと温めていく。
楽しみなのは食後のデザート!
昨日買っておいた
洋菓子屋スズランの
フルーツエクレアだ。
まるまるとしたエクレアを
想像するだけで、
口の中に甘酸っぱい香りが広がる。
砂糖不使用のミルクチョコに
ホイップクリームと
フレッシュなイチゴ!
季節によって変わるフルーツが
楽しみなのだ。
んーがまんできない!!
しかし、そんな至福の時間は
長く続かないものなのか。
突如、千恵の脳内に
無機質な電子音が響き渡る。
《レイドコール!レイドコール!
至急、現場へ向かってください》
インターフォースからの指令だ。
穏やかな朝の空気は一変し、
やるせない台無し感が
彼女を包み込む。
《目標は暴走した大型機械。
搭乗者の捕獲を最優先、
機体は破壊許可が出ています》
「わかってますよ!」
千恵は小さくつぶやいた。
せっかくの優雅な朝食タイムを
邪魔されたのだ。
怒りがじわりと湧き上がってくる。
「まったく…朝から騒がしいなぁ」
呟きとともに、彼女の瞳の奥に
強い光が宿る。
チケット販売のアルバイトを務める
普通の女の子の顔は消え、
正義の鉄槌を下す
メカ忍者の顔へと変わっていく。
「ワン、ツー、スリー、ゴー!」
ぼそっと変身コードを唱える。
まず「ワン」
春千恵の頭上に、
揺らめく次元雲が展開する。
異次元のエネルギーの奔流だ。
続く「ツー」
次元雲から放たれる雷光が、
春千恵の身体を包み込む。
眩い光の中で、
彼女の姿は徐々に、
メカの身体へと変貌していく。
そして「スリー」
雷光を全身に浴びながら、
彼女は地面に片膝をつき、
両手を重ねてエネルギーを
集中させていく。
体内のニンボーグ回路が活性化し、
強大な力がその小さな体に
満ちていくのだ。
最後の「ゴー!」の瞬間、
春千恵は溜め込んだエネルギーを
解き放ち、次元雲の中心へと
飛び込んだ。残されたのは、
微かに焦げ付いたアスファルトと、
消えゆく光の残像のみ。
◇◇◇
場面は代わって
ここは数時間前の静岡県伊東市。
青い空の下、突如として、
異質な鉄の塊が海中から出現した。
全長12メートルは超えるだろうか。
無骨な砲塔を備えた巨大な戦車が、
轟音を立ててアスファルトの道路を
ゴリゴリと進んでいく。
「な、なんだあれは!?」
悲鳴にも似た漁師たちの声が響いた。
通報を受けて到着したパトカーが
サイレンを鳴らしながら
必死に追走し始めたが、
戦車の進撃は止まらない。
メリメリメリッ!!!
家屋の壁が、まるで豆腐のように
次々と押し潰されていく。
住民たちは悲鳴を上げながら逃げ惑う。
「止まりなさいー!
と、止まれって言ってるんだー!」
拡声器の声も虚しく、
戦車は破壊の限りを尽くしている。
その時、一台の大型トレーラーが、
まるで砦のようにキキキッと
戦車の前に立ちはだかった。
運転手は決死の覚悟だろう。
住民から歓声が沸く。
「いいぞー!兄ちゃん!!」
だが、次の瞬間、
信じられない光景が展開された。
鈍い金属音を立てながら、
巨大な戦車の車体がみるみる
形を変えていくのだ。
砲塔が背中に回り込み、
キャタピラが屈伸し、
巨大な二本の腕と脚が現れた。
それは、紛れもない
人型の巨大ロボット!
「ぐわははは!ワシが作った
タングロンは最強なのだーっ!!」
変形したロボットの中から、
けたたましい老人の声が響き渡る。
その声には、狂気にも似た
自信と高揚感が滲み出ていた。
その時だった。
「うーん、それはどうでしょう?」
どこからともなく、
涼やかな女性の声が響く。
ハッとして人々が見上げると、
空中から灰色の影が舞い降りてくる。
流れるようなフォルム、
鋭利な刀を携えたその姿は、
まさに空に舞う忍者のようだった。
「民間人は逃げてください!」
そう!メカ忍者さん、
千恵が現場に到着したのだ。
「ニンボーグ奥義!」
メカ忍者さんは着地と同時に、
腰に差したメカ忍者刀を抜き放った。
刀身に青白いエネルギーが奔り、
刃先が鋭く輝く
巨大ロボット、タングロンは
嘲笑うかのように、
太い腕を振り回して
攻撃を仕掛けてくる。
だが、メカ忍者さんの動きは
目にも止まらぬ速さだ。
「神速迅雷!」
彼女は背中のドリフトブーストを
発動させ、
残像を残しながら戦場を駆け抜ける。
超高速移動によって、
巨大ロボットの攻撃は
ことごとく空を切った。
「ロケットチョーップ!」
次の瞬間、メカ忍者さんの左手が
勢いよく射出!
エネルギーに覆われ
手首から分離したそれは、
まるで意志を持つドローンのように
空を飛び、巨大ロボットの
関節部分にヒットする。
ガッチャンンン!!
悲鳴のような金属音と共に、
巨大ロボットの右腕がもぎ取られ、
地面に落下した。
「エナジービット!」
さらに、メカ忍者さんの頭髪から
無数の光の粒が放たれる。
雨あられのように降り注ぐ
エネルギーの粒が
巨大ロボットの装甲を
容赦なく穿っていく。
「ゴオオオオッ」
たまらず後退するタングロン。
だが、メカ忍者さんの
追撃は止まらない。
滑空するツバメのように
巨大ロボットの背後に回り込み
再びメカ忍者刀を振るう。
青白い軌跡が走り、
巨大ロボットの左脚が切り裂かれて
まるで熟れた果実のように
地に落ちた。
「大人しく投降しなさい!」
メカ忍者さんは、
残る右脚で必死にバランスを
取ろうとする巨大ロボットに向かって、
冷たい声で言い放った。
観念したのか、巨大ロボットが
動きを止める。
メカ忍者さんは躊躇なく
その巨体に飛び乗り、
怪力で操縦席のハッチをこじ開けた。
だが、中にいたのは、
不気味な笑みを浮かべた
等身大の爺さんのダミー人形!
「自爆じゃっ!!!」
人形の口から、歪んだ音声が響き渡る。
直後、操縦席を中心に
強烈な爆発が起こった。
「しまった!」
咄嗟に危険を察知したメカ忍者さんは、
全身のブースターを全開。
「ブースト、最大出力!」
彼女の身体は光の帯と化し、
爆心地から抜け出す。
爆風が吹き荒れる中、
メカ忍者さんは安全圏へと退避した。
爆煙の中から、再び
あの老人の声が響く。
「覚えておけ!ワシの名は
ドクタービンタじゃ!!」
そして、轟音と共に巨大ロボットは
完全に爆散した。
◇◇◇
《通信切れました!逆探知、失敗です》
秘密基地の管制室から、
落胆した声が千恵の頭に届いた。
「はーあああっ……
また面倒くさい敵が増えたよ」
爆発の余韻が残る現場を見下ろし、
メカ忍者さんは深くため息をついた。
ドクタービンタ。
怪しすぎる名前だが、
その技術力は侮れない。
それに、あの最後の自爆攻撃。
ただの迷惑な老人ではない。
好奇心に満ちた人々が
再び集まってきて、
警察がそれを制止している。
現場を横目に
メカ忍者さんは
次元雲へと消えていった。
トボトボと
タンポポパークに帰還する
メカ忍者さん。
…今は春千恵の姿に戻っていた。
今日の分のチケットは
まだ一枚も売れていない。
それに、朝楽しみにしていた
フルーツエクレアは、
すっかりしなびてしまっているだろう。
新たな敵の出現も
彼女の心を少しばかり重くしていた。
だが、千恵はタンポポパークの
入園口に戻ると、
いつもの穏やかな表情を取り戻す。
明日もまた、彼女は
普通のチケット売りの人として
来園者に笑顔を届けるのだ。
そして、レイドコールがあれば、
再びメカ忍者に変身し、
人知れず敵と戦う。
たたかえ!メカ忍者さん。
がんばれ!メカ忍者さん。
たたかえ!メカ忍者さん
【第2話 暴走タンクロボット】終