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喰らい奪う者

「ウ、ウサ……耳?」

「とてもお似合いですよ!」

「バカにしてんだろ」

「いえいえ、まさか」


 待て待て待て。

 もう一回ちゃんと見るんだ凛。


 私は地面に落とした手鏡を拾い、一度大きく深呼吸をし、改めて鏡を覗き込んだ。しかし、やはりそこには、真っ白でフワッフワな耳がピョコンと生えていた。


 世も末である。これは……ツノウサギのソテーを食べたから? だとしても——意味がなさすぎる能力だろ。


「早速使いこなしていますね。さすがです!」アイラは拍手をしながら言った。少し汚れたぬいぐるみなのもあって両手からは埃が巻き上がった。


 い、いつ生えたんだこれ?

 流石に意味なさすぎじゃない?

 こんなんじゃモンスターと戦うどころか捕食対象だろ。


 ……だけど。

 だけれど少しだけ……。


「なんで少しニヤニヤしてるんですか?」

「え、ええ!? なに言ってんの。ニヤニヤなんてしてないよ。いうてニマニマくらいでしょ? ニヤニヤなんて言いがかりだよ。これはニマニマだから」

「ちょっと気にいってません?」

「……」


 ちょっとだけね。

 象の鼻が生えるよりはマシだしね。


 しかし……これが私の能力?

 想像とはだいぶ違ったけど、これはこれで悪くないのかもしれない。


「凛さんの力、それは食した物の特性を手に入れることが出来る力です。その名も!」

「そ、その名も!?」

「『喰らい奪う者(ロブギフト)』! です!」


 アイラはこれでもかと分かりやすい決めポーズと共に勢いよく立ち上がった。


「……」

「……何か反応して下さいよ」

「なんか溜めた割には安易なネーミングだね。でもこういうのってセンスが問われるし仕方ないと思うよ。ポーズまでバシッと決めて発表するところが照れ隠しにも思えてこっちまで恥ずかしくなっちゃう。……ううん。でも気にしないで。アイラはまだ若いもんね。大人になってこの瞬間を思い出し、枕に顔埋めて奇声を上げてご近所さんから苦情が入り、そこで初めてあの頃は若かったなって気づくんだよ。しかし……ロブギフトかぁ」


 便利っちゃ便利……なのかもしれない。

 私はツノウサギを食べたからその特性が表れているんだよね? 気にしていなかったけど、言われてみれば音の方角が分かりやすい気がする。


 ふぅん、なるほどねぇ。


 鳥を食べたら大空を自由に飛び回れるし、魚を食べたら人魚姫、ワニを食べたら噛む力が強くなって分厚いビーフジャーキーをガムのように咀嚼出来るって寸法ね。


 ん? まてよ。スッポン食べたら首が伸びて甲羅を背負うことになるわけ?  


 それは嫌。

 つまりウサ耳で首が伸びて甲羅を背負う女になるってことだよね。……そんなん嫌すぎでしょ。


「ねえ、もうちょっと詳し……どうしたの? ぬいぐるみなのに顔が真っ赤だよ」


 能力の詳細を尋ねようと顔を上がると、不気味なぬいぐるみ(アイラ)は全身を小刻みに振るわせていた。顔面はまるで返り血を浴びたかのように真っ赤に変色している。


「べ、別にその名前はわたしが命名したわけじゃないですからね!? その力は昔からその名前なんです。そ、それじゃあ、まるでわたしのネーミングセンスがおかしいみたいな言い方じゃないですか!」

「……ごめんて」


 その後、私はアイラのご機嫌取りを行うことになった。

 どうやらアイラは私の嫌いな根に持つネチネチタイプらしく、いつまでも不貞腐れモードになっていた。


『めんどくせぇなぁ』と、内心思いながら小一時間ほど宥めていると漸くアイラは落ち着きを見せ始めた。思った以上に……いや、想像通りめんどくさい奴である。


 薄切り芋のカリカリ揚げがなかったら、きっといまだにプリプリしていたことだろう。


「まったく、カリカリ揚げに感謝して下さいよ!」

「だからごめんて。でもさ、これって美味しいね」

「そうなんですよ! これって下界にしかなくて」

「あんたは食べるのが好きなんだね。その点に関しては気が合いそうだよ」

「ごほん。では能力の説明を致しましょう——」


 口がジグザグに縫い合わされているデザインの口に、カリカリ揚げを放り込みながらアイラは能力の説明を始めてくれた。


 どうやらロブギフトはなんでもかんでも特性を手に入れることが出来るわけではなく、魔力なるものを内包している物を食す行為により能力が発動するとのことだった。


 幸いなことに、私は魔力を保有するスッポンとは出会った経験は無い。とりあえず心配していた件は解決できたので胸を撫で下ろした。


 ツノウサギはそこら辺に溢れかえっている魔物の一種で、攻撃的ではあるが脅威的な存在ではなく、個体数の多さ、捕獲難易度の低さから一般的な食材として扱われることが多いらしい。


 魔物の一種——つまり、ツノウサギは微量の魔力を保有している種族なのだ。


「だから耳が生えたのね」

「少し能力が反映させるのに時間がかかったのが気になりますが、恐らく人の手が加えられたことによる弊害だと推測できます。食す獲物が新鮮な死骸、もしくは微量な生存反応を示していたのなら、もっと早く能力が発動していたでしょう」

「言い方」


「まあ説明なんで。ちなみにですがこの芋もですよ」アイラはカリカリ揚げを顔の前に突き出しながら続けた。


「この芋が美味な理由。それこそ魔力が影響しているからですよ。この街から南西に二日間ほど進むと、この『一つ目芋』の生息地があります」

「物騒な名前だね……」

「調理前の『一つ目芋』には目がありますから。物騒というかそのままの安易なネーミングです。ちなみに命名はわたしではないです」

「だからごめんって。それで……この芋食べたら目が一つになる、とかではないよね?」


 その時、表情を作れないはずの依代のぬいぐるみが少し笑ったように見えた。

 そして「さあ?」とアイラは声を震わせた。


「おい、まさか」

「安心して下さい。あくまで澪さんの能力なのですから発動した能力の解除も可能です」

「発動すらさせたくないんだけど。どうすればいいの? ウサ耳だって、流石にいつまでもこのままじゃ恥ずかしいよ」


 ウサ耳もあくまで部屋の中で楽しむ分にはいいと思う。

 ……が、しかしである。それはあくまで他人の視線が無いから楽しめるのであり、このまま人通りが多い場所を練り歩く度胸は残念ながら私には皆無だ。


「条件があります」アイラはぶりっ子な声を出した。ここで交換条件を出すとは中々したたかである。


「世界、救って下さいね」

「だからさ、それは——」

「別にいいんですよ? このまま一生、ウサ耳一つ目無職生活も楽しそうですし」


 ……ウサ耳一つ目無職って、なんだよ。

 この自称女神は本当に女神なのだろうか?

 

 この時、私は仕方なく首を縦に振るのだが……それを後悔するのはもう少し後の話である。

 

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