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気乗りしない招待

「これは一体……どう言うことかしら……?」


 身の回りのものをさっぱりさせた日からおよそ十日ほどが経ったある日、エリノアの元には一通の手紙が届いていた。差出人はニーナ・ダチュラ。エリノアにとってあまり印象の良くない相手から、何故か個人的な手紙が届いたのだ。内容を簡潔にまとめると「これまでの非礼を詫びたくお茶にお誘いしたい」らしい。今まで散々人の婚約者を振り回しておきながら、どう言った魂胆なのだろうか。そこにどんな意図があってエリノアを招待したかは分からないが、正当な理由なく断るのは貴族のマナー違反だ。また、ニーナが真摯に侘びたいと思っているのなら、それを無視するのも彼女に対し失礼である。

 だが同時に今までのニーナの行いは決して許されるものではなかった。婚約者のいる異性を自宅に呼び出すなど、いくら幼なじみとはいえ侮辱行為も甚だしい。数年間、決して短くない彼との大切な時間だけでなく、エリノアの恋心も無惨に踏み躙ってきた。けれどそれは私怨であり招待を断る理由にはならない。

 少し前のエリノアなら侮辱に近いニーナからの謝罪を受け入れらるほど、心の余裕がなかったかもしれない。無礼だと言われても理由なく招待を断っていただろう。けれど今ならオズワルドへの気持ちをエリノアなりに整理し、彼に一切のわがままを言わないと決めた後だった。それは暗にこれからもニーナが好きにオズワルドを呼び出しても良いと表してるようなものだ。


「あまり気乗りしないけれど……招待を受けようかしら」


 深いため息が彼女の口から溢れた。招待は受け入れるが許すつもりはない。許さない、と言ってももう関わる気がない無関心とほんの少しの積もった怒り。エリノアは返事を書くべく便箋を用意する。これはオズワルド用ではなく、シンプルで飾り気のない便箋。エイダ以外からお茶の誘いがあるとは思っていなかったため、手持ちの便箋はこれしかなかったのだ。先日自棄になって燃やしてしまったことを少しだけ後悔する。こういったこともあるから女性に送る用の便箋を買い足ししようかしら。

 エリノアは是非お茶をしたいと簡素な返事を書いた。オズワルドからの返事はこないくせに、ニーナから手紙が来るとはなんて皮肉なのだろうと、内心複雑な気持ちになった。ルナに返事の手紙を渡し、そのままベッドに体を預ける。誘われたお茶会は一週間後。


「行きたくないなあ……」


 ぽつりと溢れた言葉は誰に拾われるわけでもなく、静かな部屋に溶けていく。よく思っていない相手とのお茶会など、どう過ごせば良いのだろうか?まず彼女との共通の話題なんて何一つない。いや、正確にはオズワルドが共通点なのだが、彼に関する話はエリノアはひとつも持ち合わせていなかった。あまり気乗りのしないお茶会に、行くと返事を書いたことを早くも後悔していた。




 茶会当日、エリノアはほんの少しだけお洒落をした。あまりにも質素な格好だとかえって相手に失礼になるからだ。「あなたからの招待にお洒落をする必要はありません」と、態度で表しているようなものだ。今日の洋服は淡いピンクに白いフリルをあしらった可愛らしいドレス。夜会用ほどの派手さはないが、地味でもない。程よいデザインだ。

 指輪をはめるかどうか悩んだが、なんとなく、はめて行くことにした。ニーナに「オズワルドは自分の婚約者だ」と牽制したいからなのか。エリノア自身にも自分の気持ちが分からなかった。今更この指輪に何の意味があるのか。お飾りの婚約者が、文字通り指を飾るだけの宝石をはめて何になるのだろう。こんなもの見ていて虚しくなるだけなのに、どうして指にこれがないと不安な気持ちになるのか。馬車に揺られながら自分の指を眺める。


 ほどなくしてダチュラ邸に着くとニーナが自ら出迎えてくれた。にっこりと笑ってはいるが、目元には落ち込んだ様子を乗せた彼女に今までの文句が一つも出なかった。いざニーナを目の前にすれば何か苦言の一つでも出るかと思ったが、案外そうでもなかったようだ。


「ようこそお越しくださいました、エリノア様。どうぞこちらへ」


 案内されたのはひとつの部屋。調度品が置かれ、柱や扉の細部にも彫刻が施されている部屋だ。客間だろうか。よく掃除され埃ひとつないきれいな部屋だった。部屋の真ん中にはアンティーク調のテーブルが置かれ、同じくアンティーク調のソファがテーブルを挟むようにふたつ置かれている。雰囲気の統一された部屋はちょうど南向きなのか、よく日差しが入ってきて、テーブルの上に用意されているティーカップを明るく照らしている。


「ごめんなさいエリノア様。本来なら温室をご案内するべきなのですが、あいにく私の体があまり丈夫ではないので……」

「いえ、お気になさらず。今日もご無理なさらないでください」

「お気遣いありがとうございます。さあどうぞ、ソファにおかけになってください」


 ニーナに進められエリノアはソファに腰を下ろす。革製のソファは柔らかく体が沈み込みそうな錯覚を覚えるほどだった。エリノアがソファに座るとそばに控えていたニーナの侍女らしき女がティーカップに紅茶を注いでくれた。真っ白な陶器のティーカップが鮮やかな紅色の紅茶を引き立てており、出されたものを頂かないわけにはいかずひとくち口に含んでみるとフルーティーな香りが鼻を抜ける。


「とても良い香りですね.。美味しいです」


 思わず声に出したセリフは、繕ったものではない。ハッと気がついてニーナの方を見たが、彼女はにこにこと笑みを浮かべるばかりだ。


「お口に合ったようで嬉しいですわ。今日は紅茶に合わせて人気店のケーキも用意しましたの。なんでも、一日に限定で十個しか販売がないのだとか……。どうしてもエリノア様に召し上がっていただきたくて、侍女たちが早朝から並んでくれましたわ」

「まあ、そうだったのですか。それは並んでくれた侍女さんにお礼を言わなくてはいけませんね」

「私の方から伝えておきますわ」


 どうぞ、と促されエリノアはケーキをフォークですくう。口に入れると甘いクリームがじゅわっと溶けていき、余韻だけがいっぱいに広がった。


「とても美味しいですね!人気があるのも頷けます」

「でしょう?私もこのお店のケーキが好きなんです。どうぞ遠慮なく召し上がってください。他にもクッキーやスコーンも用意してますの」


 ニーナは用意したお菓子を侍女に運ばせてきた。そこにはあふれんばかりのお菓子が乗せられており、どれも手間をかけられたであろう繊細な飾りが施されていた。それらを楽しそうに紹介してくれるニーナに、エリノアも思わず聞き入ってしまう。話題など何もないのではないだろうかと心配していたが、それもどうやら杞憂だったようだ。




 しばらく美味しい紅茶とお菓子をひととおり嗜んだあと、楽しい空気とは一変、ニーナは少し神妙な表情になった。まとう空気も重みを持ち、エリノアはなんとなく、次にどんな話題が来るのかを察せてしまった。


「……エリノア様にはお詫びをしなければなりません。私はオズワルドをずっと独占していましたわ」


 やはりその話題だったか、と予想どおりの展開に特に驚きはしなかった。招待状にも今までの詫びだと書かれていたから、なおさら。

 震える声で謝罪する彼女は、俯き瞳に涙を溜め、流してしまわないようにスカートを両手でぎゅっと握り堪えているようだった。謝罪する側が涙を見せることはあまりにも卑怯だからだ。受け手がどうしても弱くなってしまう。

 今更の謝罪をどう受け止めれば良いか分からなかった。いくら気持ちを整理し終えたとはいえ、やはりこういう場面になるとどうしても腹の底から怒りが湧き出てきた。ざらりとした得体の知れないなにかが、エリノアの心を嫌に撫でる。


ーーー謝罪したところで許すつもりはない。

ーーー今までオズワルド様と過ごせたはずの時間を返して。

ーーーあなたのせいで私たちの関係は壊れたのよ!


 そう、叫び、喚き、罵り、詰り、怒声を浴びせて、気が済むまで目の前の女を罵ってやりたくなった。今までエリノアの存在を散々蔑ろにし、デビュタントの日は侮辱とも受け取れる行いをした。けれど、どうにか貴族らしく本心を抑え冷静さを装って返事をする。


「いいえ。ニーナ様はお体が弱いと伺っておりましたから……。どうか気にしないでください」


 これは嘘。

 プライドごと踏み躙った過去は決して許さない。


「……実はオズワルドから怒られてしまいまして。『もういい歳だから社交界のルールに従え』と」

「オズワルド様がそんなことを……?」

「はい。婚約者(エリノア様)がいるにもかかわらず、頻繁に呼び出してしまったことにようやく気付いて……本当に申し訳ございません」

「どうかお顔を上げてください。本当に私は気にしてませんから」


 これも嘘。

 一番私を蔑ろにした男が今更何を言っているの?


「いいえ。オズワルドからの善意に甘えてばかりだった私が悪いのです」

「ニーナ様。私は今後一切お二人の関係に口を出さないと、先日オズワルド様に誓ったばかりです」


 これは本当。


 予想外の返答だったのか、ニーナは「えっ?」と素っ頓狂な声を上げた。


「それ、は……どういう……」

「そのままの意味ですよ。今後も変わらずオズワルド様をお頼りください」

「ですが!」


 狼狽えるニーナをよそに、エリノアはカップに残っていた紅茶を飲み干した。彼女が狼狽える理由は何だろうか?自分がエリノアたちの関係を壊してしまったことへの罪悪感?それとも謝罪をまともに受け入れなかったことへの動揺?どちらにせよ、もうエリノアには関係ないーーー。


「……?」


 ふと、急に強い眠気が襲ってきた。落ちてくる瞼に抵抗できないほどの強烈な睡魔。他人の家で、しかも招かれたお茶会で眠ってはいけない。それはこのお茶会が眠ってしまうほど暇だったと揶揄するようなものだ。貴族の令嬢としてそんな恥を晒すわけにはいかないーーーそう抵抗するのも虚しく思考が働かなくなりついには意識さえも遠ざかっていく。


「あ……なん、で……?」


 狭まっていく視界の中、最後に見たのは。先程までの態度が演技だったのかと目を疑うほどの満面の笑みを浮かべるニーナの表情だった。


「やっと効いてきたのね」






 エリノアに飲ませたのは睡眠薬入りの紅茶だった。エリノアが使用するティーカップにあらかじめ睡眠薬を塗布しておいたのだ。なかなか眠らないから薬が足りていないのではと心配したが、単に効きが遅いだけだったようだと安堵の息を吐く。

 エリノアがオズワルドに「二人の関係には口出しをしない」と言ったときには耳を疑った。その言い方はまるでオズワルドにはもう何の気持ちもないと言っているようなものだったからだ。しかしエリノアの指には婚約指輪がしっかりとはめられており、どうしても苛立ちが抑えられなかった。


(気持ちはない、みたいな言い方しておいてちゃっかり婚約指輪は着けてきてるじゃない。見せつけるなんて何の嫌がらせ?ああ、もう)


「そういう態度が腹立つのよ!」


 ソファに体を預けるエリノアを乱暴に床に引き摺り下ろす。お父様お気に入りのソファにこの女が座っているのがどうしても気に入らなかった。お茶会が始まってからずっと我慢していたが、それももう限界だった。

 しばらく様子を見て、エリノアが完全に眠ったと判断したニーナはベルを鳴らし使用人を呼んだ。


「お呼びでしょうか」


 部屋に現れたのはこの家の執事だった。彼はどこか不安げな表情を浮かべている。顔も色を失い真っ青だった。


「この後どうすればいいかなんて分かってるでしょ。早くこの女を渡してきて」

「お嬢様、本当によろしいのですね?」

「何度も言わせないで。オズワルドのために必要なことなのよ」


 高圧的なニーナの態度に、執事は渋々従った。直接使えているのは伯爵だが、その娘の命令にも逆らうことができない。例えそれが犯罪に手を染める行為だと分かっていても、だ。執事は眠るエリノアを抱き抱えて部屋から出る。扉が閉まる直前、ニーナは最後の念押しと執事に声をかけた。


「あ、当たり前だけど誰にも見られちゃダメよ」


 私の虚弱体質が嘘だとも見抜けなかった間抜けな女はオズワルドに相応しくないわ。

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