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急転直下

 やばい、やばい、これは——やばすぎるって。

 アイラが……丸呑みされちゃった……。


 大蛇は器用に頭をくねらせ、慣れた様子でアイラを体内へと押し込んでいった。口角からは悍ましい牙が剥き出しになっており、滴る唾液は地面に落ちると同時に音を立てて蒸発した。

 恐らくこの大蛇は毒蛇の一種なのだろう。その証拠に溶けた地面はブクブクと泡立っている。


 本来ならば、考えたくもないほどに毛嫌いしている目の前の怪物から、目を離すことが出来なかった。


 腰は抜けて立ち上がることも困難で、呼吸は自然と荒くなっていた。最大音量のイヤホンから聞こえてくる音楽のような心音が脳内に鳴り響き、顔面は紅潮し、急激な体温の上昇により一気に汗が吹き出した。しかし頬を伝うそれは恐ろしいくらいに冷ややかなものだった。


 恐怖のあまり、その全ての光景がスローモーションに変わっていた。絶望がゆっくりと近づいてくるのが分かった。


(どうすればいい? どうすれば……)


 どうすることも出来ない状況を整理しようと自問自答を繰り返すも、都合のいい答えは導き出される訳もなく、気が付いた時には目の前の妖しい瞳には、私の怯えた表情が映し出されていた。


 終わった……。

 こんな展開、想像もしなかった。

 むしろ知らない土地の知らない飲食店での皿洗い自体が想像を超えたイベントだったのに、そこから更に急転直下、命の危機に晒されるなんて誰が想像できようか。


 背伸びをすれば月に届きそうなんて、夢見心地の少女みたいな悠長なことを考えている場合ではなかったのだ。


 すぐにでもアイラの願いを突っぱねて、元の世界に帰れば良かったんだ。それが叶わなくとも、平々凡々な暮らしをしていれば良かったんだ。


 そうすれば家族の元に——家族? 私の……家族?



「——さん! 凛さん!」そんなアイラの訴えかけるような悲痛な声で目が覚める。


 私はどうやら気を失っていたようだ。体験したことのない恐怖は私のキャパを軽々と超え、自衛本能がそれを避ける為に意識を遮断したのだろう。


 そして……アイラの声が聞こえるということは、私は既に死んでしまったのだろう。


 …………まあ、これで、良かったのかもしれない。

 私は運が良かったのかもしれない。少なくとも死の瞬間を味わうことはなかったのだ。


 猛毒に体を灼かれる痛みも感じることなく、少しずつ大蛇の胃袋で消化されることもなく、薄れゆく意識の中で絶望を噛み締めながら惨たらしく死んでいく——そんな最後を迎えなくて済んだのだから。


「ちょっと! なに悟った表情しているんですか!」アイラの声が生暖かい吐息に混ざって聞こえてきた。


「……う、うわぁあああああぁぁっ!!」私はわざとらしいほどに驚き飛び跳ねた。声の主はアイラではなく、先ほどの大蛇が発しているものだったのだ。


「ええー! ちょ、ちょっと凛さん!?」


「あ、あれぇ!?」気がつくと、私の身体は周りの樹木をゆうに超える高さまで飛び上がっていた。


 蛇に飲み込まれるという九死に一生を得たと思えば、今度はすかさず落下死の局面である。開いた口が塞がらない。落下の空気圧が原因でもあるが。


 この時神はいないのだと心底実感した。

 まあ、そもそも女神がアイラである時点で、神のご加護に期待するのはお門違いなのかもしれない。


 なんとか頭からの落下だけは防がなくちゃ!

 せめて下の木にぶつかりながら……いや、足から着地(落下)すれば骨折だけで済むかもしれない! 


 ……骨折だけで済むってなに!? 

 いやだ! 骨折なんてしたくない!


 なんとか空中で体制を整えようと手足を動かして身体をくねらせるが、そんな猫のような能力を持ち合わせているわけがなく、よりにもよって頭から地面に向かって真っ逆さまに落下していく。


 耳を突く空気を裂く音はまるで最後の鎮魂歌。

 下方へと流れていく景色は、この世の最後を目に焼き付けるよう、わざとらしい演出をするチープな映画のクライマックスのようだった。


「もうだめだ! 生まれ変わったら超絶お金持ちの貴族の一人娘に生まれて、砂糖たっぷりのお汁粉のような甘い人生を送れますように! そしてあわよくば金髪碧眼の八頭身の王子様が白馬に乗って私を危険な恋に導いてくれますように! そしてそして、ご近所からはおしどり夫婦と名高くなるほどに夫婦仲は円満で、生まれてくる子供は女の子と男の子一人ずつ。結婚記念日には必ず旦那様が薔薇の花束をプレゼントしてくれて、私も子供と一緒にケーキを作ったりなんかしたりして。えへへ、想像してるだけで笑顔が溢れるな」


 すると「……なんか余裕そうですね」と蛇が呆れてこちらを見つめていた。気がつくと内臓が持ち上げられるような不快な浮遊感も無くなっていた。


 どうやらアイラが私を受け止めてくれたようだ。

 大嫌いな蛇で。


「ひえええ、目が怖いよう。それに鱗の触感が……生温かくてヌルヌルしてて、でもなんだか硬くって……気持ちわる!!」

「助けてあげたのにその言い草はなんですか、まったく」


 蛇に乗っかってしまった事実は、こちらとしては遺憾の意ではある。感謝を伝えたい気持ちと文句を言いたい怒りが胸中に渦巻く。


 アイラは依代から抜け出せないと言っていたが、猛毒により人形が溶けてしまったことで、半ば強制的に大蛇を依代にすることが出来たのだろう。


「まあそんなところです。さあ、ゆっくり降ろしますよ。ちゃんと掴まって下さい」

「いったいどこを掴めばいいんだよぅ」


 掴むとこなんてどこにもないじゃないか……。


「しかし、ロブスキルも考えものですね。ウサ耳だけでは飽き足らず、ツノウサギの跳躍力まで反映されているとは。今後は凛さんの能力をご自身でもしっかりと把握して頂かないと」


 もちろんそれはごもっともな意見だよ。

 だけどその前に一つ言わせて?


 私を化け物みたいな蛇が現れる場所に連れ出すのは金輪際やめて下さい。

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