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強襲

 さてさて。


 そんなこんなで一つ目芋を捕獲する流れとなったわけだが、初めての魔獣捕獲としては、いささかハードルが高いように感じるのは気のせいだろうか。


 忍者の如く気配を消し、こちらの存在を悟られることなく、尚且つ目を合わさず捕獲しなければ、奴の能力によって強制的にジャガイモ製造マシーンへと生まれ変わることになるらしいが……それ、本気で言ってます?


 失敗――それ即ち、無機質に淡々と粛々とジャガイモを作り続ける人生を送るハメになのだ。決して農家が悪いとは言わないが、雇い主が芋の魔獣となると話は別。


 もしもの時の為にシャルルが付いてくれているので安心ではあるが、意識を乗っ取られるのはやっぱり怖い。


 ここはなんとしても成功したい。

 幸いなことに、現在目視できるのは一匹のみ。先程まで数匹で群れをなしていたが、いつの間にやらその大多数が姿を消しており、少し痩せ細った一つ目芋がフラフラとしているだけだ。


 虫取り網でもあれば意外と簡単に捕獲出来そうなものだが、あいにくそんな道具はない。あれこれ考える時間があったら腹を括った方が早そうだ。


「頑張って!」


 シャルルのテンションは、ここにきて天を駆ける登り竜のように上昇し続けている。テンアゲだ。アゲアゲだ。


 彼女曰くアレを丁寧にした処理し、ジャガバターにすると腰が砕けるほどの美味になるという。

 スッゲェ嘘臭いけど、ぴょんぴょんと飛び跳ねながらはしゃいでいるシャルルを見ていると、私自身もその味を堪能してみたいと思う気になってくるから不思議である。


「じゃあ、行ってくるよ?」

「はい! 行ってらっしゃい!」

「ちなみになんだけどさ、もし失敗したら助けてくれる……よね?」

「……」

「ねえ、なんで黙るの?」


「大丈夫ですよ。失敗なんてしませんから」シャルルは胸を張り、自信あり気に言い放った。


 その自信と私への信頼感はどこから来てるの?


 私は腰を屈め、一つ芋の場所までゆっくりと移動を開始した。もちろん森に街中のような雑踏はなく、誤魔化しは効かない。多少の物音ですらこちらを気取られる可能性がある。慎重に慎重を重ね、やっとの思いで手の届く位置まで辿り着いた。


 一つ目芋はまだこちらに気付いていない。

 大きな目玉が付いている割には警戒心は無いのかもしれない。何やらしきりに空を仰ぐばかりだ。


 さっさと捕まえて今日は帰ろう。アイラだってそろそろ戻ってくるはず。あいつの身体も作ってあげなきゃいけないし、失敗したなんて言ったら鼻で笑われそうだ。


 ……よし。

 行くぞ。

 いち、にーの――。


「さん! おらぁ! 捕まえたぞー!」


 一気に飛び掛かり、地面に倒れ込みながら一つ目芋を両手でガッチリと掴む。

 驚いた一つ目芋は手の中で必死の抵抗を見せたが、想像していたよりも力は弱く、非力な私でも簡単に捕まえることができた。


「良かった……」手を伸ばし地面に突っ伏していると、思わず本音が溢れた。

 もちろん無事に捕獲出来たこともあるが、洗脳されずに済んだことに胸を撫で下ろした。


 それと同時に草むらからシャルルが飛び出してきた。

 きっと私の初仕事を眺めて興奮したのだろう。

 可愛いやつである。


「みてみて! ほら、捕まえたよ! 意外と簡単だね。拍子抜けしちゃった」


 しかしシャルルの様子がおかしい。

 それどころか何やら慌てて駆け寄ってくる。


「凛さん!」

「そんなに慌ててどうしたってのさ」

 

 シャルルの顔は少し青ざめていた。

 そしてその視線は私の後方、少し上空に向けられていた。


「う、後ろ! 後ろ!」


 気がつくと足元が影で覆われていた。

 さっきまでの晴天はどこへやらだ。

 続けて髪が乱れるほどの強風が吹き荒れる。


「そこから逃げて!」


 必死の形相で声を振り絞るシャルル。

 嫌な予感が走る。

 咄嗟に振り返ると、なんとそこには超巨大なカラフルインコがホバリングしていた。


「でかっ! イ、インコ!?」

「アジャラドリです! 一つ目芋を横取りされて激昂しています!」


 嘴をカチカチと鳴らすアジャラドリ。

 やはりこの世界の生き物はスケールが違うようだ。

 迫力が半端じゃないし、目力が強い。

 つぶらな瞳の奥には、明確な敵対心を感じとれる。

 

 アジャラドリの好物は一つ目芋。

 さっきまで群れをなしていたコイツらがいなくなったのはアジャラドリの存在に気付いたからか。


 恐らくコイツは年老いた個体なのだろう。

 迫り来る天敵に気付いていなかったのだ。もしくは仲間を守る為に囮になっていた? 

 弱肉強食の世界に自己犠牲の精神が根付いている一つ目芋の生態は、私が想像するよりも発展を遂げているのかもしれない。

 

「なにぼーっとしてるんですか! その一つ目芋をぶん投げてください!」

「ぶん投げる!?」


 要はコイツを囮にして逃げろ、ということだ。


「早く!」

「でも、でも……可哀想じゃん!」


「それを食べようとしてた人が何言ってるんですか……」


 言われてみればその通りだった。

 私は鷲掴みにしていた一つ目芋に視線を落とし、ごめんねと呟いた。


「……」


 一つ目芋の瞳は深い緑色だった。 

 吸い込まれるような深緑。


 こちらをジッと見つめている。

 見惚れるように瞳を眺めていると、感情がぐちゃぐちゃになって心の中に黒いものが渦巻いた。

 何もかもが嫌になり、いっそのこと全てを誰かに委ねたくなる――そんな気分に陥った。


『……懐かしい』と、()()呟いた。


 私じゃない誰かが私を操っている感覚。

 自分自身の言動を抑えることができない。

 必死に自分を取り戻そうと抗えば争うほど、意識ががんじがらめになる。

 気付けば私は幽体離脱したかのように、フワフワと宙に浮かんでいた。


(……なに、これ)


「リンさん! なんで目を合わせちゃったの!?」

『……』


 私が……私じゃなくなってる……?

 一つ目芋と目を合わせたから?

 でも、どう見てもジャガイモ農夫には見えない。

 私のくせにちょっと気品に溢れた感じだ!

 やればできるじゃん私……って言ってる場合か!


「あれ? リンさん?」


 私じゃない私にはシャルルの言葉は届いていない。


 私は少しだけ口角を上げると、アジャラドリに向かって右手を大きく振り払った。それに呼応するように足元には小さなつむじ風が巻き起こる。それは次第に周りの木々を薙ぎ倒すほどの大きさへと変化していった。


 シャルルは咄嗟に杖を地面に突き立てると、吹き飛ばされないように必死にしがみついた。


「リンさんってば! どうしちゃったの!?」


 シャルル。残念だけど、それは私の台詞なんだ。

 誰よりもその答えを知りたいのは、私なのだから。

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