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雪の夜

作者: みちる

さくさくと積もったばかりの雪を歩く。

気をつけないと危ないけれど、真新しいなにかを壊すのは少し楽しい。



「もしもし?……うん、今歩いてるところ」



通話しながら歩くのは気を取られすぎて転んでしまう可能性はあるから、どっかで立ち止まったほうがいいかも。

雪に慣れていたとしても気もそぞろに返答してしまいそうで。

……それはやだな。一語一句逃したくないのに。


ちょうど通りかかった公園の柵に寄りかかるようにして改めてイヤホンをし直す。

耳からイヤホンが緩んでたのか、かわいい声は一層近くなった。



「こんなに降るんだね、雪」


「頑張らないでいいのにな」


「寒いの苦手だよね」


「好きな奴いないだろ」


「いるかもしれないじゃん」



ぼくの地元はここで、夏は暑くて冬は寒い。本音だと夏も冬もそこそこでいい。

なんだっけ、地理の授業でやったけどあまり思い出せないな。なんかいい気候の名前があったのに。あれがいいのに。


いまもし高校の不得意な教科をテストしたら解けないかもしれない。古典とか。



「雪の夜って明るいから不思議だね」



からら、と窓を開けたみたいな音が耳に届く。

電話を切る前にちゃんと閉めてって言わないと心配になるな。心配性ってきっとまた言われるけど、きみ相手だけ過剰になる。

大切だから。……あとちょっと抜けてるのが不安だから。



「明るいのは反射してるからじゃなかったっけ」


「あ、そっか。スキー場の日焼けみたいなものか」



ちょっと違うと思う。夜の反射って街灯とかじゃないのかな。

でも納得したみたいだからまぁいいけど。



「月明かりもなんか派手な気がする」


「それはさすがに気のせいじゃない?」



こんなに降ってて月って見えるっけ?どうだろ。

なんの根拠もないから空を見上げる。


は、と息を吐くとかなり白い。月はみえない。



「……まだ帰れなそう?」


「あー…今立ち止まってた、ごめん」


「謝ることじゃないんだけどね」



帰宅が遅くなるのに電話してごめんね、と少ししょんぼりした声が耳に届いた。

そういう風にさせたいわけじゃないのに。



「電話もらえるの嬉しいから気にしないで」



ぼくの声を必要としてくれたっていう事実が嬉しい。

時間を奪うんじゃなくてお互いの時間を割く行為ってこんなにも楽しいから。


さくさくとさっきと同じように雪を踏んでいく。

その音さえ雪に吸収されてそうだな。

歩く方に集中すればすぐに着く。

マンションのエントランスに入るとき、ふ、と上を見上げると自分の部屋のベランダに、彼女。



「え?」


「あ、おかえりなさい!」



右手でスマホをもったまま左手で手をふってくる。

鍵は渡してたしいつでも来ていいとは言ったけど、連絡がなく来てくれるのは初めてで。



「来ちゃった!ってやるべき?」


「それは本来玄関でぼくが出たときに言うんじゃない?」



逆でしょ、と笑いながらエレベーターにのりこむ。

驚きすぎてエントランスに入る前にで雪を払うのを忘れてた。

自宅前につくとインターホンの前にかちゃ、と鍵の開く音が聞こえてドアが開かれる。



「おかえりなさい!」



あとで誰か確認してから鍵を開けてって注意はするけど。

それよりまず。



「来てくれて嬉しい」


「雪の日って会いたくなるって初めて知ったんだ」



なにそれ嬉しい。

心の奥がぎゅっとする。



「寒いね、とかそういうの共有したくなっちゃった」


「嬉しい」



さっきから嬉しいしか言えないけど。

会えないと思ってた日に会えるなんて、幸せでしかない。


そう伝えて笑顔のきみを抱きしめる。

あ、まだ手を洗ってない。コートも着たままだ。

でももう少しだけ。

入ったかもしれないお風呂にきみごともう一度入って一緒に温まって寒かったねって言い合いたい。



「ただいま」


「うん、おかえりなさい」



ひとりのときには言われない言葉はなにより温かく感じた。


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