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誤解

 なにはともあれ、まず私達がやらなくてはならないこと——それは当面の生活費の捻出だった。


 アイラの散財を見ていると懐事情を心配する必要はないものかと勘違いしていたが「え? 薄切り芋のカリカリ揚げ代として渡した銅貨が最後の手持ちですよ」と、なに言ってんだこいつばりの言い草で呆れられた。


「世の中にはタダより安いものはないんですよ……残念ながらね」アイラはびしょ濡れになった自分の手を雑巾のように絞りながら話す。


 しかし何故か煙は収まることはなく、その勢いを増していっている。どうやら中の綿毛がいまだに燃焼を続けているようだ。


「そんな自信満々に言うことでは無いと思うけどね」


 イラッとする倒置法は置いといて、まあ、ごもっともな意見ではある。


「じゃあ仕事探さなきゃかぁ。私に出来ることなんてあるのかな」


 ぶっちゃけ皿洗いはもうやりたくないし、せっかくならこの世界ならではの仕事を選びたいところだけど、命に関わるような仕事はちょっと嫌だなぁ。


 あくまで元の世界に戻るまでにひもじい生活をしない為に働くのであって、死んでしまっては元も子もない。


「少し調べたところ、今この世界は稼ぎ時ではあるようですね。危険な仕事ほど報酬が高くなるのは世の常ってやつですから」

「えぇ……危険な仕事って。怪我なんてしちゃったら皿洗いすらできなくなるじゃん」


 言われてみれば私が働いていたお店の従業員の話題も、もっぱら魔族だが魔物だかが活発化しているという内容だった。お店の給料に納得いかない人達が、一山当てようと面白半分に話していたことは記憶に新しい。


 その時は関係の無い話だと目の前の皿を洗い続けていたが、まさかそこに関わる可能性が出てくるとは……。


「なので最初は卸売り業者でも始めましょう」

「卸売り?」

「どうやらこの街は食品業者が不足しているようですよ。郊外なのも関係していると思いますが、傭兵のような輩もいないがゆえ、いわゆる持ち込みも他と比べる少ないことが原因の一つのようですね」


『持ち込み』とは討伐依頼後に余った獣の部位やす素材を売る行為を指すらしい。


 傭兵や冒険者にとっては大量の物資を持ち歩くのは不便この上ないようで、依頼をこなしたその足でそれらを金銭に換えるのが一般的な方法のようだ。


 しかし、この街は過去を遡っても獣害や魔物などの被害は珍しい為『持ち込み』自体が少ないのが現状だという。


「例えばツノウサギを捕獲して売る……みたいな?」

「そうです、そうです!」

「うーん……」


 需要と供給が釣り合っていないのなら、これはビジネスチャンスとなり得るのだろうが、いまいち気が進まない。あくまで生活費の捻出が目的であり、私は荒稼ぎがしたいわけではない。


 なにより人が生きていく為に食事は絶対的に必要なこととはいえ、命を金銭に換えることに少しだけ後ろめたい気持ちを覚えていた。


「そんなこと言ってたら人は生きていけませんよ」

「分かってるけどさぁ」

「実際にツノウサギのソテーに舌鼓を打っていたではありませんか。それに限らず、貴方が生きてる現実は様々な命の上に成り立っているのですよ」


 女神らしからぬ現実的なことを言うやつだな……。

 

「何事にも感謝を忘れなければいいのでは? 確かに無益な殺生は良くありませんが、そもそもツノウサギは害獣指定されています。農作物の被害に加え、毎年のように子供やお年寄りがツノウサギの被害によって命を落とすことも珍しくありません」


 ツノウサギはその名に冠する角を駆使し、人間を襲うことが多々あるとアイラは言った。特に子育ての時期にその被害は多く、ツノウサギの住処と知らずに近づく人間が襲われることが顕著であると。


 ならば近づかなければ良いのではとも思うが強い繁殖力が影響して、間引きをしなくては辺りの草花を食い荒らし、周りの生態系にも影響を与えるのが現実。結果、食事を求める他の生物が人里に降りてくる悪循環が生まれのだ。


「しかし凛さんのような考えを持つ人々がいることも事実です。そこで考え出されたのが……」

「あの料理?」

「そうです。確かにこの仕事を嫌がる人は多いです。ですが誰かがやらなくてはいけないこともまた事実です」

「その誰かが私?」


 なんやかんや理由をこねくり回され、納得まではいかなくとも理解はしたが、わざわざ私がやらなくてもと感じるのは黙っておいた方がいいのかな?


「生活費を稼ぐ以上に、澪さんにとって役立つ仕事だからですよ。世界を救うには必要なことなんです」

「世界を救う……ねえ」


 まずそもそも運動神経には自信が無いんだよな。

 唯一頼りになりそうなロブスキルだって使いこなせるかどうか……。

 魔力を持つ個体を食べればスキルを奪えるというが、いくら食事が好きとはいえ、なんでもかんでも口に入れるほど悪食ではない。


 世界を救う為に必要なスキルを、ヤスデやナメクジ、蜘蛛やミミズが保有していたら私は絶対に食べないぞ。それだけは胸を張って言える。


「……あれ?」


 ふと、窓の外を眺めるとある光景が目についた。


「どうしましたか?」

「いや、ほら煙が臭いから窓開けてたんだけどさ」


 話に夢中になっていて気付かなかったが、階下を眺めると人だかりが出来ていた。さっきまで人っ子一人いなかった街はいつの間にかちょっとした騒ぎになっている。


「あら、本当ですね。何かあったのかな」

「ツノウサギの被害が出たとか?」

「ありえますね」

「……ねえ、こっち指差してるけど」

「本当ですね。手でも振ります?」


 アイラは愛想を振り撒くように手を振ると、それに伴い煙が勢いを増し、再びその腕から火の手が上がった。それを眺める人達はどよめきを見せた。


「く、なんてしつこい炎なんでしょう! さすがはわたしの魔法です!」

「ちょっ、ちょっとヤバくない? もしかしてあの人だからって……」


 アイラがなんとか鎮火しようと口から水を放出すると同時に、部屋の外から騒がしい足音が聞こえてきた。そして間髪入れず「おい! 放火魔! ここを開けろ!」とドアを叩く音と怒鳴り声が部屋に響き渡る。


「ほ、放火魔?」

「なにやら勘違いされたようですね。いい訳もめんどくさいし、逃げちゃいます?」

「逃げるって……どこから?」

「窓から飛び降りるしかないですね」

「……」


 本当にアイラは女神なのだろうか。


 わたしからすれば、現時点でアイラは疫病神そのものであり、女神とは程遠い存在であると感じるのは気のせいではないはずだ。

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