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バカ女神

 女神と名乗る少女の姿は私にしか視認することが出来ないのはどうやら事実のようだ。


 あんなに馴れ馴れしかった食い逃げのおっさんも、私が一人で話していたと勘違いしていたし、おっさんを追いかけながら「こらー! 待てー!」と大声で叫ぶ彼女を誰も見向きもしなかった。


 いくら沢山の客で賑わいを見せる店内とはいえ、空中を浮遊し、ドアをすりかけていく少女を気づかないはずがない。


 そこで一つ疑問が浮かんだ。


 食い逃げしたおっさんを追いかけた彼女は、いったいどのようにしておっさんを捕獲するのだろうと。

 彼女の声はおっさんには届かないし、ドアをすり抜けるくらいだから物体に触れることも叶わないだろう。


 伝票をさりげなく置いてこの場を去る手際の良さから推測すると、おっさんはかなりの手練れ……じゃなくて食い逃げの常習犯だと推測できる。

 逃走ルートも熟知しているだろうし、十秒もあれば雑踏に紛れ姿をくらますことなんてお手のものだろう。

 見つけ出すことすら困難かもしれない。


「あのー」


 いや、待て。

 それは少しばかり早計だ。

 だってここは異世界なんだ。

 異世界といえば私の常識では計り知れない不思議なことが沢山あるのは明白だ。


「お客さまー?」


 実態無き存在だとしても、物質に干渉する方法なんていくらでもあるのでは。

 例えば……魔法、とか?

 そんなファンタジーなものがあれば、とっ捕まえたおっさんの髭をチリチリにすることだって容易い。


「……あのー」


 しかし髭を焦がしたところでどうなる。

 多少の驚きと自慢の髭が失われるという喪失感を与えるだけだ。

 おっさんに罪を償わせるためには、おっさんが行った犯罪行為がバレているという事実を突きつけなければならない。


「そろそろ閉店なのですが……」


 たが仮にそれが成功したとしてどうする。

 食い逃げが罪と分かった上で、あのおっさんは犯行に及んだんだ。

 開き直って女神を攻撃するなんて事態が起こってもおかしくない。

 おっさんが一流の大魔法使いで、過去に魔王を打ち滅ぼし、世界を救ったパーティーの一員であったなんて可能性も否定できないのでは?


「お客様、お会計をお願いします」


 何より、こうして頭を抱え重大な問題に直面しているフリを続け、会計を拒否し続けるのも無理な話だ。

 私が無一文だとバレるのは時間の問題。

 個々の事情が違うとはいえ、お店側からすれば私もおっさんも同じ食い逃げ犯……。


 お皿洗えば許してくれるのかな?


「店長ー!」

「あ、あの! ちょっと待って下さい!」

「良かった。考え事をしていたようなので店長を呼んで裏に連れて行ってもらう寸前でした」

「あー……裏に、ね。ちなみにですよ? 裏に連れて行かれると……」


 ウサ耳の店員さんは少し俯くと曇った表情で答えた。


「私も分からないんです。歴代の裏に連れて行かれた人達とは二度と会うことがないので……」


 ……こわ。

 それ死んでない?

 オススメメニューの材料にされてない?


「な、なるほど。貴重な情報をありがとうございます」


「いいえ。はい! 伝票置いておきますね!」ウサ耳の店員さんはおっさんの伝票をポケットにしまうと、新しい伝票をテーブルに伏せた。おそるおそる値段を確認すると、案の定『オススメ×二人前』と記されていた。


 ……。

 さて、と。


 食い逃げをすることになるとは夢にも思わなかったな。

 夢であってほしいと願うばかりだが、夢であるなら夢の中で夢にも思わなかった食い逃げをするという、自分でもよく分からないことになっているのだが、ひとまずそこは置いておくとしよう。


 店内を見渡すと、ほとんどのテーブルでは会計が済んでいる様子だ。さっきまで騒いでた人達も席を立ち上がったり、上着を羽織り始めている。


 閉店時間が近づいてる証拠だ。

 いよいよもってゲームオーバーが近い。


「……うーん!」


 と、伸びをするフリをして後ろに目配せすると、意味が分からないくらい筋骨隆々のコックさんが、理解不能なほどにぶっとい麺棒を肩に担ぎ、こちらに熱烈な視線を送っていた。ウサ耳さんは何やらコックさんに耳打ちをしている。


『店長、店長! あの人、絶対お金持ってませんよ。見窄らしい格好も去ることながら、どう見たって手ぶらです。見るからに怪しい髭のおっさんと仲良さそうにしてたし、新手の食い逃げ犯かもしれませんよ。それか借金で首が回らなりその代価として置いて行かれたのかもしれません。ほら、見れば見るほど幸が薄そうだし、その線が濃厚ですよ。さっさと明日のオススメメニューの材料にするか、一生お店の地下に閉じ込めて最低限の食料を与え、死ぬまで皿洗いをさせるべきですよ』


 なんてことを話しているに違いない!

 あ、あわわわわわわ。

 隣の斉藤さんからもらった鯵の干物でご飯食べてうたた寝してただけなのに、私の人生ここで終わるの!?


「お客さん」


 頭を抱え悶えていると、背後から野太い声がした。

 それは人間を二、三人は葬っているだろうと直感するに容易い、仄暗い怨念がこもった声だった。


 ……終わった。

 これが絶望……。

 グッバイ私。


「う、うう。ごめんなさい、本当にごめんなさい。お金がないのにお店で待ち合わせして、調子に乗ってツノウサギのソテーを平らげてしまって申し訳ございません……」


 大粒の涙を流し土下座をしながら「命だけは助けて下さい!」と懇願しようとしたその時だった。


「待ちなさい!」力強い声と共に入口の扉が開いた。


 助かった!

 この声は女神だ!

 ……ん?


「凛さんお待たせしました!」


 しかし、そこにはツギハギだらけな上、カラフルな布で作られたヒヨコの人形が佇んでいるだけだった。


「だれ」

「わたしですよ。アイラです」

「どちらのアイラさん?」

「だから女神のアイラですって」

「……ぬいぐるみじゃん」

「この世界に干渉するにはどうしても依代が必要でして」


 だとしてもそれは無いだろう。

 仮にも女神を名乗るならもう少し威厳のある姿を選んだ方が良かったのではないだろうか。


 アイラは翼をパタパタとさせフワフワと宙を浮き、テーブルの上に着地した。


 そして「だからいいんじゃないですか。お忍びするには奇をてらった姿が最適なのです。まさかこんなツギハギだらけのぬいぐるみに女神が宿っているなんてお釈迦様でも分かるまいですよ」と胸を張った。


「そんなことより! 三時間も何してたの!? あのおっさんは!?」

「逃げられました」

「は?」

「逃げられちゃいました」

「な、何やってんの」

「とりあえずお会計をしましょう」

「そ、そうだよ! 早く早く!」

「あっ」

「今度はなに!?」

「お財布ありませんでした!」

「…………」

「……ははっ」


 しばしの沈黙の後、分厚い手が私の肩を叩いた。

 それは死を告げる合図だった。


「お客さん、お会計」

「ハテ? オカイケイ?」

「ちょっと裏行こうか」

「ワタシオイシクナイデスヨ?」


 二日間皿洗いすることで一命を取り留めることが出来ることを知るのは、もう少し後のお話だ。

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